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サトースズキさん

性別 男性
将来の夢 社会復帰
座右の銘 ニートは毎日が休日? ちがうね。毎日が夏休み最終日なんだ。 もちろん、やるべきことは何ひとつ終わってない

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兄弟のかたち

12/11/26 コンテスト(テーマ):【 兄弟姉妹 】 コメント:0件 サトースズキ 閲覧数:1625

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「それで?」彼女はそういって僕を眺めている
「それだけさ。この話はここでおしまいだ」僕は答えた
 それでも彼女は不満げな顔をしていた。それで僕はつけ加えた
「だから言ったろ?楽しい話じゃない、って」そう言ってからゆっくりと煙草に火を点けた

 駅からの近道の公園を抜けたところで僕たちを光が照らした。シュウウ……という音を立てて車が通り過ぎていく。雨はすでに止んでいたが、それでも雨に濡れたアスファルトはまだたっぷりと水分を含んでいた。僕は雨が嫌いだ。特に冬に降る雨が嫌いだ。うっすらと降り続く冬の小雨ほど人を陰気な気分にさせるものもあるまい。雨降り後の夜。街はしんと静まり返っている。どこかを通り過ぎる車の足音だけが響いていた。現実感の欠けた音だ

「でもそれじゃあんまりだわ」
「あんまり?」
「なんていうか、その……あなたのお兄さんが救われないじゃない?」
 僕は自分の話についてその筋書きを通しで思い出してみた
 それは次のようなものだ
 僕には仲の良かった兄がいた。兄は気難しい人で家族の誰とも打ち解けなったが、どういうわけだか僕だけは気に入っていた。気持ちよく晴れた日曜には僕を河川敷までスケッチに連れて行ってくれたし、時々には彼の部屋に僕を呼び、わけの分からない叫び声をあげるパンクロック・バンドのCDを聞かせてくれたものだ。なので僕は今でもたいていの人間よりはスケッチがうまいし、わけの分からない叫び声をあげるパンクロック・バンドについてはちょっとばかり精通している。兄のおかげだ
 彼は家を飛び出した。真冬で、何も持たずにだ。原因は忘れちまった。ささいなことだったと思う。結局のところ兄にとって喧嘩する理由はなんだってかまわなかったのだ。東京の大学を辞めて家に帰ってきていた兄は故郷に頼るべき友人もいなかったので、すぐに思い直して家に戻った。そして今度はちゃんと家の金をくすねてから飛び出し、それっきりだ。どこで何をしているかなんて知らないし、十年もあってない。顔だって忘れちまったね
 と、そのような話だった

 やはりそこから学ぶべき事柄は存在しないように思える
 彼女は僕を眺めていた。アニマル・プラネットに出てくるカンガルーの赤ちゃんのように可愛らしい目だ。そんな彼女のまなざしを見ながら、こんな悲しい事実を伝えることはじつに心が痛んだ
 彼女には固く信じていることがあった。物語というものは、そこに語られるものを何らかの形で救うものである、というものだ。それが腹がよじれるほどのバカげた冗談であれ、あるいは涙なしには聞けない悲しい物語であれ、だ
 もう一度考え直した。僕の話に語られた兄の救いについてだ。そしてしばらくののち、
「ない」と、僕は答えた
 彼女は心底がっかりした様子だった。何かを言おうとしたが、やがてあきらめて首を振った。僕たちはそれきり黙り込んで家へ歩き出した

「あなたはお兄さんのことが嫌いだったの?」しばらく歩いてから、彼女が訊ねた
「嫌いじゃないよ。むしろその逆さ。どうしてだい?」僕はちょっとびっくりして答える
「だってあまり悲しそうじゃないんだもの」
「いや、すごく悲しかったさ。今でさえ時々思い出すよ。彼が家族の誰とも打ち解けられなかったように、僕も彼以外の誰にもなつけなかったからね。だから彼が東京の大学に行っちまった時も、僕の前から今にいたるまで姿を消した時も、僕はなんだか大切な人に置き去りにされたような気分になったものさ。けれども、」と言って僕は言葉を止めた。ここから先はあまり語りたくなかったからだ。だが彼女は僕を眺め、次の言葉を待っていた。僕はあきらめて言葉を続けた
「きっと僕のせいなんじゃないかって思うんだ。彼がいなくなったのはね。もちろん問題は彼自身にあった」ため息。人にこの話をするのは初めてだ
「だけど、彼は自分の姿を見せたくなかったんだと思う。僕にだけはね。僕は彼が好きだった。そして自分を好いてくれている人を失望させることほどつらいことはないし、好いている人を嫌いになることだって同じくらいつらいものだ。そうだろ?」
「そうね」
「だから彼は僕が彼を嫌いになる前に姿を消したんだってね。そう考えると、悲しくなるんだ。もちろん他人はそんなの独りよがりの思い込みだっていうだろうね。けれど僕にはわかるんだ」
「あるじゃない」
「何が?」
「救いよ」
「今の話で?」
「ええ。彼はあなたにとってやっぱり意味のある人だったのよ。それがバッド・エンドだったとしてもね」
 僕は腕を組んでしばらく考えた。咥えていたタバコが燃えつきそうだった。水たまりで火を消し排水溝に投げ捨てた
 そして世の中には実に多様なものの見方があるものだな、と僕は思った


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