リアルコバさん

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女神

12/11/19 コンテスト(テーマ):第十八回 時空モノガタリ文学賞【 コーヒー 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:1774

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銀杏並樹が歩道まで黄色く染めた絵画館通りを肩を並べて歩いている。 ポケットには小さくはあるが縦爪のダイヤの指輪の箱が寒さなど吹き飛ばしていた。 この女性と付き合い出してから何をしてもツイている。 そしてその女神と結婚するつもりで足取り軽く枯葉を踏んでいた。

「なぁ」と言ったつもりが「ねぇ」に圧されてしまって聞き役に回った。
美しい笑顔の知的な唇から発せられたのはいつものように理路整然とした美しい声であった。
「えっ」いつものように見惚れ聞き惚れていてふと我に返った時、彼女の白魚の様な指がひらひらと振られ俺の元を離れていった。
「お別れしましょ」そんな言葉でさえ身を痺れさせた彼女は、やはり女神だったのだろう。それ以来完全にツキに見放されていた。

「逢えたんだよ・・・嘘みたい・・・神だね・・・らしいよ」あるチェーン店で香りすら無い安い珈琲を飲んでいると、臨席の会話が途切れ途切れに聴こえてきた。余りにも暇だと他人の会話を聞くことしか楽しみなど無いようだ。
暫くして同じような珈琲ショップで「幻の・・・美味い・・・中央線・・・」同じように決してうだつの上がらぬサラリーマン同士の会話である。
この時ばかりでなく 独りで居るとラーメン屋でも立飲み屋でも、同じような会話を聞くようになったのだ。

整理してみると天使だか悪魔だか、兎に角神様系の煎れる珈琲を飲むと凄い経験ができる。そんな店が中央線の何処かに在るらしい。
女神に棄てられて傷心から立ち直れていないと信じていた俺には、天使でも悪魔でも縋ってみたい気持ちになった。
以来中央線純喫茶巡りが趣味の様になっている。



純喫茶、今では有形文化財並みに珍しい。何を以て純喫茶なのかは知らないが、それでもここは純喫茶であろうとひと目で判る。 
中央線の各駅に足げく通ってみたが、それらしい神の店は無かった。 
その間モカだのキリマンジャロだの豆ごとの風味がわかるようになり、モカの酸味にクリームを合わせたモカウインナーがいたく気に入っている。国分寺立川八王子に行った頃は、店ごとに違うモカウインナーの味まで記憶できるようになった


いつの間にかまた秋がきた。純喫茶巡りは半ばライフワークとなり、お気に入りの珈琲を出す店に自ずと通うようになってきている。
その中の一つが阿佐ヶ谷のこの店だ。蔦が全体を覆った古い住宅の一部を改装した喫茶店がある。重厚な木製の扉を引くと、小さな店に似つかわしくない大きなスピーカーから古いジャズが流れている。5席のカウンターと二人がけの小さなテーブル、これが店内の風景だが、埋め尽くす珈琲の香りとジャズの音が一層密度を濃くしている。

「モカウインナーで」「かしこまりました」
小難しい顔をしたカウンターの客を避けて初めてテーブル席に座った。既に何度も来ているのだからもう少しお愛想があってもと思うほどマスターの表情は変わらない。しかし出されるモカウインナーの味も全く変わらず、酸味と苦味とクリームの甘味が絶妙にブレンドされている。
正直この飲み物こそ至福に思われ、神の店探しなど忘れかけているこの頃だ。

「ありがとうございました」
誰に言うわけでもない声が、濃密な空気を揺らして店を出るカウンター客を追いかけている。陽はどっぷりと暮れた。カップの底に残る泡を顔を上に向けて飲み干して前を見るとそこに・・・・、
「いらっしゃい」
老婆と呼ぶにはあまりにも美しい老女に見据えられていた。驚くよりも前に身が竦んだ。
「悲しみかい、苦しみもかね、虚脱逃避・・・」
呪文のように唱えられた言葉がジャズの音に同期する。その都度ノイズのようにガリガリと、そのくせ香り高い音が店にこだました。

「悲しみでございます こちらが苦しみでございます・・・」
いちいちミルで惹かれた珈琲豆をマスターが老女の手元に置いていく。 
「最後にお前は何を入れたい?」
「・・・」
ただ唖然として見ていると、ガリガリと豆の砕けていく音と酸味にも渋みにも似た香りが音の中を泳いだ。 
「女神の思い出でございます」
(ここが神の店・・・)サイフォンが置かれ老女がアルコールランプに火を点けた。 

サキソフォンのソロの中にコポコポと云う柔らかな水音が溶け、クライマックスを迎えるかのようにシュゥゥっと逆流・・・。いくつの感情がブレンドされたのだろうか・・・。そしてそれが琥珀色の液体となりサイフォンのグラスの中に戻るはず、だった。


カサカサと軽い足音が枯葉を踏み鳴らしていた。 
「なぁ」と同時に「ねぇ」という声が聞こえたが構わずに言った。 
「結婚してくれないか・・・」
色付いた銀杏並木の向こう側は琥珀色の夕暮れの空、だった。 


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