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田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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休日の休日

17/05/29 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:824

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 俺は待ちに待った定年退職の日、空は青空、心は晴れやか、まさに前途洋々だった。花束を受け取り、多少の感傷を持ちながら会社を出たときは、退職後にすること、やりたいことが盛りだくさんの計画を用意していた。
 会社には非常勤として残ってくれと言われたが、すっぱりやめて、遊ぶ人生を選んだ。誰がもう働くものか!と心に決めていた。
 最初のひと月の計画は、とにかく寝たいだけ寝て、起きたいときに起き、食べたいときに食べるというぐうたら生活をすることだった。独り者だから、だれはばかることなく気ままにできる。時間はたっぷりあるから、1ヶ月の何もしない生活は、今後の糧になりこそすれ、時間の浪費とは思わなかった。あるいは、浪費でもいいじゃないか。どこが悪い。
2週間もすると、寝ているのが苦痛になった。40年の会社員生活の疲れが2週間で取れるとは思えなかったが、寝たいだけ寝るという欲求は満たされたのだろうと判断した。

 俺は近所の将棋クラブへ行った。通勤で毎朝通る道に看板が出ていたのを目につけていた。メンバーのほとんどは近所の老人たちで、俺が入会すると「若いのが来てくれた」と歓迎する一方で「完全引退は早いでしょ。仕事しながらでも将棋はできるよ」と、立ち入ったことを言う人もいた。俺は純粋に将棋に強くなりたかったから、余計なことは耳にしたくなかった。それほど将棋が好きかって?そんなのはやってみなければわからん。だから始めるんじゃないか。そうだよ、やったことはないさ。それが何か?将棋は難しかった。それでも始めたことはやめたくなかった。週に3日、午後を将棋クラブで過ごした。
 図書館には週に3日行き、午前を過ごした。時代小説は借りても家では読まず、もっぱら図書館で読んだ。家で読むとつい寝転がってしまうが、図書館だと本を読むときにも良い姿勢が保てるからだ。将棋の本は家に持ち帰って、勉強した。
 次は運動をしなくてはならない。俺は登山を選んだ。登山にはロマンがあるし、ロマンスがあるかもしれなかった。中高年の出会いサイトにそんなことが書いてあった。ガイド付きツアーに問い合わせたところ、初心者でも参加できるコースがあり、道具の購入についてアドバイスをしてくれた。登山道具がこんなに高いとは知らなかった。人気ブランドのものは、道具の1つ1つに万札が飛んでいく。とりあえず靴、ストック、ザック、雨具など必要最低限のものを買って、初心者コースに参加した。ロマンスはなかった。俺より年上の女性集団の中に放り込まれたような心細さだけを覚えた。きつい。精神的にも、肉体的にも。なんでおばさんたち、あんなにスタスタ歩けるんだ?そういえば、山ですれ違うグループの構成員の7割が女性、男性も高齢が多い。60歳ぐらいでツアーに参加している人は案外少ないことに気づいた。気づいてしまうと、無性に恥ずかしくなった。添乗員に、「もっと若向けの登山ツアーはありますか」と聞いたら、「体力別になっているんですよ」と笑われた。確かに、俺に体力はなかった。せっかく買った山道具を無駄にするわけにはいかない。
 そういうわけで、ジムに通うことにした。図書館に行かない日の午前をジムに当てた。週に3日だ。いい汗をかいているという満足感があった。体力もついてきて、中級クラスの山にも登れそうだ。
 これで午前は週6日、午後は週3日の予定が詰まった。残るは週に3日の午後のみとなった。俺は週に1回料理教室に通った。料理のジャンルは決まっておらず、スーパーでの買い物から始まり、その日の食材をどう効果的に調理するか、その理由などを説明しながら作り、夕食を食べて帰る。グループも3人までで、全員同年代の独身男性だった。メニューの決まった2、3時間で終わる生徒が多人数の料理教室より値段は高いが、中身が濃い。身につく技術だ。
 
 充実した1年が過ぎた。そんなとき、久しぶりに大学時代の同級生にあった。ちょっと一杯飲もうと誘われたのだ。俺の定年退職後の健康的な生活を聞いた友人は、目を丸くして驚いていた。
「お前、相変わらずだなあ。予定帳を埋めるのが好きだったもんなあ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。それで、いつが休みなんだい?」
「そりゃ日曜日だよ」
 友人は笑い転げた。そして言った。
「いやいや、週に2回午後が空いているよね。とりあえずその時間だけでも、うちの仕事を手伝ってくれないかな」
 友人宅は、自営の酒屋だった。俺は酒屋の配達や店番を手伝った。面白かった。人との会話が楽しいなんて、久しぶりだった。
「なあ、俺、週に3、4日来ていいかな」
友人は、助かるよと歓迎してくれた。「でも、他の予定はいいのか?」と聞かれ「俺にはもっと休みが必要だって、気がついたんだよ。おかげさまで、ここの仕事は最高に楽しいからね」とうそぶいた。



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