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時雨薫さん

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正義論

17/05/21 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 時雨薫 閲覧数:628

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 烏は西日本国際大学グローバル文化学部の名物教授である。横文字の学部名からもわかるように、アホな私立大である。けれど地元企業への就職には大変有利だから、地元の中流家庭の子弟がこぞって入学するのだ。
「えー、うん、ちみたち、今日の講義はね、正義についてです」
 くぐもった烏の声は講堂の奥の方だと聞き取れない。だというに烏は後ろの席でスマホをいじっていたりする学生を積極的に指名する。
「金髪のちみ、あー、ちみだよ、ちみー!」
 梨々花は前の連中がくすくす笑っているのを見て、やっと自分が指されたことに気づいた。
「ちみ、正義ってなんだと思う?」
 梨々花は元ヤンである。それもかなり硬派な古めかしいタイプのものだ。
「あい、あたしの正義ってのはダチを見捨てないことです。一心同体的な?運命共同体ってやつ?」
「ふぉふぉふぉ」
 烏の眼鏡が上下に振動した。どういう仕組みか、烏が笑うとき眼鏡も連動するのだ。
「おもしろいですな。ではチミ、第一ボタンまで閉めてる子」
 指名されたのは健三である。健三は生真面目ゆえのアホである。小学校の頃、雑巾がけはいつも隙間なく壁の端から端までやった。中学の頃遂にぶっ壊れて以来不登校となった。それでも独学で高卒認定試験に受かりこの大学へ来た。努力家である。
「はい、私の正義は他者への思いやりです。ありとあらゆる物事に対してのです」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ」烏の眼鏡が激しく揺れた。
「お二方の正義は、えー、自分以外の者へ向いている点において、えー、共通ですが、その周囲の範囲をどの程度と置くかにおいて、えー、異なるわけですな。この差異は興味深い問です。ところで」
 烏が人差し指を立てた。
「皆さんは石炭がどうやって出来たか、えー、知っていますか?」
 話があまりに飛躍したので一同あっけにとられる。
「石炭は古生代の植物が、えー、腐敗する前に地中に埋まって出来たものなんですな。その頃はまだキノコが多くありませんでしたから、あー、腐るということが今より難しかったのです。今の生態系にはキノコをはじめ分解者たる菌類が多くおりますから、自然に石炭が出来ることはありません。キノコが生じなかったなら世界は石炭だらけです」
「キノコとは素晴らしいものですね」健三が言った。
「はぁ?」梨々花が言った。
「キノコがマイナーな生物のままだったら、人類はもっと石炭を利用できたでしょ?」
「では地球温暖化は構わないというのかね?」
「知るかよ、北極熊なんてダチにいねぇもの」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ」眼鏡が揺れた。
「時にみなさん、人類は、えー、キノコを継ぐ者なのです。先ほども申しました通り、石炭は当時隆盛でなかった菌類が、えー、分解しきれずに残ったものです。しかし、二十世紀以来、人類はキノコに代わってこれを分解しているのです。燃焼させ二酸化炭素にするという形で。人類は分解者なのです」
「なるほど、人類はキノコなのか!素晴らしい!」
「バーカ、キノコと人類が一緒ならキノコも環境を変化させてるから悪サイドだよ」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ」眼鏡が揺れた。
「キノコが分解して作る物は二酸化炭素でないので梨々花さんの言うことは厳密には正しくないのですが、えー、人類もキノコも環境を変化させるという点は同じです。そして、それは良くも悪くも作用しうるのですね。必ずしも悪化でありませんよ。分解者たるキノコがいたから、植物はかくも発展しえたのです。けれど、もう石炭が自然発生しないというのは、人類には不利益なわけです」
「人類に不利益なら悪だろうが!」
「何を!君に博愛の精神はないのか?」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ。問題なのは、えー、誰にとっての正義であるかということなのです。人にとってか、植物にとってかで善悪が変わってしまうのです」
「つまり、正義は相対的なものだということですか?」
「なんだよ、白けたこといいやがって、都合のいい大人のやり口じゃねぇか」
「確かに、これでは卑怯な言い方に過ぎません。ですから、えー、私は提言するのです。より大きな視野で語られた正義が、えー、より高度な正義であろうと。そうでしょう、人類は植物も利用して生きてきたのですから、植物の利益は人類の利益です。自分が大きなシステムの一部である以上、システムに貢献した方が得になるのですね。ふぉふぉふぉ、久々に熱い議論をしているうちに時間のようです。最後に、みなさん、よく分かっていてほしいのは、私の言う正義も完璧でないということです。システムに貢献すべきという思想は全体主義を生み出しますから。けれど、正義など存在しないとも考えないことです。正義はあります。けれどその内容は更新され続けるのです。今日のような議論を沢山経験して、常に自分の正義を最新のものにしていくことこそが大切なのです」


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