1. トップページ
  2. 夕焼けの坂道

笹山ナオさん

twitter→ asterism0_toki ブログ『徒然なるままにインドア暮らし』はこちら→http://mihonono.blog.fc2.com/ 自作小説の話以外にも、ゲームの話や雑記も載せています。 SF(サイエンス・ファンタジー)やSF(すこしふしぎ)なんかを書いています。

性別
将来の夢 猫になること
座右の銘 日替わり

投稿済みの作品

0

夕焼けの坂道

17/05/03 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 笹山ナオ 閲覧数:769

この作品を評価する

 私は買い物のためにアパートを出た。
 昼は蒸して暑い日だったが、太陽が住宅街のずっと向こうに落ちはじめ、大きくてどっしりと構えた入道雲がその図体を朱色に染める頃になると、少し冷たい風が籠った熱を追い払い、坂道の多い住宅街は時の避暑地となった。原風景と言うと大げさだが、とにかく郷愁を誘うような、昔懐かしいような、少し青春の香りのする風景だった。
 アパート前は急な坂になっていて、スーパーへはそれを下っていく。
 スーパーまで歩く途中、私はいつも小さい公園の前を通る。そしていつもその公園には誰もいないのであったが、今日は違った。公園の端にある一つしかないベンチに二つの人影があった。最初は青春真っ只中の高校生の男女がちちく――いや、ひと時の逢瀬を楽しんでいるのだろうかと思っていたが、どうやら違うらしい。よく見れば、それは幼い女の子が一人と、おじいさんが一人、並んで座っていたのであった。

 公園の前を通り過ぎてからも、私はあの二人の影法師が頭から離れなかった。夕焼けの公園で並んで座る老人と子ども。私は少し前から感じていた胸が詰まるような郷愁の想いを強めた。最近なんにでも感動しがちで困る。精神的に危ういことが自分でもわかる。
 多忙により帰郷が叶わない侘しさを拭うために、私はあの二人の境遇を考えてみた。私はこうして道ですれ違う知らない人の人生や境遇を考えることがよくあった。我ながら悪趣味だとも思う。

 一つ目の想像はこうだ。老人と少女は家族。二世帯住宅か、あるいは家が近く、少女は母親に「おじいさんの散歩について行ってあげなさい」とでも言われ、半分嫌々に、半分お小遣い欲しさに、おじいさんのそぞろ歩きに付き合っている。おじいさんは孫娘がそうした魂胆で隣を歩いているとは知らず、もっと遊んであげようと公園によっては見たが、いかんせん歳のせいで子供遊ぶほど体力はない。それで結局二人して、ベンチに座り、おじいさんはお話で孫娘を面白がらせようとし、一方孫娘は嫌々ながらそれを聞いているふりをする。
 いや、これはあまりに寂しくてやるせない、と私は特売のもやしを手に取りながら考えた。

 じゃあ二つ目の想像。老人と少女はただの顔見知り。少女は少女で、老人は老人で思い思いに公園で夏の夕暮れを過ごしていた。遊び疲れた少女はベンチに座ろうと思ったが、それは一つしかなく、しかもすでに老人が座っている。でもまあ疲れたし休みたい、そう少女は諦めながら、ベンチに座り、老人とも少し話を交わし、二人の間には彼らにもよくわからない時間が流れていたのである。
 いやいや、それはあまりに平凡、と私は飲むヨーグルトの値段を見比べながら考えた。

 結局これだと思うものが浮かばないまま、私は帰り路を歩いた。今度は坂道を上る。再び公園の前を通り過ぎる頃、二人の人影がその公園を出てきた。果たしてあの老人と少女であった。二人は私の前を歩きながら話していた。
「ここ真っすぐ?」と少女。
「そう」と老人。
「……わかった」と少し不機嫌そうな少女。
 老人はそんな少女の顔を目にして、微笑みながら、すこし声を張るようにして言った。
「でももう大丈夫。お家に帰んな」
 そう聞くと少女は、安心したように老人に向かって頷いた。そして、さも重そうにスーパーの袋を老人に手渡した。
「ありがとう」と老人が言うと、
「どういたしまして」と少女がぎごちなく答えた。そうして少女はくるりと向きを変え、私とすれ違って走り去っていった。

 なんてことはない。つまり老人の荷物を少女が持ってあげていたというだけのことだった。けれど、たったそれだけのことが私には衝撃だった。それだけのことも、私は思いつかなかったのだ。
 あの少女は心の底から助けてやろうという気持ちではなかったかもしれない。さっきの不機嫌そうな声色は、内心早く家に着かないかとも思っていたからかもしれない。それでも少女は「わかった」と答えたのだ。全く善意のみで助けているなら、いつでもやめられたはずなのに。
 そしてその幼い善意は決して少女だけのものではないはずだった。かつて私だって持っていた、憐憫や同情や、見返りの期待なんかが織り交ぜられた中から生まれた正義。小さな純真の正義。正義が決して正義のみで成り立っていないことは自明だが、だからといってそれをないがしろにする理由にもならなかった。少女は少なくとも、あの老人の助けにはなったのだから。
 私は一人で歩く老人の背中を見ながら、少し童心に帰ってみようかとふと思った。子ども心に正義を振りかざしてみようかと少し悪戯っぽく思った。そして私は老人に声をかけた。
「お荷物、お持ちしましょうか?」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン

ピックアップ作品