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モモユキさん

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第三の眼開発法

17/05/11 コンテスト(テーマ):第104回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 モモユキ 閲覧数:1241

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 大学の帰りに神保町をぶらついていて、僕は一軒の古本屋に入った。
 古い新書や文庫本がたくさんあり、面白そうな本がないかと探していると、興味深いタイトルに目が留まった。
『あなたにもすぐできる、第三の眼開発法』
 著者は「タージマ・ハル」なる人物で、日本人のヨガの行者らしい。本名が「田島春男」と付記されている。発行は、一九八二年だった。
 胡散臭いと思いつつも、二百円という安価なので買ってしまった。
 近くにあるカフェに入ってコーヒーを注文し、『あなたにもすぐできる、第三の眼開発法』を開いた。
「わたしはヨガの修行を通じてアジナーチャクラを開発し、第三の眼を開いた」
 タージマ・ハルこと田島春男は前書きでそう言及している。
「第三の眼の力を獲得すれば、あなたにも目には見えないこの世の真実を知ることが可能となる……」
 世の中の真実。僕はそんな大げさなことに興味はないのだが。
「初めのうちは、あなたにとって関心のある対象の透視を試してみるのがよい。例えばパチンコや競艇を当ててみたり、目の前にいる女性の一糸まとわぬ姿を透視してみたり……」
 いきなり俗な話になった。女性の裸を透視するなんて、犯罪にならないのだろうか。
「何もためらう必要はない。頭の中で女性の裸体を想像しても罪にならないように、第三の眼によって透かし見ても同様に咎めは受けない。わたしなどは男性も裸で見えてしまうことがあるが、正直、笑ってしまいそうになる。会社の社長や学校の先生やお偉い代議士がみな尊大な顔をして素っ裸なのである。笑いをこらえるのが大変だ。しかしこれが世の中の真実であり、どんなに偉そうにしている人間でも虚飾を剥ぎ取ればただのホモ・サピエンスに過ぎない、ということがわかる……」
 タージマ・ハルこと田島春男の持論は僕にはなんだかよく理解できないが、透視自体は面白そうだから試しにやってみることにしよう。

 一人暮らしをしている自室の壁に向かって胡坐をかいて座り、背筋を伸ばして軽く目をつむる。
 ゆったりとした呼吸を繰り返しながら、額の中心に意識を集中する。その部分にアジナーチャクラは位置しているだという。『オープン、オープン』と声には出さずに心の中で静かに唱える。これが第三の眼を開く真言らしい。ただの英語で「開け!」と言うだけ。やはり胡散臭い。
「基本の瞑想を行うと五感が鋭敏になり感覚が研ぎ澄まされる。これが第三の眼を開く前段階である。人の気配を感じたり、目には見えない存在を感知したりすることもある」
 そう説明されていたが、半信半疑だった。いや、僕には信じられない。物は試し、騙されたと思ってやっている。
 呼吸と真言を繰り返していると、なんだか額の真ん中がもぞもぞとくすぐったいような痒いような感じがしてきた。
「んっ!」
 突然背後に嫌な気配を感じた。突き刺さるような視線だ。なぜか悪意を感じる。
 すぐに目を開けて背後を振り返った。
 ベッドとその向こうの壁があるだけだ。体をひねってさらに部屋のあちこちを眺めてみる。視線の主がいるのではないかと思ったが、これといって変わった様子はない。
「気持ち悪い。やめよう」
 僕は瞑想を中断した。

「幽霊がいるってことか?」
 友人の健介が言った。疑いの表情だった。
 僕は三日続けて第三の眼開発法の瞑想を行ったのだが、二日目と三日目もやはり初めの日と同じく背中に嫌な視線を感じたのだった。
「幽霊かどうかはわからないけど、誰かが僕のことを見てるのは確かなんだよ」
「でも部屋にはお前以外誰もいないんだろ?」
「もちろん」
「じゃあ幽霊ってことになるな。変なことやってるから、寄って来たのかもしれない。それか、前からその部屋にいたのかもしれない」
 タージマ・ハルこと田島春男の著書については、僕が瞑想を実践したことも含めて、健介には説明してある。
「部屋に来て、確かめてもらえないかなあ」
 健介にはいわゆる霊感がある。部屋に幽霊がいるかどうか確認してもらいたかった。ただしその霊感は、若干わかる、という程度であるらしいが。
「俺が行ってもどれくらい役に立つか……」
「頼むよ。もし幽霊が部屋に居座っているようだったら、神社かお寺でお祓いをしてもらおうと思うんだ」
 幽霊と同居なんてごめんだ。引っ越すのは面倒なので、幽霊のほうに出て行ってもらうつもりだ。家賃を払っているのは僕なのだ。
「わかった。帰りに寄ってくよ」
 健介はそう言ってうなずいた。

 ワンルームアパートの二階の東側の角部屋、205号室を僕は借りている。
 これまでは何ということもなく快適に暮らしていたのだが、初めて背中に嫌な視線を感じて以来部屋にいるのが気味悪くなった。
 第三の眼開発法の瞑想をしていなければ、ずっと不可視の怪しい存在と一緒に暮らし続けていたはずだ。そう考えるとぞっとする。気づけたことは幸運だった。
 鍵を開け、ドアをひらく。
「どうだ?」
 健介に聞く。この時点でなんらかの気配を感じるかもしれない。
 玄関の外から部屋のなかをじっと見つめた後、健介は小さく首をひねった。
「わからないな。俺程度の霊感じゃ、幽霊の姿が見えるわけじゃない。嫌な感じというか、悪い気のようなものがなんとなくわかるくらいだからね」
 それでもかまわない。僕だって、瞑想中に背中に視線を感じただけだ。とにかく自分以外の確証がほしかった。
 扉を閉め、部屋に入る。
「ここなんだ」
 僕は視線の出どころであるベッド側の壁を示した。もし幽霊がいるとしたら、この壁際か、ベッドの上ということになる。毎晩自分が寝ているベッドの上にお化けがいるなんて耐えられない。
 健介は目を凝らしてベッドと壁を見つめ、何かの気配を探るように両腕を伸ばして手をかざした。腕を触覚のようにあちこちに動かしていく。
「わからないなあ。正直、何も感じない。霊的な波動がある場合、手の平に冷たい気を受けたり、酷い時は体がぞくぞくして寒くなってくるんだけど、そういったこともないようだ」
 確かに僕もこうして眺めている分には何も悪い感じは受けない。第三の眼開発法の瞑想をして神経を研ぎ澄まして初めて、悪意のこもった突き刺さる視線を感じるのだ。
「壁のなかなのか。それとも天井か」
 健介は部屋のなかを移動しながら、手の平を突き出して探っていく。なんだかどこに置いたのかわからなくなった物を探しているみたいだ。終いには床に顔を付けてベッドの下をのぞき込む始末だ。
「おいおい、幽霊がベッドの下に隠れてるとでもいうのか」
 冗談はさて置き、この部屋に幽霊はいないようだ。それはそれでもちろんほっと一安心だった。
「あっ!」
 這いつくばるようにしてベッドの下に顔を突っ込んでいる健介が声を上げた。
「どうした」
 まさか冗談ではなく、幽霊がベッドの下に横になって潜んでいたのか。そんなバカな。
「あれがそうなのか……」
 ベッドの下の隙間に顔を向けている健介が小さな声で言った。あれってなんだよ? 僕もしゃがみ込んだ。
「ほら、あそこ」
 健介が薄暗いベッドの下の奥を「見えるだろ」と指さす。
 そちらに目を向けると、なんだかもやもやとした白いものがあるのがわかった。
「うわあっ」
 思わず声を上げてしまった。気持ち悪いことこの上ない。
「わかるか。蜘蛛だ」
 それは健介の言う通り、巣を張った蜘蛛だった。それも、かなりデカい。
「あれは女郎蜘蛛だな。脚に黄色い部分があるだろ。子供の頃、林のなかで虫取りをしていてよく見かけた」
 健介が解説する。アパートの周囲には樹木が立っていて、植え込みもある。女郎蜘蛛がいてもおかしくはない。何かの具合でこの部屋に入ってきてしまったのだろう。
「こっちをじっと睨んでる気がしないか」
 健介が聞く。確かにそういった感じに見えなくもない。殺気立っている気がするのだ。
 つまり、僕は瞑想中にあの蜘蛛の視線を感じたということなのか。背後からの突き刺さるような視線を。
「でも蜘蛛の巣がある位置は、胡坐をかいて座った腰の辺りになるよ。どうして背中に視線を感じたんだろう」
 つじつまが合わない。些末なことでも疑ってしまうのは、幽霊がいる可能性をまだ否定し切れないからだ。
「そんなこと関係ない。背後からの気配を背中の辺りで感じたってことだろ。ケツに嫌な視線を感じたなんて聞いたことないし、背中の辺りに目に見えない気を感知するセンサーがあるのかもしれないぜ」
 なるほど。それこそなんらかのチャクラなのかもしれない。
 とにかくあの女郎蜘蛛とその巣をこのまま放置しておくことはできない。アパートの共用部分にある箒と塵取りを借りてきて、ベッドの下から掻き出した。実際やったのは健介だった。
「よっしゃ、外に出すぞ」
 殺すのは恨みを買いそうなのでやめにして、女郎蜘蛛を塵取りのなかに入れて部屋を出た。
 一階に下り、アパートの裏にまわって、藪の下草の上に女郎蜘蛛を放す。
「二度と部屋に入って来るんじゃないぞ」
 草の上でかさこそと動いている蜘蛛に向かって僕は声をかけた。
「これにて一件落着だな」
 健介が言う。だが、僕はうなずかなかった。
 本当にあの蜘蛛が視線の主だったのだろうか。半信半疑なのだ。
 そのことを言うと、健介はにっこりと笑って言った。
「だったら、もう一度、第三の眼開発法を試してみようじゃないか」

 健介が見守る中、僕は再びあの瞑想を試みた。体の位置はそれまでと同様に、ベッドを背にして座った。
「どうだ?」
 五分ほどして、たまりかねたのか健介が声をかけてきた。
 見てる。まだあの視線を背中にびりびりと感じる。なんて嘘を言って脅かそうかとも思ったが、
「なーんにも感じないよ」
 正直にそう告白した。
「今度こそ一件落着だな」
「そうだね。お手数かけました」
 僕は付き合ってくれた友人に頭を下げた。


 タージマ・ハルこと田島春男の『第三の眼開発法』は本当に効果があるのかもしれない。瞑想中に女郎蜘蛛の意思を感じることができたのだから。
 けれどもあれ以来、瞑想はおろか『第三の眼開発法』の本を開くことさえしていない。封印の意味も込めて本棚の隅に押し込んである。
 知らなくてよいことを知ってしまうのは恐ろしいことだ。そのことがわかっていて、尚且つ真実を受け止める強い心を今の僕は持っていない。凡人なのだ。
 いずれまた、あの本を開く時が来るのかもしれないが。


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