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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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僕と彼女の休日

17/06/05 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:894

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 土曜日の朝、空が晴れていれば彼女はシーツを干す。
 狭いベランダは、それだけでいっぱいになり、僕は落胆する。昼過ぎ、彼女がシーツを取り込むまで、彼女の生活を見ることは出来ないから。
 けれど今日は雨だ。
 シーツやたまった洗濯物を大きな袋に入れて、彼女は近所のコインランドリーへ行くはずだ。何も予定がなければ、午前九時頃に。それはコインランドリーを待たずに使える絶妙な時間だ。昼近くになれば十台ほどしかない小さなコインランドリーのドラム式洗濯槽に空きはなくなるだろう。乾燥機を持たない主義の人、もしくは部屋干しを嫌う人が多く住んでいる土地なのかは知らない。
 彼女が地元の短大を卒業したあと、就職を機に実家を出て、そこで一人暮らしを始めてから七年経つが、同じような日常が続く。個人の一日の行動時間にはあまり大差がないということだろう。僕は買い置きの六枚切りの食パンにマヨネーズを塗り、半分に折ったものを咀嚼する。毎朝食べ続けてきた僕の朝食。パンは片手で持って食べることが出来るのがいい。マヨネーズに飽きたらチリソースというバリエーションだって用意している。しがない派遣労働者には似つかわしい朝食だ。今朝も僕は片手にパン、片手に双眼鏡といういつもの生活スタイル。
 マンションの入り口を赤い傘をさした彼女が出て行く。そのあと僕も洗濯物を詰めたプラスチックのかごを持って部屋を出る。
 僕がコインランドリーに着いた時、彼女の洗濯物はすでに洗われ始めていて、彼女は部屋の中央に置かれたテーブル席の奥の椅子に座り、書店のカバーのかかった文庫本を読んでいた。先週美容院でショートカットにしたせいか、首筋が寒そうだ。いつものように、見るともなくちらりと彼女を見た僕は、彼女から一番遠い洗濯機に自分の汚れものを投入する。五百円硬貨一枚で、洗濯から乾燥までやってくれて、しかもここで彼女とその時間を共有できるなんて、ツイている。だから雨の休日は好きさ。
 僕と彼女をのぞいて、ここにいる者は花柄のエプロンをかけたおばさんだけだった。うつむいてケータイの画面を見続けている。僕は手前の椅子に腰かけて、ケータイにつないだイヤホンを耳にかけ、音楽を聴いているふりをした。が、ケータイは電源を落としたまま。実際に聴いているのはみっつの洗濯槽が回る静かな音だった。そのうちの三分の一は彼女の洗濯物が回っている音だと思えば、それは僕にとって素敵な音楽になる。おばさんの洗濯が終わり、彼女と僕だけのデュエットになったらどんなに楽しいか。
 けれど、そうなったらなったで、僕はいたたまれない気持ちになるだろう。彼女に怪しまれやしないかって。あの人、時々ここで見かけるけど、まさかストーカー? って思われたらどうしようってドキドキする。
 違うんです、決してストーカーなんかじゃありませんと言い訳をしても、僕の行動はストーカーそのものだ。
 彼女は覚えてはいないだろう。高校三年生で同じクラスになっただけの僕のことを。目を合わせることも、言葉を交わすことも一度たりともなかった。彼女に限らず女子と話した記憶はない。話す相手といえば僕と同じようなサエナイ目立たない数人の男子だけという暗黒の高校生活を送っていた。
 愉しみといえば、学校が休みの時に、こっそり屋上へ忍び込むこと。古い四階建ての校舎の屋上へ扉の鍵は壊れていた。もしここから飛び降りたら、確実に死ぬなあ、そしたら僕という存在が学校中の人の記憶に刻まれるのかなあ、なんて呑気に考えたりしていた。
 あの日、いつものように何をするわけでもなく、屋上に寝転んでいたら、彼女と美術部の教師がやってきて、キスをして、やがて去っていった。とっさに物置に隠れた僕に、二人とも気づかなかった。
 あの時僕が受けた衝撃を、何と呼べばいいのだろう。気紛れに引き寄せていた死は、宇宙の彼方へと飛んでいった。
 あの日以来、僕はいつでも彼女を捜してしまう。もちろん正面から見る勇気はなく、彼女に知られないようにこっそりと。
 この気持ちが恋というものなのか、今もわからない。ただ彼女という存在が、焼き印のように、くっきりと僕の中に刻まれてしまった。
 
 美術部の教師が年度半ばで学校を去った訳を、彼女に知られてはならない。
 あの日屋上で見たことを手紙に書いて、僕が教育委員会へ送ったことを彼女に知られてはならない。

 いつのまにか、雨が上がり、薄日が差していた。彼女が傘を忘れなければいいのだが、と心配になる。「傘、忘れてませんか?」と僕は声をかけることは出来ない。

 僕と彼女の休日は、永遠に交わらない休日でなければならないのだから。


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このストーリーに関するコメント

17/06/07 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

雨の日のコインランドリーで語られる、主人公だけが知っている彼女の知らない物語。静かで濃密な空気を醸し出していて、読んでいて引き込まれました。進むことのない二人の休日に、人生の深淵を覗き見したような気分になりました。

17/06/20 そらの珊瑚

 冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
 
彼女を見ているだけ(かなりこわいですが)の休日のために、生きているような僕は
この先、どうなるのかちょっと不安ではありますが、気づかないふりで見守っていただけたら幸いです(笑)

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