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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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シュガーハウス

17/05/08 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:1094

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 甘い匂いが部屋の隅々まで満ちている、そう、ここはシュガーハウス。
 壁のクリームをこっそり人差し指ですくい、舐めてみる。甘い。脳のシナプスが溶けそうなくらい甘ったるい。
「ピピー」
 首から下げたけ笛をけたたましく鳴らして、さとうべや子が現れた。不思議の国のアリスみたいな可愛い服と、牛乳瓶みたいな分厚いレンズの入った黒縁眼鏡が、実にミスマッチだが、個性というものはミスマッチから産まれるものかもしれない。
「あんた、今、舐めたわね」
 先ほどの私の行為をとがめた。いいじゃないか、ひとくちくらい。どこで見ていたのか、抜け目のない管理人だ。
「いいえ」
 この世で、嘘をつくことが出来るのは人間だけだと誰かが言っていたから、この嘘は私がまだ人間だという証明になりますよね、神様。私はそれで舌を引っこ抜かれないことも経験上知っている。
「ふん、あたいの眼鏡を舐めてもらっちゃ困るわね。5.0レンズの特注品、べっこう飴製よ。マサイ族にも負けない視力ですことよ」
「いえ、べや子さんの眼鏡は舐めてません」
 べや子さんが私の手首をつかんで高々と上げた。
 私は生クリームの名残と唾液のついた人差し指を、天に向かって突き上げるという大それた格好になった。
「これが証」
「ごめんなさいっ」
 これが証拠です。嘘がばれたら、食い気味に、早急に謝ってしまうのが、一番いい。
「ちっ、しょうがないわね、許してやるよ。で、あんた、働き蟻の新人さん?」
 はい、私は働き蟻の新人さんです。
 会社が倒産し、失業手当で一年遊んでいたけれど、そろそろ働かなくてはと思い、ハローワークで働き蟻の求人に応募したのです。寮完備。まかない付き。なんのとりえもない、資格もない、永久就職の当てもない、もう若くもない女の再就職先としては、案外悪くないのではないかと思ったのです。
 面接で聞かれたことは、「甘いものは好きか」と「体力には自信があるか」だけでした。幸いなことにどちらもイエスです。
 まあ、蟻になるということに多少の抵抗はあったものの、退職すればまた人間に戻れると聞いて安心しました。
 四十才を過ぎて、結婚という甘い夢も見なくなりました。というか、結婚が甘い生活などというのは錯覚だということが分かってしまったのです。したことはないので断言は出来ませんが、友達の話からすると甘いのは新婚三か月くらいまでという気がします。

「あたいの場合は一週間くらいだったかね、純粋に甘い新婚生活ってやつは。知ってるか? 甘さを引き立たせるための隠し味って。例えば、汁粉に塩を入れるとかの技。一週間も過ぎると、その隠し味の方が多くなり、結果、ただ塩辛いだけになる」
「べや子さん、結婚されてたんですか?」
「まあね、遠い昔の話さ」
 ふと、べや子さんに軽い嫉妬の感情が沸き起こる。私も言ってみたかった、遠い昔の話さ、とか、隠し味とか、なんとか。どんな経験でも、無経験よりマシだ。
 嫉妬が人間だけに許された感情なら、私はまだ人間ですか? 

 べや子さんは、先ほど私が指でかすめとっていびつになってしまった壁を、ヘラできれいに修復している。
 生クリームの白い壁は薔薇の彫刻が施され、ところどころに淡い色の砂糖菓子の小鳥が埋め込まれている。
 天井から吊るされたシャンデリアはクリスタルボンボン。きらきら光って宝石のよう。
 窓枠はチョコレート。色とりどりのマカロンのクッション。綿菓子の床は、ふっかふかして、まるで雲の上を歩いている心地がする。
 そしてどこもかしもの甘いのだ。こんな素敵な家が、これから私が住む寮だなんて、なんて素敵なのでしょう! 
 なんだかもうお腹いっぱい。甘い匂いだけで食欲が満たされてしまったみたい。食べなくていいなんて、めんどうがなくていい。明日から思う存分働いてやろうじゃないの。
 私はマシュマロの枕に顔を埋めた。笑顔をが止まらない。笑いながら寝るなんて、小学校の遠足前夜以来かもしれない。結局翌日は雨で、遠足は中止になったのだったが。

 その晩、大雨が降って、シュガーハウスはみんな溶けてしまう、そんなことは思いもしないで、甘い眠りの中で交感神経を心ゆくまで弛緩させていた。
 
 ああ、神様、私は雨女なのでしょうか。


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このストーリーに関するコメント

17/05/09 まー

人生経験豊富なべや子さんのキャラが立ってますね(笑)。服装に黒縁眼鏡のコントラストを想像したとき思わず笑ってしまいました。
お菓子の家は誰もが一度は夢見ることなんでしょうけど、蟻に転生した気分で楽しかったです。

17/06/20 そらの珊瑚

まーさん、コメントありがとうございました。
べや子とネーミングしたら、するするとキャラが自然にやってきました。
笑っていただけて嬉しいです。
お菓子の家、今でも夢想します(笑)

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