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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

性別 女性
将来の夢 印税生活
座右の銘 ハワイに行きたいと思ったら、一歩踏み出さないといけない。 ハワイは向こうから近づいてこない。

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アタシ革命

17/06/04 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 かめかめ 閲覧数:882

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 空を見上げた。雲は昨日の雲じゃない。光は昨日の光じゃなかった。
  アタシはアタシをやめた。

 ずいぶん遠くまで来た。びょうびょうと風が耳を、頬を、髪をなぶる。腰ほどまである枯れ草が波のように渦巻いている。
崖っぷちまで歩いていくと、激しく岩にぶち当たる波頭が見える。
 何もかもが荒々しくアタシを包んでいた。アタシは自分の体を抱いてまだ見ぬ世界を迎える興奮に震えた。
 
 仕事をしなくなると、すぐに曜日の感覚が分からなくなった。月曜日も火曜日も水曜日も木曜日も金曜日も土曜日も日曜日もどの曜日も等しくアタシにとっては『今日』だった。『今』であり『一瞬』であり『永遠の夏休み』だった。

 バーボンを一本、スーツケースに入れてきた。朝から時間も気にせず、瓶に口をつけて飲む。グラスや皿や箸やナイフはみんな置いてきた。枯草を押し延べて尻を落ちつけるだけのすきまを作ったら、そこに陣取ってスーツケースを開けてバーボンを食らった。膝を抱えて途方に暮れたような顔をして空に滞空するウミネコを見つめる。強い風に向かって翼を広げ、静止画のように静かに浮いている。羽ばたきもせず瞬きもせず。
 枯草の海の底で座り込んでいると恐ろしいほどの風の音も小さくなった。アタシの髪は落ち着きを取り戻し、酔い始めた頬にさらりとかかる。長かったものを肩につかないくらいまでバッサリ切った。そうしないとパスポートの写真に写っている人と似ても似つかないから。髪を切った今でも『マリウス トリフェル』にどれくらい似ているのか分かったものじゃない。けれど入国審査で何も言われなかったということは、まあ、それなりに似ているのだろう。なんせアタシは驚くほど凡庸な人間だったから。

 バーボンにほどかれたアタシはハダカの心で風を見ていた。
 ここには何も持ってこなかった。アタシ自身でさえも捨ててきた。仕事も、家も、名前も、性別も。今のアタシはなんでもない、どこにもいないアタシなんだ。
 この国を選んだことに理由はない。アタシがアタシをやめたことにも理由はない。何もない。

 びょうびょうと吹く風がアタシの心の中を吹き抜ける。そこにももう何もない。ただの空洞になったアタシを風は吹き抜けてヒュウという音を立てる。ヒュウ、ヒュウ、ヒュウ。まるで笛のような。子供の頃に聞いた夕暮れの口笛のような。

 『マリウス トリフェル』はアタシに言った。『世界は輝いているんだよ』。灰色のビルに囲まれて生きていたアタシにとっての世界はくすんで色もなく今にも崩れそうな、それがアタシにとっての『世界』だった。だからアタシは『マリウス トリフェル』を乗っ取った。『マリウス トリフェル』のすべてはまぶしくてカラフルでアタシにはどうしようもなく魅力的だったから。
 『マリウス トリフェル』を選んだことはアタシのすべてだ。過去のアタシの、今のアタシのすべてが選んだ。そして捨てた。今のアタシは『マリウス トリフェル』でさえない。

 バーボンがカラになった。立ち上がったアタシの髪を風がなぶる。さよなら、『マリウス トリフェル』。もうアンタのこと返してあげるからね。アタシが奪ったアンタのすべてを、返してあげるからね。

 アタシは今までで経験したこともない最高速度で走って崖から空へと飛んでいった。


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