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木野 道々草さん

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あなたとラブレターを書く日

17/06/05 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 木野 道々草 閲覧数:482

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 親愛なる休日に献上いたします。


 ❤


 ようやく訪れた休日の早朝、アール伯爵家の若き当主は書斎でラブレターをしたためていた。
 先代の急死により、二十歳にして家督を継いだ彼には悩みがある。立場上、自由に「好き」と言えないことだった。奔放な恋愛は家名を汚しかねない。しかし、好きな相手に好きと言えないのは切なく苦しい。ならせめてもと休日が来た日は書斎にこもって、好きの気持ちを紙の上に文字にして語り、密やかに解放するのだった。


『親愛なる(とお呼びしてもよろしいでしょうか)アイリス嬢、グレイ家の夜会でお会いして以来、そのお体が頭から離れません。あなたとワルツを踊りたかった。その細い腰に手を置いて』


 彼は手紙を破り捨てた。「これではキザなスケベ野郎だ」腕を組み窓の外の遠くを眺める。「だがラブレターだ。それも許されよう」開き直り新たに書き始めた。


『アイリス嬢、壁の花も高嶺の花も似ています。誰にも摘まれないという点において。皆に花の顔を見せてください。そして私とだけ踊ってください。あなたのような麗人になら何度足を踏まれてもいい。大した痛みではありません』


 書き終えると封筒に入れ赤い蝋で封印した。彼の好きという思いは一通では終わらない。続けて二通目を書く。


『あの日、大変素晴らしい模様のレース編みのショールをお召しでした。あなたのためなら、私はすでに出来上がった個性という模様を全て解き一玉の糸になります。私でショールを編んでください。その皺の手にくすぐられてあなたの絵柄になりたい。肩を飾る名誉をお与ください。どうか心穏やかに』


 封印し、三通目を書く。


『しわがれたお声を聞きました。お声が枯れたのは愛を語り過ぎたからです。さらに枯れればついには消えます。ですからもう誰にも語らず、私と無言の会話をしましょう。寝台の上で静かにしてください』


 封印し、四通目を書く。


『それなのにご令嬢と談笑されていました。ご友人ですか。草木を育てるように愛しむ間柄ですか。私がお二人の邪魔をしない行儀のいい猫なら、その広い胸板に抱きかかえてもらえたでしょうか。ミャオと鳴いてでも、あなたを引き止めたかった』


 調子に乗ってきた彼はペンを走らせ、ついに二十三通目を書いていた。


『近づくとあなたはお逃げになった。体型を気にされたのであれば間違いです。豊満な体躯の良さがあります。ところで、私は鴨の鳴き声は優雅さに欠けると嫌っていました。見かける度に鴨は水草でも食っていろと睨みました。今あなたに恋をしている目には、そんな鴨さえ魅力的に映ります。ご友人も歓迎いたします。ぜひ夕食に招待したい』


 最後に二十四通目を書き封印すると、彼は先代から仕えている老執事を呼んだ。


「一通目、これは、顔とスタイルは良いがダンスが下手で噂になったアイリス嬢に、二通目、レース編みの糸が値上がりしたとお怒りの大叔母様に、三通目、休養を取らず喉風邪をこじらせた牧師に、四通目、家財を持ち出しメイドと駆け落ちした庭師に、五通目――」
 説明とともにラブレターは次々、執事の手に渡される。
「そして二十三通目。これはそこの池にいる真鴨に。特に丸く太って動きが鈍いからすぐに分かる」
「鴨に文字が読めるでしょうか」
「冗談を」彼は目を細めた。「相手に直接渡すのは遠慮しなければならない。無作法になる。届け先はいつものように」
 二人は書斎にあるもう一つの机の下を見た。そこにはこれまでに書かれたラブレターが山になって積まれ溢れている。
「かしこまりました」
「鴨か。鴨肉をローストしてクランベリーソースで食べたいな」
「ではそのように料理長に伝えます」


 彼はもう一度愛おしそうに机の下を見た。読まれない手紙は一見して無意味でも、集まり一山になれば彼には何か意味を持つようだった。休日が訪れる度に新たな「好き」の思いが加わって、その山はまた少し大きくなる。 


「さて、もう一通ある」
 二十四通目が執事の手に渡された。封筒には執事の名前が書かれている。この休日の儀式を締めくくる、いつもの余興のラブレターだった。


『親愛なる休日、あなたは私に世間体を休ませ、偽らない私のペンで手紙を書かせてくれる大切な恋人です。大好きです。あなたは私を欺いていませんか。気休めではないのなら、なぜ毎日側にいないのですか。私には分別という恐妻がいてそれと別れることはできませんが、気にせず明日も一緒にいてください。明日の予定は全てキャンセルします』


「執事への百年後も消えない愛で書いた。読んでほしい」
「身に余る光栄でございます。大事にしまい、百年後読ませていただきます」
 今日もまた、休日の延長願いは読まれず終わった。


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