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ドーンヒルさん

趣味は、読書,旅行,写真です。 主に、純文学系の作品を書きます。 よろしくお願いします。

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アマの休日 プロの休日

17/06/04 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 ドーンヒル 閲覧数:682

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 時刻は六時をまわっていた。東の空が紅く染まり始めた。ビデオ屋で買い漁ったアニメの鑑賞を終えた隆司は、スマートフォンを手に持った。
 「もしもし」
 スピーカーから、張り合いのない声が聞こえた。
 「いや、これといった話ではないのだが……」
 言葉にならないほどの深い感動から覚めていなかった。家族という重厚な主題を、時にはコミカルに、時には涙を流すほど切なく描いた作品だった。偏見とマンネリで硬くなった頭を丸くしてくれた作品、そして、親友であり、作品の完成度を熱く語ってくれた一郎への感謝で精一杯だった。
 「本当にありがとう。それで、次の投稿なのだが、作品のエッセンスを抽出して、家族について書きたいと思うんだ。家族の再生、とかどうかと思うんだ」
 隆司は、覚め切らない亢奮を抑えて、一郎に想いを伝えた。
 「まあ、やってみればいいんじゃないか」
 一郎の返答は、相変わらず冷ややかだったが、隆司は大して気にしなかった。
 「たくさんの人の共感を得ようと考えても、今の僕には無理なことだ。百万人の内、一人でも、深く共感して温かい涙を流してくれればそれでいいと思う」
 隆司は、印象に残ったシーンの会話を思い起こして、一郎に力説した。一郎は、そんなのがあったか、とため息交じりに、返答した。
 「ところで、一郎は何を書いているんだ」
 「こんな時間に聞くことじゃないだろう」
 一郎は、苛立ちを交えて素早く言った。良い小説が書けるのか、書けないのか。作品が売れるのか、売れないのか。プロという肩書にしがみ付いて、苦悩を重ねる自分が浅はかであると感じたのは、今回が初めてではなかった。
 「女子高生の恋愛を軸にした……」
 一郎の話を躊躇なく遮って、隆司が続けた。
 「その女子高生は、外見は普通だが、内面的な美しさが高く評価され、学年で一番人気のある男子高生と恋に落ちる。最もらしい愛の囁きを幾つか散りばめれば、それで完成、といったところか」
 「まあ、そんなところだ」
 「お前だって、昔はもう少し真面な作品書いていたのにな」
 窓から差し込む太陽が眩しくなった。隆司は、大きな欠伸をして、新着メールのチェックをした。
 「久々の日曜だ。さすがにそろそろ寝ようと思う」
 「そうだな」
 一郎の声は低かった。
 「夏の同人誌の企画だが、何んとか通過したみたいだ。今、メールが来た」
 「……」
 一郎は、鉛筆を力強く握って原稿用紙に宛がった。細く脆い芯が鈍い音を立てて折れた。大きな音を立てないように注意して、書き溜めた原稿用紙の端を破り始めた。
 「いつになく気分のいい夜明けだ。一郎も、適当に区切りつけて休めよ」
 強い眠気が、不意の高波のように襲ってきた。隆司は、一郎の返事を聞かぬまま、電話を切った。昨晩更新されたバイト情報が、表示されていた。
 「福島の当直で、日給十五万か。新幹線の中で考えるというのも、おつなものだ」
 スマートフォンの電源を落とし、ベッドにもたれかかった。欠伸に足らず、顔を浸る涙の滴が、眩い光に反射して輝いた。心地よい夢の世界を楽しむ時間は、十分残っていた。
 
 「あいつの方が、よっぽど笑っているんだ」
 頭を掻きむしる音が、四畳半の和室に響いた。すっかり高く昇った太陽が、手元を眩しく照らしていた。
 「素っ気ないものでもいい。百万人のリアクションが生につながる。一人の熱狂的な感動を呼び起こすことは……、出来ない」
 翌日が締め切りの原稿にざっと目を通した。コンピューター気質である、もう一人の自分が数日で完成させた駄作を読む人々は、何を感じ取るのだろうか。
 「僕は所詮アマだ。一人でも手に取って下さればそれで十分だ。まあ、捨てられるだろうけど。それでも書き続ける。人に涙を見せるな、とよく言われた。僕は、逆だ。美しいと思ったのなら、悲しいと思ったのなら、素直になればいいじゃないか。廃れた社会において、感情の暴露は真実だ。溝川でもいい。僕の作品が排水溝になればそれでいい」
 やっぱり隆司には敵わない。昔に比べ、幾分くぐもったが、それでも瞳は輝いている。
 一郎は、予定で埋め尽くされたカレンダーを手に取った。朱色の印字が、一週間の始まりを呪っているようだった。
 「とりあえず、寝るか」
 そう言って、カレンダーを勢いよく引き裂いた。


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