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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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かつて充実した1日

17/05/24 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:5件 秋 ひのこ 閲覧数:667

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「お母さんは次の日曜日、お休みします」
 ユミの突然の宣言に夫とふたりの子供、同居の義母は目を丸くした。
 母、妻、嫁、を丸1日休むという。
 子供が生まれて14年、ずっと家族を最優先に365日朝から晩まで「働いて」きた。
 主婦だって、休みたい。



 決行日

【計画1】昼まで寝る
 8時。夫が先に起きて目が覚めた。いつもは夫こそ昼まで寝てるくせに。
 「朝ごはん」と思わず口にして上半身を起こすも、夫がそれを制した。
「いいよ、今日は休みなんだろ。適当に何か食うから」
 二度寝しようにも寝られない。着替えて降りると、義母と出くわした。
「あらぁ、おめかししちゃって」
 悪気はないのだろうが、ひと言多い。

 9時半、予定よりうんと早いが自宅を出る。
 地下鉄で30分、駅直結の新しい商業ビル。日曜とはいえ開店直後の店は客がほとんどおらずどこも入り辛い。ユミは店員とのやりとりが苦手だ。
 結局、無難な本屋に入った。
 早くもせっかく勝ち取った貴重な1日を無駄にしているような気がしてくる。
 
【計画2】ベーグル専門店でランチ→ぶらぶら買い物
 前から気になっていた店だ。だが夫も子供もパンよりラーメン派。カウンターに並ぶ多様なベーグルを眺めながら、それでもお土産にするならどれがいいだろう、などと考えてしまう。
 エビとアボガドのサンドにかぶりついた後は、ぶらぶら買い物。のはずだが、午前中に試みてすでに諦めたので、入りやすいいつもの量販店に足を向ける。いつも通り、真っ先に子供服を見て、次にメンズ、最後に自分のものを少し探す。時計を見ると、まだ14時過ぎ。

【計画3】紅茶専門店でお茶
 憧れの紅茶店は店の外に10人ほど並んでいた。若い女性グループやカップルに混じって待つ気になれず、回れ右する。
 次の予定まで時間を持て余していることに戸惑いながら、それでいて1秒毎に消えて行く「休日」に焦る。
 半ば途方に暮れ、百貨店内のベンチに腰かけた。右も左もスマホに夢中な男だらけだ。自分も電話を取り出す。ラインの着信があった。今夜会う友達からだ。
『ごめん、子供が熱出した。また日を改めて。ごめんね』
 すまぬ、とクマが謝るスタンプつき。
 せめてもう少し早く知らせてくれれば、と苛立つ反面、ぎりぎりまで様子を見て判断したいと思う友達の気持ちもよくわかる。
 ユミはその場でレストランの予約をキャンセルした。それから、はたと気づく。
 ああ、どうしよう。夜の予定が台無しだ。

【計画4】サロンで全身マッサージ(予約済)
 独身の頃何度か訪れたその店は、様変わりしていた。
 自分より若く綺麗な担当者が、てきぱきと手順を説明する。手入れを怠ったこの肌を見て触られることに、突然強い抵抗を感じた。
 施術台で肢体をさらしながら、羞恥心でユミは泣きたくなる。
 一体何を期待していたのだろう。来るんじゃなかった。どうして20代の楽しみを同じように楽しめないのだろう。自分へのご褒美、という目的は同じなはずなのに。
 体の疲れがとれるどころか、愛想のいい担当者に、せめて負けじと顔面に貼り付けた笑顔のせいで、どっと気疲れした。

【計画5】友達とスペイン料理(予約済)
 夕食の店を探さねば。
 結婚前は、わりとどの店にも普通にひとりで入れていた。
 今、あの店もこの店も、入り辛いと感じる自分に愕然とする。
 いつの間に、こんなにも「ひとり」に弱くなったのだろう。自分は何も変わっていないと思っていた。だって、古い友達からも会えば「変わってないね」と言われる。それなのに。
 思いがけない喪失に苛立ちながら、ユミは結局何度も行ったことがあるラーメン屋に足を向けた。家族5人お気に入りの店だ。初めてカウンター席に案内された。当然だ。夕食時で混んでいる。やはり、スマホ片手の男たちの間に納まった。

【計画6】2軒目はバー、終電で帰宅
 夕食を終えてもまだ19時。帰るのはもったいない。
 漫画喫茶で時間を潰してやっと22時。やぶれかぶれに、輸入食材店で小ぶりのワインとビールを買う。最寄り駅まで帰り、家の近所の公園でそれを開けた。
 虚しさを誤魔化すため、解放感を無理やり頭に描いた。
 自由だ、呑んでる、サイコー。

 0時過ぎ。家に帰ると真っ暗だった。ユミはこそこそと2階へ上がる。
 寝室に入ると、夫が起きた。
「おかえり」
「ただいま。ごめん、起こしちゃったね」
 夫は寝返りをうち、ユミの方を向いた。
「今日、どうだった?」
「すごく楽しかった。サイコーの1日だった」
「そっか、よかったな。じゃあこれからはそういう日ももっと作らないとな」
 うん、と言い、布団にもぐりこむ。
「でも、まあ、たまにでいいよ。ごくたまに」
 ベーグル、買ってきたから朝食べてね、と小声で言った。


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このストーリーに関するコメント

17/05/25 家永真早

何だかよく分かりすぎてしまいました…。四六時中家族のことを考えて、たまには一人になりたい!と思うのに実際休むとなると何をしたら良いのか分からないという…。
ちょっぴり失敗して後悔もした休日だったけど、やっぱりまた休みも欲しいな、とそんな風に感じました。良い夫婦ですね。

17/05/25 秋 ひのこ

家永真早さま
こんにちは。コメントをありがとうございます!
かつて「充実した休日」の要素だったものが、いつの間にかそうではなくなっている、という現実を主題にしたのですが、2000文字の枠に己の限界を感じました(苦笑)。
状況と感情をバランスよく描くのは至難の技です……。
でも共感していただきとても嬉しいです。ありがとうございました。

17/05/25 家永真早

たびたび申し訳ありません!
前回のコメントは言葉が足りず…主題の方は読み取れました!
無休で家事育児に勤しむうちにユミにとっての休日だけは時間が止まってしまっていて、昔楽しかったことをしようとしたけどしっくりこなかった、と…
そしてラストとしてはということで前回の感想に繋がります。
紛らわしくて申し訳ありませんでした!

17/05/25 秋 ひのこ

家永真早さま!
いえいえいえいえ!! とんでもないです!! 誤解でございます!
家永さまのお気持ちはきちんと伝わっておりました! 
にもかかわらず言葉足らずなお返事をしてしまったのはもう間違いなく私の方です!!
かえってお気を遣わせてしまい申し訳ありませんm(≧_≦)m  
大変失礼しました!
わざわざお時間を割いて再度コメントをいただき恐縮です。ありがとうございましたm(o> ※今回だけ顔文字お許しください……。

17/05/25 秋 ひのこ

↑あら! 最後の一文が崩れていますね! 
「ありがとうございましたm(o> どうしましょう、取り乱しております私……(汗)。

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