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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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市井の人

17/05/22 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:4件 泡沫恋歌 閲覧数:971

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 正義の味方なんて、偽善者くさい言葉が大嫌いだ。

 小学校の四年生の時に父親が死んだ。当時、世間を騒がせた通り魔殺人の被害者のひとりだった。白昼、起こった通り魔殺人は無差別に男女、そして子どもまで五人の人命を奪った。覚せい剤常用者の犯人は、元やくざで日本刀を振り回して、通行人たちを次々に襲ったのだ。
 その時、僕の父親は犯人の手からは逃れていたのに……ベビーカーを押した若い母親が襲われそうになっているのを見て、犯人に体当たりして、自分の方に注意を逸らした。その結果、父は無残に切り刻まれて死んだが、ベビーカーの親子はその隙に逃げ出し助かった。

 当時、ワイドショーなどで正義の味方だと父親のことがもて囃されたが、時間が経てば、事件のことも忘れ去られていった。
 本来なら、自分は助かっていた筈なのに……人助けして殺されてしまった。
 そんな立派な父親だったが、生命保険に入っていなかったので、残された母親と僕は苦労をさせられた。生活のために母親はパートを三つも掛け持ちして、身体を壊して病気になった。
 正義の味方の家族なのに、世間も親戚も助けてはくれない。高二の時に母親が病気で亡くなって、僕は孤児になってしまった。それからは新聞奨学生として働きながら、自力で頑張って大学にも通った。
 父親が死んだせいで苦労ばかりさせられた。他人の家族を守って、自分の家族を不幸にした、そんな正義の味方があるもんか!
 子どもの頃は僕だって、正義の味方やヒーローが大好きだった。……けれど父親があんなバカな死に方をして以来、正義なんて言葉を聞くだけで虫唾が走る。

 僕は心に誓った。自己主義だといわれても構わない。どんなことがあっても人を助けたりしない。常に自分のことだけを考えていきていこうと――。

 大学を卒業した後、地方銀行に就職した。
 お客はみんなお金だと思えばやっていける仕事なのでクールな僕には合っている。勤務しているのは田舎町の支店で、ATMは二台しかない、銀行員は支店長と俺と女性行員が三名、案内係のシルバーのおじさんだけの小さな店舗だった。
 お客は地元の商店主や古い顧客ばかり、営業的に新規獲得が難しい地域だが、あんまり忙しくなくて助かる。
 僕は市井の人として、平穏無事に生きていければそれでいいと思っていた。

 そう思って安心していたら、とんでもない事件が起こった。
 突然、目出し帽を被った男が銃のようなものを持って店に入ってきた。閉店間際でATMに客が一人とカウンターに客が二人、支店長が出張中で店には八人しかいなかった。止めようとした案内係のおじさんは犯人に殴られて気を失った。ATMの客はすぐに表に飛び出して助かったが、カウンターにいた客と銀行員たちは中に閉じ込められた。
 犯人は黒いバッグを持って「マネー、マネー!」と叫んでいる、どうやら外国人のようだ。

 ヤバイことになった……犯人に見つからないように、俺はカウンターの奥に身を潜めていた。父親みたいに事件に巻き込まれて命を落とすなんて真っ平だ。
 若い女性行員がバッグを渡されて現金を詰めさせられている。彼女はパニックになって、なかなか現金が詰められない。わざとモタモタしているのかと、犯人が苛立って発砲した。
 しゃがみこんだまま女性行員はショックで腰を抜かした。
 ついに犯人がカウンターの中に入ってきた、俺は見つかり、こめかみに銃を突きつけられた。腕で首を絞めあげながら「キンコ、キンコ!」と強盗犯が叫ぶ、支店長がいないので誰も金庫を開けられない。そのことを犯人に説明しても分かって貰えそうもない。
 このままでは俺は殺される! こんなところで犬死になんかしたくない。かっこ悪くても俺は俺自身を守るために戦ってやる。いきなり犯人の顎に頭突きをかましてやった。衝撃でぶっ飛んで、おまけに舌を噛んだらしく、血を吐いてのたうち回っていた。落とした銃を拾い上げ俺は犯人に銃口を向けた。

 その時、機動隊が店内になだれ込んできた。
 僕は銃を渡し、犯人を取り押さえたといったら、お手柄だといわれた。若い機動隊に名前を訊かれて、珍しい名字を僕がいうと、「もしかして、二十五年前に通り魔から母親と赤ん坊を守った人の親戚ですか?」と訊かれた。「僕の父親です」と答えたら、「あのベビーカーに乗っていたのは僕です。あなたのお父さんは命の恩人だ」と感激して僕の手を強く握った。
 正義の味方の僕の父親に憧れて、彼は警察官になったという。

 僕は銀行強盗に立ち向かった、正義の味方だと連日ワイドショーで話題になった。
 違う! 父親のように他人を守るためにやったんじゃない。あくまで自分自身を守るために犯人と戦っただけなんだ。
 英雄だなんて、かってに美談にするのは止めてくれ! 断じて、正義の味方なんかじゃない!


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このストーリーに関するコメント

17/06/07 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、拝読しました。

昨今物騒な事件も多くなりましたが、主人公の気持ちもとても分かります。いくら正義の味方って褒められても、父親は一人しかいないですしね。正義の味方を信じられるのは助けられた人だけなのかもしれません。色々考えさせられました。

17/06/20 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

主人公の正義の人アレルギー?みたいな気持ち、とてもよくわかります。
人を助ける勇気ある行動の結果、亡くなってしまっては残された家族は苦労するでしょうし。
でもラストの不思議なめぐりあわせに、なんだかお父さんが報われたような気持ちになりました。

17/10/24 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、コメントありがとうございます。

他人の犠牲のなって死んでしまって、いっときは正義の味方だと褒めそやされても、死んだ者は帰ってこないし、
残された家族は一生つらい思いをしなければならない。
やはり、大事な家族には自分自身の命を守ってもらいたいと思うのは、エゴでしょうかね?

17/10/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

ラストのオチは主人公の父親の勇気に報いるためにそうしました。
亡くなった命もあれば、救われて助かった命もある、その命がいずれ誰かを助けるかもしれない。
そうすれば父親の死も無駄ではなかったけど、たぶん、それを主人公だけは認めたくないでしょう。

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