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輝緋さん

生き方が分からなくなった大学生。 人と会うことはとても好きだが、孤独であることもそれ以上に愛している。

性別 男性
将来の夢 まともに生きる。もしくは作家。
座右の銘 営為こそが大切である。

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哲学系彼女と僕のとある休日

17/06/01 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 輝緋 閲覧数:666

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「あのさ」
 そう言うと、芳乃は読んでいた本をパタリと閉じ、カーペットの上に置いた。
「ん」
 ベッドで寝転びながらスマホをいじっていた僕は、彼女を横目で見て、我ながら腑抜けた返事をした。
 それでも、彼女は至って真面目、あるいは深刻な面持ちともとれる表情でこちらを見つめている。
 そんな顔されると、こちらとしても居住まいを正さずにはいられない。僕はベッドから降りて、彼女と同じ目線の高さになるように座った。
「どうしたの」
 僕がそう尋ねても、芳乃は黒縁眼鏡越しの大きな瞳で、僕の顔をしげしげと見つめたまま、何も応答してくれない。彼女はどうやら、自分の世界に入り込んでしまっているようだ。
 暫くの間、沈黙が流れる。その間、じっとこちらを見つめている彼女の視線にどぎまぎしながら、彼女が口を開くのを待った。するとようやく、彼女は些か目を細めながら、こう言った。
「君には、心がある?」
 僕の彼女、芳乃は変わっている。まあ彼女は大学の哲学科に行くような人間だから、それは不思議ではないし、僕はそういうところに魅力を感じている訳だ。
 だから、彼女のあまりにも素朴な、そして少しばかり失礼な疑問符に、僕はやはりどうしても呆れのような気持ちを隠せずに、だけどできるだけ真摯な気持ちで答えてやる。
「もちろん、あるよ。僕には心がある」
 こういう質問をされたときは、できるだけ立場を明確にすると話が進みやすいというのは、これまで何度か、彼女のいわゆる哲学的な問いに困らされてきたことから得た経験知だ。
「それを、君はどうやって証明するの?」
「じゃあ逆に聞くけれど、君には心があるの?」
「うん。私にはあるよ。それは私のことだから、私はよく分かる。だけどそれは、君には分かりようがない。私に本当に心があるのかどうか、君は気になったりはしないの?」
 そう言われてみると、気にならないこともないが、そんなことはどうでもいいんじゃないか、と言い切ってしまいたくなる自分のほうが、僕の中では優勢だ。
 だけど、それを口に出してしまうのは、彼女に交際を申し込んだ男として、あまりに不誠実というものだ。
「仮に僕が心を持たないとすると、僕はただ、人間らしい振る舞いをしているだけの、気味の悪い人形だということになるね。君には僕がそう見えるのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
 そう言って彼女は、少ししょんぼりした顔をして、俯いてしまった。
「分からないものは分からないよ」
 そう、彼女は泣き出しそうな声で言う。
 僕は哲学の「て」の字も知らない。だから彼女の哲学的な好奇心を真正面から満たしてやることはできないし、それは恐らく、僕の仕事ではないだろう。
 だけど、彼女がその問いを発した「意味」を考えることはできる。彼女だって、少々風変わりだが、根本的には、年頃の女の子であることは、これまで数ヶ月間、彼女とともに過ごしてきた中で、よく分かっている。僕にしてみれば、少しだけ、ものの見方とか、興味を持つベクトルが他の人と違うだけに過ぎない。
 僕が彼女に伝えるべきことは。
「芳乃」
「はい…」
「考えてみてくれ。この休日に、君は僕の家に上がりこんできては、ひたすら本を読んでいる。僕は本当は、君とデートに行きたい。外に連れ出して、恋人らしく、遊園地に行ったり、映画に行ったり、食事に行ったりして、君が喜んでいる顔が見たくて、君を喜ばせたくて、仕方がないんだ。だって君のことが、好きだから」
 今にも泣き出しそうに顔を歪めていた芳乃は、おずおずとこちらを見据えたかと思うと、頬を紅潮させて固まってしまった。しかし、それは僕だって同じだ。きっと僕も、彼女みたいに紅くなっている。だって頬が熱い。
「だけど君がインドア派なのはよく分かってるし、こうやって僕の家で本を読んでいるのが一番楽しいって言ってくれたから、僕は君をちらちら横目で眺めるだけで我慢してるし、それでも良いと、最近は思ってる。僕の心がないんじゃないかとか、人形なんじゃないかって疑うのは君の自由だけど、仮にそうだとしても、僕は、世界で一番君のことが大好きな人形でいられたら、それでいいんだ」
 すると、再び俯いてしまった芳乃が、するするとこちらに寄ってきた。と思うと、彼女は何も言わずに、僕の胸に顔を押し付け、腕を背中に回した。
「ど、どうしたの、急に…」
 勢い良く啖呵を切った僕だが、彼女の突然の行動に、思わずたじろいでしまう。
 彼女の温もりを感じる。激しく脈打ち始めた心音が、彼女に聞こえてしまいそうだった。
 僕はどうしていいか分からず、取り敢えず、彼女の背中にそっと腕を回してみる。
 再び訪れた暫くの沈黙のあと、彼女は僕の胸の中でこう言う。
「君が本当に存在してるかどうか、直接、確かめてるの」
 哲学系彼女には敵わない。


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