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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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グレーテルの薬

17/05/08 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:2件 冬垣ひなた 閲覧数:542

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 私たちは小さい頃から正反対だった。
 入っていた劇団で催された『ヘンゼルとグレーテル』、ヒロインのグレーテルは可愛くて人気者の愛砂香(あさか)。地味な私なんて、目印に落としたパンを食べる小鳥の役だ。
 好き、嫌い、好き、嫌い……。
 不用品の小道具の花を千切って、彼女を花占いで試したのは内緒。
 愛砂香は空気を読まずよく大人に叱られもしたけれど、めげる所のない、強気で真っ直ぐな2つ下の従妹を、私は結局嫌いになれなかった。


「付き合ってくれて助かっちゃった」
 用事を終えた私と愛砂香は、老舗ホテルの英国風ティールームで、柔らかなソファーに身を預けて寛いだ。
 一週間後、愛砂香は花嫁になる。今日は最後の打ち合わせで、私にチェックしてもらわないと気が済まないという愛砂香の我が儘に負けて、式場のホテルにまで足を運んだ。22歳で人妻になる彼女に、まだ恋人もない私は何だか頭が上がらない。
「帰り、遅くなっていいの?」
「彼、今日友達と飲み会なんだって。独身最後の思い出作りって大事よね」
 運ばれてきたティーポットから、色づいた紅茶が白磁のカップに注がれる。春摘みダージリンの豊かな香りと味は、私たちを異国に誘うようだ。
 そして愛砂香の前には苺のショートケーキ。二層のスポンジにクリームと苺を挟み、上にはゼリーで艶を出した苺を乗せた、贅沢な春の女王だ。愛砂香は私のケーキの到着を待たず「いただきます!」とフォークを苺に突き刺した。
 変わってないんだ……好きなものは一番先に食べる癖。
 好きだから劇団に入って、そのまま役者になって、好きな人に会ったらすぐに結婚しちゃうなんて。小鳥役さえ「才能ないよね」なんて言われた私とは全然違う。
 それを苦労もせず手に入れる才能があるって凄い事なのに……愛砂香の花占いにはきっと『好き』しかないんだ。


「お待たせしました」の声に我に返ると、目の前にモンブランが置かれた。
 螺旋状に巻き上げられた栗色のクリーム。山の頂には渋皮栗が乗り、粉雪のラフティースノーが雪山を表現した孤高の逸品。渋皮栗をよけてモンブランにフォークを降ろす私は、好きなものを一番最後に取っておく派だ。口の中で、栗の濃厚な味わいと軽い生クリーム、ほろほろと崩れる生地が混じり合う。
 小学生にして女優の夢を諦め。今は会社で営業成績に追われる日々。私のお財布事情ではこのケーキが最高級品。
 一度くらい、愛砂香みたいに輝いてみたい。
 自分の人生の主役になりたい。
 そんな気持ちからか、思わず羨望が口をついて出た。
「いいなぁ、愛砂香。誰からも愛されて我が道を進めて。私なんか背が高すぎて可愛い服もヒールのある靴も諦めたのに……」
 今ようやく気付いた。
 いつもいつも、ショーケースに並ぶケーキのように見比べられ、みんな愛砂香を選んでゆく。でも、こんなに我慢してようやく言えた『嫌い』は、きっと私自身の事だったんだと。


「諦めちゃ駄目よ!」
 愛砂香は驚くほど意志のこもった瞳で私を見据えた。
「昔ね、『ヘンゼルとグレーテル』の劇をやってた時、見てたんだ。優は壊れたお菓子の家のセットを一生懸命になおしてた」
 そんなこともあった。
 何かやらなきゃいられなかったから。
「あの時思ったんだ。『ああ、わたしが優の夢を食べちゃったんだ』って」
 愛砂香が私のティーカップに2杯目の紅茶を注ぐ。
「挫けたのは優のせいじゃない。優には一番素敵な席で夢を見る権利があるの。人様の夢を食べ続けて役者の道を選んだ強欲なわたしが、夢を見せる義務があるようにね」
 美しい柔らかな声が耳を通り、私はうなだれた。
「疲れた、もう駄目」が口癖の私と違い、愛砂香は弱音を吐かない。それが彼女の気性だと思っていた。
 こんなに頑なに夢を決意させ覚悟を抱かせるほど見つめられている事にも、私は気付かずにいた。
 私の好きな、私を好きなグレーテル。
 最後に残るのはいつだって『好き』なのに。
 鈍感な私を咎めることもなく、愛砂香はケーキを完食した。
「優はね、結婚式には一番可愛い服と靴で来ないと。ブーケトスが出来ないんだから」
 私は照れ臭さを隠しながら、最後の渋皮栗の一粒を口にした。
 洋酒の香る大人の味がふわっと広がる。


「あとね、胃薬も忘れないでね」
 何故?と首を傾げる私に愛砂香は言う。
「ウェディングケーキなんて滅多に食べられないし」
 心ゆくまで二人で食べようよ、と愛砂香が真剣な面持ちで言うので私は笑みが零れた。
 戻る道のない業の深い少女が、幸福の階段を駆けあがってゆく。私は彼女の人生において立派に役目を果たしたのだ。
 心からおめでとう。これからは愛した男を、嵐のような激しさで離しはしないだろう。
 グレーテルの薬を携えて、私たちは人生最高の夢を分かち合おう。  


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このストーリーに関するコメント

17/06/20 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

グレーテルの薬って、そういうことだったのですね♪
ナイフカットの部分だけホントのケーキで、他ははりぼてというウエディングケーキもありますが、
ちゃんと全部食べられるケーキのほうが絶対にいいですよね!

パンをついばむ小鳥の役って、なんだかカワイイ。

17/07/06 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございました。

男性の「祝いだ、焼肉食い放題にいくぞ!」みたいな話を、スイーツで女子流にしてみました。ウェディングケーキは骨組み入ってないと重みで潰れます、でも全部食べられる2段重ねは憧れですね!
可愛いと言って頂けて嬉しいです。私の書く日常的な話は、主人公が周囲に振り回されるタイプが好みなのかもしれません(汗)

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