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元季蝙蝠さん

大学生です。趣味で小説を書いています。

性別 男性
将来の夢 氏神信仰に関する研究者
座右の銘 死んでるみたいに生きたくはない

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悪党どもが笑ってる

17/05/14 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 元季蝙蝠 閲覧数:754

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 俺には阿久津ヒヨウという男がわからなかった。同僚曰く「阿久津さんは正義という言葉をよく使う」、「阿久津は自分を正義の使者とでも思ってるに違いない」、「阿久津を一言で表すのに、俺は正義という言葉を使わない」「阿久津が正義かどうかはわからない」云々。何やら阿久津という男を語るには「正義」という言葉が重要な要素になるらしい。しかし同僚の話を聞いても、今一つ阿久津の人物像が見えないのだ。だから阿久津から昼食に誘われた時、俺はちょうど良い機会だと思った。
「阿久津さん」俺は頬張ったカツを水で喉の奥に流し込んで言う。「テレビ、見てください」
 定食屋のテレビには銀行強盗が逃げ切ったというニュースが流れていた。俺は阿久津がこれを見てどう思うのか、それを見極めようとしたのだ。
 阿久津は長い前髪を目にかからないように上げ、トンカツ定食からテレビに視線を移した。
「あれが、どうかしたか?」
「……いえ、何でもないです」
 阿久津は銀行強盗のニュースに関心を持っていないようである。はっきり言って意外だ。話を聞く限り、俺は阿久津が正義を信条に掲げているようだと思った。それなのに銀行強盗のニュースに興味は示さない。甚だ不可解だ。
 それから阿久津と会話をしながら箸を進めたが、結局阿久津のことはあまり理解できなかった。
 俺と阿久津はほとんど同時にトンカツ定食を食べ終え、箸を皿の上に置く。そして阿久津はテレビに視線を送り、時間を見たようである。
「集合時間、覚えてるか?」
「十三時ちょうどです」
 俺は上着の袖を少し上げ、腕時計を確認する。現在十二時三十三分。この定食屋は集合場所に比較的近いため、集合まで余裕はある。
「コンビニに寄っても良いか? タバコを切らしててな」
 阿久津は苦笑いをして俺に訊いた。特に断る理由もないので、「わかりました」と言って席を立ち、会計へ向かう。会計は別々に済ませた。一応阿久津は俺の先輩に当たるのだが、俺たちのような人間は基本的に飯をおごる、またはおごられる、なんてことにはならない。
 暖簾をのけて定食屋を出ると、横断歩道の先にコンビニが見えた。
「あそこにしますか」
「そうだな」
 赤信号が変わるのを待つ。俺は何の気なしに空を見上げた。この時期にしては日差しが強い。阿久津の方をちらと窺うと、首筋に汗が垂れるのが見えた。きっと長髪のせいで暑いのだろう。切れば良いのに、と思うが、自分も汗をかいているのに気付いた。俺も阿久津同様長髪なのだ。
 信号が変わる。信号を待っていた人たちが一斉に歩き出した。俺と阿久津もそれに倣い、横断歩道を渡る。信号機から流れる電子音が嫌に耳に残っていた。
「いらっしゃいませ」
 コンビニの自動ドアをくぐり、阿久津はすぐにレジへ向かった。俺は暇だったので、商品を適当に眺めることにする。
 コンビニの中を歩き回っていると、見るからに怪しい少年を見つけた。中学生くらいだろうか。察するにその少年は商品を盗ろうとしているようだ。止めるべきか、止めないべきか。それを迷っていると、後ろから肩を叩かれる。振り向くと阿久津が立っていた。
「どうかしたか?」
 阿久津は片手に煙草の箱を持っていた。買い物は済んだらしい。
 俺は視線を少年の方へ向けた。
「あれです」
「……なるほどな」
 阿久津も少年が盗みをはたらこうとしているのを理解したようだ。しかし阿久津は「行くぞ」と言い出入り口へ向かった。
「え、あの、ちょっと」
 阿久津を追ってコンビニを出る際に、ちらと少年に目を向ける。少年はコンビニ店員に肩をつかまれていた。
「……訊いても良いですか?」
 俺は集合場所へ足を進めながら尋ねる。
「何をだ?」
「どうしてさっき、万引きを止めなかったんですか?」
 すると阿久津は立ち止り、俺の顔を見た。
「お前は、正義とは何だと思う?」
「……え?」
「正義とは、つまりは正しいことだ。しかし自分が正しいと思うことをしても、それが正義とは限らない。自分が正しいと思うことをするのは、善と言うべきものだ。だから時に正義と善は対立する」
「あの、何の話を」
「正義は社会的に認められなければ正義たり得ない。万引きは止められるのではなく、捕まえられなければならないんだ」
 少しだけ阿久津の考えが理解できたような気がした。俺と阿久津は再び歩き始める。すぐに集合場所には到着した。時刻は十二時五十分。
「あ、どうも、阿久津さん」
 マスクを被った男が阿久津に挨拶をした。集合場所にいる男たちは、いや、悪党どもは皆マスクを被っている。拳銃に弾を込める音が辺りに木霊していた。
 俺たちはこれから銀行強盗を行う。もう何度目かも覚えていない。
 目の前で悪党どもが笑っていた。しかしその中で、異質な笑みを浮かべる男が一人。俺はそれを見て、背筋が凍った。


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