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嘉藤千代さん

好きなコトを好きなように、がモットー。 掌編、短編を主に執筆しています。 執筆ジャンルは不問。 Twitter:LOL_chiyo5

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多数決正論主義

17/05/11 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 嘉藤千代 閲覧数:602

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 西日が射し込む教室は酷く静かだった。
 向かい合わせにした席へと腰掛け、雅之は机を睨みつける。隣には母、向かい側には担任の教師が座っていた。
「本日はお忙しいところ、申し訳ありません」
 三人しか存在しない空間に声が反響する。
「いえ。ウチの雅之が、申し訳ありませんでした」
 母親は憂いた表情で教師に深々と頭を下げていた。決して自分は下げないと誓っていたのに、母に手を回されて顔を下へと向かされてしまう。それは酷く屈辱的だった。
 今日、雅之は初めて人を叩いた。悪意をもって叩いたのではない。図画工作の時間にクラスメイトの大輝が康平の絵をからかったのである。幼稚園の頃からの友だちを単純に助けたかった。
「なんだよ、この絵! 小六で描く絵じゃねぇよ。落書きかっつーの」
 周りの男子達も笑い転げていて、味方をする者は誰もいない。不器用ながらも努力を惜しまない彼を知っている分、それを否定する言動が許せなかった。
「大輝、取り消せ」
「あ?」
「康平が真面目に描いたんだ。下手って言うな」
「お前には関係ないじゃん。あっち行けよ」
 見下したような視線が刺さったが、構わず腕を掴む。
「なんだよ、放せよ!」
 腕を振り払われ、肩を押された。反省の色がみられない態度に雅之の頭にはカッカッと血が上っていく。
「取り消せ!」
 感情の制御が利かず、気づけば腕を振り上げて頬を叩いていた。大輝はしばらく呆然としていたが、みるみる顔を赤くし雅之の髪を鷲掴んできた。反撃で腕をつねれば、次第に攻撃はエスカレートしていく。
 教師が止めるまで乱闘は続き、最後には雅之も頬を殴られていた。後に湿布を貼られるまで腫れてしまうのだが、涙を見せることはプライドが許さなかった。
 対して、大輝といえば叩かれた頬がすごく痛いと泣き喚いていた。皆が大輝を庇い、雅之に白い目を向ける。
「違う、僕は悪くない」
 雅之の主張は一切誰にも受け入れられることはなかった。
「康平、なぁ、僕は悪くないだろ?」
 庇った人間にすら、目を逸らされてしまった。
 結果、暴力行為を行ったと緊急の呼び出しを受けて、この三者面談に至っている。
「人を傷つけるような行為はいけないと、お母さんからも雅之くんによくお伝えください」
「本当にご迷惑お掛けしました。よく言い聞かせます。相手のご家族にも、謝罪に伺いますので」
 顔を上げている時間の方が短いくらいに、母は頭を下げ続けていた。
 謝る必要などないと雅之は信じてやまなかった。彼は道徳の授業で習っている。人をいじめる行為は悪いことであると。
 教師からの指導が終わり、母とともに教室を後にする。校庭に出てみれば既に日は半分沈み、藍色の空と煌めく星々が見え始めていた。
「雅之」
「なに?」
 道すがら、名前を呼ばれて立ち止まる。見上げれば、腫れている側の頬を母に叩かれていた。じん、と痛みが増して熱くなる。
「お母さん、人を叩くような子に育てた覚えはないわ。今、叩かれて痛かったでしょう? 相手の子もそうだったはずよ」
「だって、康平が」
「口答えしない!」
 甲高い声に反論しようとした口を閉ざす。
「大輝くんって、PTA会長の息子さんなのよ? そんな子を叩くなんて。何があったかは知らないけれど、人を叩いちゃダメって授業で習わなかったの?」
「習ったよ! でも」
「でも、じゃないわ! こんなんじゃ、友だちなんていなくなるからね。絶対にしちゃダメ。いいわね」
 雅之に頷く以外の選択肢はなかった。
 翌日、学校に行くと大輝がにやついた笑みを浮かべていた。昨日のことを謝れと言われていたが、どうしてもそんな気分にはなれない。一旦落ち着こうと机へ向かえば、暴言の数々が削るように鉛筆で書き込まれていた。
『バカ、きえろ、サイテー』
 ハッとして顔を上げれば、誰とも目が合わない。大輝はもちろん、康平ともだ。
 雅之は気づく。大輝から、いや、クラスの大多数から『ヒーロー気取りの嫌なヤツ』だと思われてしまったことを。そして、多数決で決定されたことが絶対に『正しい』ことなのだと。
 学校を休みたくとも、母すら身から出た錆だと泣き言を聞いてはくれなかった。
 一生この絶望が続くのかと打ちひしがれていた雅之であったが、卒業という節目により自体は好転する。中学校に進学したおかげで他の小学校の生徒が合流し、嫌がらせが有耶無耶になったのだ。無事に友だちが出来て部活動も楽しく、地獄だった日々が嘘のようであった。
 充実した生活の中で、彼は見かける。周りの人間に無視をされる大輝の姿を。どうやら新しいクラスで『態度がデカイ嫌なヤツ』と多数決を受けたらしい。懇願の目を向けてくる大輝から目を逸らす。
 正しいこととは何なのだろうか? 雅之はもう学んだ。正しきは、多数決に従うことである。

【了】


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