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田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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タバコの煙(高橋君への手紙)

17/05/07 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:842

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親愛なる高橋君

 お久しぶりです。お元気ですか。
私の方は昨年と同様山小屋での仕事が始まり、毎日そばを茹でたり定食を作ったり、お泊まりのお客様の天ぷらを揚げたりしております。春のピークである地獄のゴールデンウィークがまさに終わろうとしている最中、いつものことながらいささかうんざりする出来事があり、ペンをとった次第です。

 昨夜仕事が終わりまったり過ごしておりましたところ、貴君もご存知のTさんが、いつものように「タバコは体に悪い」と説教をたれ始めました。体に悪いことぐらいタバコ吸いは百も承知であり、何度も何度もしつこく言わなくてよろしいと思うのであります。私は彼に対しては一言も二言も申し上げたいことがありますが、タバコ批判もその1つです。
 何を言っても皆言うことを聞かない。と言うのも、そこにいた5人のうち喫煙者が4人、喫煙しないのはTさんだけですから太刀打ちできるはずがありません。喫煙天国です。そこにわざわざ相席するのですから、説教も虚しくケムに巻かれるというわけです。
 彼は最後に私に向かって、「あなたの煙が私のところに流れてきて、否応無しに吸い込んでしまう。おそらく半分ぐらいは私が吸い込んでいるだろう」と言いました。私も反撃に出まして、「私はこの煙のために高いお金を払っているのだ。だから、半分吸い込んだなら、半額負担してくれ」と申しました。すると彼は、「厚労省にチクってやる!」と笑いながら捨て台詞を吐いたのでした。

 タバコを吸わない貴君にTさんのタバコ批判について書いたのには理由があります。Tさんと私はそれなりに楽しい関係なので、決して悪口を言うつもりはなく、ただ、彼はごく一般的な常識をわきまえた人であることを申し上げたいのです。彼は優良社会人であり、人並みに権威主義者でもあります。Tさんは大抵の人に好かれる良き市民の代表格です。そして、良き市民が世の中を窮屈にしているという話をしたかったのです。
 この世の中は窮屈です。何かと和やかに「イエス」ということが人格者とされ、一生懸命に必死で生きることが善であり、長いものには巻かれっぱなしのオブラートに包まれた権威主義が世にはばかっていると感じるのは変でしょうか。私にとってこの社会は生きにくいことこの上なく、このまま窒息しそうな恐怖を感じずにはいられません。そして多数派が世の正義を決めてしまっている現実には強い懸念を抱いております。

 そもそも正義というものは、小市民的な価値観から生まれるものではないはずです。世のため人のためという、独善的で偽善的な行いでもないはずです。しかしながら多くの人の正義感はその域を出ないのではないでしょうか。
 それでは何が正義なの?と貴君は聞くでしょう。いえ、きっと聞くはずです。いつもそのパターンですからね。自分の意見を述べる前に、私の意見を聞きたがります。貴君より倍ほども年を重ねている私ですから、答えてあげましょう。正義とは正しい行いのことです。そして何が正しいかは心が知っています。その上、常にお天道様(おてんとさま)が見ているのです。
 またまたおかしなことを言い出した…と思ったことでしょう。私が小さかった頃、そうですね、かれこれ半世紀前になりましょうか。お天道様はいつもいたのです。誰の頭の上にもお天道様がいて、「影でコソコソずるいことをしてもお天道様は見ているからね。必ずしっぺ返しがくるからね」と言われて育ったものです。見えないプレッシャーを感じつつも、公明正大であることに胸を張っていられました。
 もちろんどの時代にも闇は存在し、ずるい心、悪い心、ひねくれた心は潜んでいて、大小多くの事件を引き起こしてきました。ただ、昨今の傾向として、悪いことと自覚しないで大変な事件を起こすという人が増えているような気がして、大変憂えています。貴君はいかがお考えでしょうか。

 さて、観察眼のある高橋君ですから、冒頭に書いた権威主義はどうした?とお考えでしょう。私が思いますには、権威主義、つまり権力あるものに対する従順さや憧れは、人の目を曇らせます。本当に大切なものを見失う危険性をはらんでいます。力あるものに流されるということは、自由で伸びやかな空気を阻害します。お天道様に聞くことなく、自分の心に聞くことなく、人は幸せになれるのでしょうか。そんなことを思った次第です。

 とはいえ、タバコは良くないことは承知しています。私とて、分煙ルールは守りますし、子供の前では決して吸いません。ただし、4対1でスモーカーが多勢をしめる場合には、遠慮なく吸ってしまいます。「それこそ力関係で善悪を判断しているではないか」という貴君の声が聞こえそうなので、今日のお手紙はこの辺にしておきます。
 そちらの近況などもまたお知らせください。

山小屋の還暦女より


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