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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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安息日に、もし君が絶望したなら

17/06/05 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:8件 冬垣ひなた 閲覧数:1014

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 1943年、6月の蒼褪めた空の下で錆びついた鉄の音が、村の平穏を引き裂くように今日も響いてくる。レオは顔を上げ、黄金色の麦畑の向こう、厳めしい列車が走ってゆくのを見つめる。走行が緩やかなのは、ユダヤ人を大量に押し詰めて運んでいるからだろう。
 土曜日。ユダヤ教徒は神が休まれる安息日を頑なに守るという。金曜日の日没からローソクを灯し、労働を禁じられ礼拝をして一日を過ごすのだ。そんな権利をナチス・ドイツ軍に剥奪され、強制収容所に向かう彼らに明日が来るかどうかすら、レオには分からない。
 しかし表立って抗議した者の末路もやはり収容所送りである。14才のレオが非力なやるせなさに胸を震わせたその時、列車の後方から黒い影が落ちた。人だ!列車が通り過ぎた後、麦畑のあぜ道をレオは急いで駆けてゆく。


 線路の脇に少女が倒れていた。
 金色の巻き毛はユダヤ人狩りから逃れるため、髪を漂白したのだ。意識を失っていたが、外傷は見当たらない。ほっとしてレオは思わず涙ぐむ。
 少女の面差しは、今年の冬に病で亡くした妹によく似ていた。


 ……茨の冠をかぶせられたイエス・キリストはユダヤ教徒であり、彼の処刑にはユダヤ教徒が関わる。ゆえに、神を同じにしながらキリスト教徒は彼らを迫害してきた。歴史の溝は二〇〇〇年近く経た今も深く近づきがたいものであった。
 何故レオは、誰も使わない納屋にユダヤ人の少女を匿おうとしたのか。キリスト教の聖書には『自分を愛するように隣人を愛しなさい』という言葉がある……レオは牧師の息子であったが、運命からこぼれ落ちた彼女を守る使命があると、この出会いに天啓を感じた。幸いここはフランスの南部で、ドイツ軍の手もまだ伸びていない。彼女一人ぐらい隠し通す事が出来る気がした。
 少女の名はデボラといった。最初は食事も喉に通らぬ様子だったが、落ち着きを取り戻すと彼女は色々な事を話した。陥落したパリでドイツ軍に捕まったこと、父親は腕の良い歯科医だったこと……。
「列車には父と母、弟がいたの。皆、暑さと飢えで弱っていて、私一人なら逃げられると、父さんが列車の外へ押し出した。私一人だけ……」
 収容所に送られた家族の事を話すデボラの姿に、レオは胸が痛んだ。
「あの日が最後の安息日でもよかった。家族と居られるなら死んでも良かったのに……」
 レオは首を横に振り彼女をなだめた。
「そんな事を言ってはいけない。君の父さんは、君を救う尊い仕事をされたのだから」
 レオは食事や着替えを運び懸命に励ましたが、デボラは一人だけ助かった悲しみに浸り、虚ろな日々を送っていた。
「あなたには分からないわ、レオ」
 傷ついたデボラの心は強張ったままだ。
「あなたの言う聖書の教えは優しい。けれど聖書を携え私たちを虐げるよう叫ぶ人もいる。一体、誰を信じればいいの?」
 納屋の中に燃えるような夕日が差し込み、格子窓が牢獄のような影を作る。デボラは見つめているのだ、滅亡への道を歩まされるユダヤ人の行く末を。それがどんなに残酷な事なのか悟ったが、かける言葉の見つからないレオには、そっと彼女の隣に腰を下ろし見守るしかできずにいた。


 納屋にデボラを匿い二週間が過ぎた。戦争の終わる日を、レオは教会で神に祈るばかりだ。
 しかし、村の噂にそのわずかな希望も消え去った。
 ユダヤ人狩りが始まるらしい、ついにこの村も安全ではなくなったのだ。
「ここを出るんだ。逃げよう」
 早朝のまだ薄暗い中、手を繋ぎ、人のいない野の道を駆ける。見つかれば二人とも収容所行きだろう。しかしレオは危険を冒して、デボラを逃す計画を立てたのだ。

 頼りない少女の足元を、少年が導くように力強く進む。
 短い呼吸の音は、やがて強い信頼に変わる。
 少しも命を惜しまぬレオの献身は、信仰そのものだった。
 自分を愛するように隣人を愛する。それはデボラを救った父の愛情と似て、尊い行いだった。
 レオの心が見えたとしたらきっと美しい形をしているのだ、デボラは密かに思った。

 やがて見えた丘の上の教会前には牧師がいて、荷馬車が停まっている。
「安全な場所を用意した」、全てを知り逃亡の手配をしたレオの父が、彼女をジャガイモの荷の中に隠すと、レオは囁いた。
「妹の形見だ、平和になって君が元通りの髪の色になったら……きっと似合う」
 別れの言葉の代わりに、美しい造花の花冠がレオからデボラに手渡される。堪えた涙を隠すように二人が顔を背けるのは、心通い合わせたがゆえの矜持だった。
 農夫が鞭打つと、荷馬車が二度とは戻れぬ道を遠ざかっていく……。


 デボラ。
 いつか安息日を穏やかに迎える日、君は家族の誰も居ない孤独に絶望するかもしれない。
 その時は想像してほしい。
 ……君の隣にいて、悲しみを分かち合う僕の姿を。


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このストーリーに関するコメント

17/06/05 冬垣ひなた

≪ホロコーストとキリスト教≫ 
第二次世界大戦において、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人などの大量虐殺。キリスト教圏においてはもともと反ユダヤが根深いため、ドイツ軍に対する諸国の対応は様々であった。暴力に沈黙する聖職者、ナチスに加担する聖職者も多かった中、命を顧みずユダヤ人の救出にあたった聖職者もいた。

≪ユダヤ人について≫
ユダヤ人の定義は宗教と血統に分けられる。拙作『人道的兵器のあやまち』に登場するユダヤ人のハーバーはユダヤ教からキリスト教に改宗し成功を収めたが、先の時代はそれが通用した。しかし血統を重視したナチス・ドイツにより、この時代はキリスト教徒のユダヤ人も多くホロコーストの犠牲となっている。彼らが助かる道は非常に少なかったといえる。

17/06/05 冬垣ひなた

≪参考文献≫
・キリスト教とホロコースト 教会はいかに加担し、いかに戦ったか(モルデカイ・パルディール著 松宮克昌訳)

≪補足説明≫
・画像はPixabayからお借りしました。

17/06/14 滝沢朱音

冬垣さんのストーリーは、心温まるやさしいものも多いですが、
こういう重厚で深くて、私の知らない歴史の奥深くを紐解いてくださるお話も多くて、
いつも刺激を受けます。すごいです…!

二度とは戻れぬ道の、その後。
デボラが自らの髪色を取り戻して花冠をかぶり、
愛を信じて生きた後半生があったと信じたいです。

17/06/15 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、コメントありがとうございました。

昔、見た映画でキリスト教の聖職者がユダヤ人の子供を救う話があったのですが、実際はどうだったのかずっと気になっていたところ、答えになる本が見つかって、それがこの話を書くきっかけになりました。結果、調査の困難な当時を調べたうえで映画が作られたことが分かって、勉強になりました。
ラストは色々考えましたが、希望が持てるものにしました。このような悲しい事が起きない世の中になって欲しいと願います。

17/06/22 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
私個人の考えですが、神は人の数だけ存在していて、どの神も決して、誰かを差別したりなどしない、と信じたいと思いたいです。
ですが、今でも宗教の違いというだけで、テロや戦争などで、簡単に人の命がある日突然奪われる世の中。

私はキリスト教徒ではありませんが、「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」……まさに、それだけを実行できれば、人は無益な戦いや、尊い命を奪わずに済むのかも知れない……
レオと同じく、私は無力ですが、せめて目の前にある、傍にある命だけは守りきりたいと強く思いました。
デボラや、彼女を助けたレオにも、必ず幸せが訪れる事を祈りたいと本気で思える作品でした。
的外れなコメントでしたらスミマセン(´Д`)
素敵な作品、有り難う御座いました。

17/06/22 冬垣ひなた

のあみっと二等兵さん、コメントありがとうございます。

日本は八百万の神様がいますし安心感がありますね。一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同一の神を崇めているのですが、お互い多くの矛盾を抱えるがために争いが後を絶ちません。

しかし多くの人の信仰心が、この不安定な世の中を見えない所で支えているのだと思います。目の前の命の輝きに、素朴な思いを持つことが出来れば、争いのない世の中に近づけるのかもしれませんね。彼らの前途が明るいものであることを、作者としても祈っています。
こちらこそ貴重なコメント頂けて嬉しく思います。改めて感謝します。

17/07/03 光石七

拝読しました。
歴史や宗教的価値観をしっかり踏まえた上で完成度の高いオリジナルの話に仕上げられる、その技量と努力に敬服するばかりです。
本来どの宗教も愛や人としての道を説いているはずですし、それを皆が本当に実践していたら戦争や差別などするはずはないと思うのですが……難しいですね。
ですが、レオのような信仰と素朴な「隣人」への思いが世の中を照らす小さな優しい光なのかもしれません。
デボラもその小さな光に支えられ、悲しみや苦しみを乗り越えて生きていったと信じたいです。
素晴らしい作品でした!

17/07/06 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございました。

宗教観については以前長編を書く際に勉強した事があったのですが、その時の話は未完に終わったので、今回掌編ながらも完結したので良かったです。
隣人愛自体は分かりやすいものですが、分かりやすいものを歪めない努力というのが、実は一番大切なのかもしれませんね。これからも、時代の枠組みをとらえつつ、人の優しさを大事にした話を書けたらと思います。

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