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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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父さんの休日

17/05/10 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1357

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 遠洋漁業が仕事の父さんは、いったん海にのりだすと、ときには3年間、家を空けることがあった。家には母さんとあたしと、春から小学校に通う妹の真由がいた。
 帰るとほぼ一週間、家族と過ごす父さんだったけど、物心ついたころはすでに家にはいなかった父さんのことが、むりもないが真由には誰かわからないらしかった。前回のときをおもいだすと、抱きあげて頬ずりしようとする父に、泣いていやがる真由の姿がおもいだされた。結局、真由は一度もなつくことなく、父さんはふたたび遠洋航海にでかけていくことになった。
 あとであたしと母さんがいくら口を酸っぱくして、あのひとは真由のお父さんなのよといいきかせても、彼女はいつまでも怪訝そうに二人をみくらべるだけだった。
 その真由も、今年七歳になった。もうあたしや母さんが噛んで含めたようにいわなくても、なんとなく父さんのことがわかってきはじめたようだ。
 ここは肝心なところだからと、母さんはあたしに、もうじぶんたちは口をはさまずに、真由がじぶんで父さんをみとめるようにもっていこうといいだした。あたしもそれには賛成だった。周囲からいいふくめられてじゃなく、真由が自分から父さんをうけいれるようになるのが一番だった。父さんだって、そのほうがいいにきまっている。
 それで母さんとあたしは、今度父さんが帰宅したら、父さんと真由のあいだに、なるべくわってはいらないようにしようねと誓い合った。
 その父さんが、水曜の昼に家にかえってきた。いつものように逞しく日焼けして、厳しい仕事に従事してきたことがそのがっちりした体格にあらわれていた。
「元気だったか」
 もともと寡黙な父さんは、ほんとはもっといいたいところを、この一言だけであたしたちの待つ玄関にたちはだかった。
 あたしと母さんはこの瞬間、たまりにたまった父さんへの思いをこのときとばかり、言葉で、ふるまいで、あますことなく表現した。あたしなんかそれこそ、父さんに力任せにしがみつき、ちぎれんばかりに腕をひっぱり、無精ひげが痛いのも構わず頬をすりあわせた。母さんもまた、子供のてまえ、行動にこそ移さなかったものの、その目に、その表情に、いつもはみせない熱い情熱をたぎらせているのがわかった。
 あたしたち二人は、真由のことをすっかり忘れていることに気がついた。
 真由は、イスに腰かけて、所在なげに足をぶらぶらさせていた。
 いいたいことがあっても、素直に口に出せない妹をみていると、父さんの性格をもっともつよく引き継いでいるのはまちがいなく彼女だとわかった。あたしは横にすわって、ほら、いって、ほら、いってと、彼女の肩を手で押すようになんどもつっついた。
 真由も、「父さん」と、大きな声でいいたいのだ。いちどいってしまえばあとは、さっきのあたしのように、好きなだけあまえることができる。親子なんだから。
 真由がその思い詰めた顔を、テーブルの向こうの父さんにむけたのは、いちどや二度ではなかった。そのたびに口が開きかけては、あと一歩というところでふたたびとじてしまうのをあたしはそばから、じれったい気持ちでながめていた。
 父さんは父さんで、そんな真由を、みるともなくみては、彼女に両腕をひろげてみせるでもなく、無骨そうに煙草をとりだしては、くわえたもののいつまでも火をつけるのを忘れている始末だった。
 真由はこれまで、めったに家にいない父さんのことを、知らないよそのおじさんだと思いこんでいたことが、いまも心に糸をひいているのにちがいなかった。その原因がながいあいだ離れていたことにあるなら、やっぱりながい時間をかけてそのみぞを埋めていくべきかもしれないと思ったあたしは、あとはあまり気をもむことなく、自然にまかせようと思うようになった。
 父は六日後に、次の仕事に旅立っていった。短い休日だった。真由は、あたしと母さんの間から、立ち去ってゆく父さんに、ぎこちない笑顔をうかべて手をふった。
 父さんの乗った遠洋漁業の船が、メキシコ近海で座礁し沈没したニュースがテレビに流れたのは、それから二十日後のことだった。
 あたしたち家族は、テレビ画面のまえにくぎづけになって、予想以上にはやく沈没したため、多くの乗組員が犠牲になったことを知らされた。翌日のテレビに、判明可能な犠牲者の顔写真がうつしだされた。そのなかにあたしは、証明書用写真らしきやや不鮮明な父の顔をみとめた。
「あ、これ………」
 テレビを指さす妹に、なぜかあたしはいった。
「ちがう。この人は、父さんじゃない。真由とは関係ないひとよ」
 真由はもういちど、画面の写真に目をやった。しばらく、それをながめていた彼女は、ふたたびあたしの顔をみたが、もうなにもいおうとはしなかった。
 あたしにはこのとき、妹が急に何歳も年をとったようにみえた。


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このストーリーに関するコメント

17/05/11 まー

漁業が盛んなところではよくあることでしょうね。
“ぎこちない笑顔をうかべて手をふった”がせめてもの救いです。

17/05/11 W・アーム・スープレックス

百万語を費やすより、物言わぬ瞬間のほうが、いっそう心が表れる場合がありますが、この作品でそのような場面を描ければと思いました。

17/06/12 待井小雨

拝読させていただきました。
きっと次こそ不器用な父親と妹との交流は確かなものになると思いながら読み進めていっただけに、ラストの辛さが胸に響きました。
「この人は父さんじゃない」と言った主人公の優しさも切なかったです。

17/06/13 W・アーム・スープレックス

待井小雨さん、はじめまして。
この作品が読み手の方にどのように響くかを、教えていただいたような気がします。いろんな受け止め方があるでしょうが、こちらの胸にも響いてくるようなコメントを、ありがとうございました。

17/06/26 光石七

拝読しました。
父さんも真由も不器用で、似た者親子で。次の休暇には親子の触れ合いができるといいな、距離が縮まっていくといいなとじれったくもほのぼのしていたら、予想外のラストに胸が締めつけられました。
心の中では父さんをちゃんと認識していた真由、咄嗟に嘘が口から出た主人公、沈黙。切ないですね……
家族と過ごす時間は当たり前のようで実はかけがえのない奇跡の時間なのだと痛感させられます。
素晴らしい作品でした!

17/06/26 W・アーム・スープレックス

光石さん、こんばんは。
すべておっしゃっていただいて、あとは余計なことばかりになりそうで、久しぶりに座右の銘をもちだして、ぶっきらぼうをきめこもうかと思いましたが、「当たり前のようでじつはかけがいのない時間」というものを、案外じぶんも気がついてないことに気づかされました。―――いまこの瞬間も、まさにそうなのでしょうね。

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