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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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狂猫病の子供はもういない

17/06/19 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:1件 クナリ 閲覧数:835

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 ある秋の水曜日の昼間、僕は中学校をサボって、広い公園のベンチに座っていた。
 目の前の遊歩道を、紙切れが風にあおられて転がっていく。それは、誰かが誰かにあてた手紙だった。
 いや、よく見ると、それは白い猫だった。
 転がるように走る猫の前に、やおら、制服姿の少女が立ちふさがる。
 同じクラスのヒキムラだ。こんな時間にここにいるということは、彼女もサボりだろう。不良だな、まったくあきれる。
 ヒキムラは、猫を抱き上げるとその口にキスをした。僕はつい、声をかける。
「ヒキムラ、病気が移るよ。それとももう、頭の病気なの?」
「そう。もうなってるよ。狂猫病」
「何それ」
「色んなものが猫に見えたり、猫が猫に見えなかったりするの」
 なんだ、僕のこれは病気だったのか。

 ヒキムラとは、それからも平日の昼間に、同じ公園でよく会うようになった。
 会うと言っても待ち合わせているわけではない。本当に、ただ「そこにいるので会う」だけだ。
 二学期の中間試験の放課後も、試験の話なんてまるでせずに、僕らは近くにいながら、まるで違う時間を過ごしていた。
 僕が自販機で買ったコーヒーの缶を手にとって眺めていると、ヒキムラはすぐ横で、大きな樫の木に抱きついていた。
 手の中の缶コーヒーを見つめ直すと、やはりそれは猫だった。自販機から猫が出てくるわけはないので、自販機自体も猫の群れか何かだったのかもしれない。そんなものがあればだが。
 昨日は学校の下駄箱から靴を出したら、猫だった。物好きな猫もいたものだ。もう少しで、履こうとして踏み潰すところだった。
 ヒキムラは、木の幹を撫でながら恍惚としている。恐らく、あれが大きな猫に見えているのだろう。時おり自分も「にゃあにゃあ」などと猫語を発しているのが、かなりおかしい。
 やがて雨が振りだした。僕は近くのあずまやに避難したが、ヒキムラは葉があまり充実していない樫の木の下で少しずつ濡れていった。
 きっと、こんなことができるのは今だけなのだろう。
 大人になったらもうできない。
 正気の子供か、狂気の大人でなくては、木を猫だと思って鳴きながら雨に濡れるなんてことは不可能だ。
 その日は、帰り道の途中で気分が悪くなり、電柱によりかかった。案の定、その電柱は猫だった。

 一度、ヒキムラに家に誘われた。この上なく驚いた。
 彼女の部屋に入るや否や、自分でも驚くほどの勢いで、僕はヒキムラに襲いかかった。
 ヒキムラのどこがそんなに好きになっていたのかと言えば、猫にキスするような、変なところとしか言えなかった。
 しかし、そのヒキムラは猫だった。本物は部屋の隅に立って、ケラケラ笑っていた。
「あたしたち、ヤバいよね」
 そうだね、と僕も、安堵しながら苦笑した。
「本でも読む?」
ヒキムラは、一冊の文庫本を僕に投げてよこした。
「……これも猫じゃないだろうな」
 僕は一枚ずつ、ページをめくってみる。紙の手触り。古い本独特の匂い。間違いない、これは本だ。
 ふと、背中に温かさを感じた。いつの間にか僕の後ろに回り込んだヒキムラが、僕の背中に抱きついていた。
「あなた、今、すごくほっとしてるね」
「すごく怖いよ、いつも」
 このヒキムラが、猫じゃなかったらいいなと、心から思った。



 彼女の自宅で行われたヒキムラの葬式は、静かだった。
 騒いでいたのは僕だけだった。
 人の手を振り切って棺桶に取りすがり、小窓の中を覗くと、ヒキムラが目を閉じていた。
「これは猫だろう!? 触れば分かるんだ、猫に戻るんだ! 本物のヒキムラは他の所にいる、これは猫の葬式だよ!」
 僕は式場からつまみ出された。
 そこにはまともな人間しかいないのだから、当たり前だった。
 夕暮れの路地を、黒い猫が歩いていた。
 猫は、ただ、猫だった。間違いなく、ただの猫だった。当たり前のように確信して、僕は自分の、病気の終わりを知った。
 実際僕が、狂気の子供から正気の子供になったのは、この時だったと思う。
 いずれ、狂気の大人になったとしても、二度と同じ病気にはなれないだろう。



 三学期の始業式、朝から、僕は公園のベンチに座っている。
 遊歩道を、猫が歩いていた。
 いや、それは、誰かが誰かにあてた手紙だった。薄い青色の便箋が二枚か三枚、乾いた音を立てて道を滑る。病気でも、見間違いでもなく、今の猫はただの、僕の願望だった。
 手紙は、更に風に吹かれると、ばらばらにほどけて、空中に消えた。
 傍らにある樫の木を見る。
 その幹がヒキムラに見えた。
 今度は、ヒキムラ病か。
 でも、遠からず治るだろう。
 僕はもう、正気の子供なのだから。

 狂猫病の子供は、もうどこにもいない。
 君と同じくらいに、どれくらい探しても、もうこの世のどこにもいない。


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このストーリーに関するコメント

17/06/19 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
凄い角度からの切り込み作品だと思いました。2000字で結末見えない(見せない)筆力に圧倒されてしまいます。
たまたま拝読中に家の仔猫の男の子の方が膝に乗ってきて、まさか猫に見えるだけで実は……なんて妄想してしまいました←完全に狂った成人ですね(笑)
上手くコメント出来ず申し訳ありません。汗
有り難う御座いました!orz土下座←

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