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田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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サツマイモ

17/04/29 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:668

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 パフィンマフィンの礼子さんが今日焼いたのは、焼き芋のマフィン。マフィンの型に生地を流し込み、真ん中に大きめにカットした焼き芋を差し込んで業務用オーブンで20分焼けばできあがり。他には定番のブルーベリーマフィン、人気のチョコマフィン、おかずを使ったひじきマフィンと切り干し大根マフィンを焼いた。
 礼子さんは1年前、自宅の片隅を改装して菓子製造業の許可をとり、商号を「パフィンマフィン」とした。平日は早起きしてマフィンやクッキーを焼き、午前中集落を回って移動販売し、その後地場産品の直売所に納品する。
 礼子さんの住む町は、限界集落であり、消滅可能都市だ。どちらの言葉も終末を連想させ、住むものの心に切なく風がふきすぎる。彼女は長らく街で暮らしていたが、一人暮らしの母親を放っておけず実家に帰って来た。そこで自宅の片隅を改装し…となるわけである。
 ドがつくほどの過疎地とはいえ、人は住んでいる。多くは一人暮らしの高齢者か高齢者の夫婦、買い物は1日に2度走る町営バスが頼りである。礼子さんが移動販売を始めた時にはとても喜ばれた。そしてリクエストも多かった。しかし精肉、鮮魚などは扱えないし、惣菜は菓子製造業では作れないなど、許認可の関係で応えることができない。その代わりスイーツ以外のおかずマフィンを作ったり、焼き菓子のリクエストに応えている。
 40代の礼子さんも、集落に住む高齢者から見れば若い。マフィンを知らなかったおばあさんたちが「お姉さん」「礼子さん」「マフィン屋さん」「お菓子屋さん」など思い思いの呼び方をし、パフィン(ツノメドリ)がマフィンをつつく絵が描かれたミニバンを楽しみに待つようになった。

 移動販売先は、曜日によって違う。今日は大場さんという一人暮らしのおばあさんが住む地区に行く。大場さんは先週、焼き芋をリクエストした。礼子さんは張り切っていた。マフィン生地の中に極上の鳴門金時がガッツリ入っている。おばあさんたちに好評だろうと想像しほくそ笑んだ。マフィンには何を入れても良いが、サツマイモは相性抜群。サイコロ型に切った生のサツマイモを混ぜ込んでもいいが、今日はあえて焼き芋を入れた。リクエストが焼き芋だったからだ。

 高齢の男性の中には、サツマイモは昔散々食べたから見たくもないと言う人が少なからずいる。戦争で食糧事情が悪かった時に、学校の運動場を耕してサツマイモを栽培したそうだ。小学校時代にそういう経験をした世代が80歳代になっている。多くの男性に言わせると、辛い時代を思い出させる食べ物の代表格がサツマイモだそうだ。一方同じ年代の女性は、辛い記憶より甘い記憶が蘇るらしい。戦後サツマイモも他作物と同様に品種改良され続け、今や糖度40を超える品種も珍しくないが、当時はそれほどではなかった上個体差も大きかった。それでも甘いものどころか食糧全体が不足していたので、サツマイモの甘さは貴重だっただろう。また干し芋にすることで、糖度が増し、栄養価が高まり、保存がきくなど、昔からの知恵には素晴らしいものがある。女性はそういう工夫が好きなのだ。

 焼き芋マフィンはよく売れた。大場さんの地区に行くまでに2ヶ所立ち寄るのだが、待ち構えていたおばあさんたちが、競って買っていったので、表に出していた分は売り切れてしまった。
 大場さんの地区の小さな寄り合い所の駐車場に車を止めると、すでに3人のおばあさんたちが待っていた。大場さんもいた。
「大場さん、焼き芋マフィンを作ってきましたよ」と声をかけた。
「表に出ているのは全部売れちゃったけど、ほらここにちゃんと取ってあるから」と、重ねてあったケースの一つを開けた。
「あれ〜〜!」中を見て驚いた礼子さんを見て、大場さんが怪訝な顔をした。
「なんてこと。いくつか取っておいたはずなのに、ないわ」
「売り切れちゃったの?」
「そうみたい…おかしいなあ」
「あら、残念。楽しみにしていたけど、仕方ないわね」
「代わりに今朝焼いた焼き芋が入っているのよ」と礼子さんが言うと、「え、焼き芋?」大場さんの顔が明るくなった。
「そう、焼き芋マフィンに焼き芋を入れたのよ。焼き芋がいくつか余ったんだけど、ここに入れて持ってきたとは」
「あら、私のリクエストは焼き芋だったのよ。それちょうだい」
 他のおばあさんたちも「私も焼き芋がいい」
 礼子さんは目を丸くして聞いた。
「リクエストは、焼き芋マフィンじゃなくて、焼き芋そのものだったのね」
大場さんは申し訳なさそうな顔をして「本当は焼き芋が食べたかったの。マフィンに入っていてもいいんだけど…」
 礼子さんは吹き出した。おばあさんたちにとって、飽きのこない最高のスイーツは焼き芋だったのだ。
「では、召し上がれ」礼子さんは笑って差し出した。


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