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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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正義印

17/04/27 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1451

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 彼女と二人、ホテルの一室に入りこみ、俺は深く息を吸い込みながらドアを閉ざした。
 彼女も、俺も、どちらも既婚者。これまで週刊誌やテレビの芸能ニュースでしかみたことのなかった、不倫の二文字が二人の上にべたりと貼りつけられた。
 彼女は、俺の勤める会社の、上司の妻だった。慰安旅行で顔をあわせ、旅館の宴会で隣同士になり、酒の上の気安さで、あることないこと喋るうち、なんてあなたとは気があうのかしら、なんだか昔からの知り合いのようだ、一度デートしませんか、カラオケいっしょに歌いませんか―――そのときはそれで終わったものの、ある日俺のスマホに彼女からメールが送られてきた。
「あのときのこと、あたし本気なのよ」
 そんなこんなで、最初は軽い気持で食事に誘い、のみにでかけ、そして今夜、はじめてホテルにやってきた。
 彼女のほうが積極的だった。これまでにしても、レストランからの帰り道、くらがりにまぎれて彼女がその身を俺におしつけてきて、柳にとびつく蛙のように、なんども唇を奪おうと躍起になった。そのたびに俺は、しいて顔をそむけ、女房を、そして上司を裏切るわけにはいかないと、心を鬼にして拒否してきた。
 しかし俺だって、男だ。彼女は大柄の美人。なんどもその身がふれあったりするうち、俺のなかにだんだんと熱いものがこみあげてくるのをさすがにどうすることもできなかった。
 彼女はまた、向こう見ずな性格でもあった。一度、俺の自宅に電話してきたことがあり、なにもしらない女房が出て、―――課長の奥さんから、あなたにだって。
 俺は、こわばった笑顔で受話器を耳におしつけた。
―――あ、はい。そうですか。わざわざご丁寧に、ありがとうございました。
「課長が風邪で、至急の仕事をどうしても俺に伝えておきたいっていうから」
 こちらのとっさの言い訳を、女房は、あ、そうなのと、いったきりそれ以上、なにもききかえすことはなかった。ただ、そのときチラと上目遣いに俺のほうをうかがったのは、なにか腑に落ちないときにきまって彼女がみせるそれがくせだった。
 上司の妻とはそれからも、なにかと口実をもうけてはあい続けた。なんどもあっていると、罪悪感はふしぎとうすれ、女房とちがって社交的で喋りも達者な彼女といると、楽しさのあまりつい時間のたつのを忘れた。日帰りで、顔見知りにはでくわさないような地域をえらんで旅にでかけたこともある。
 誓っていうが、きょうのきょうまで俺は、二人のあいだの一線だけは決してこえることはしなかった。彼女のほうは、それはもう、一線でも二線でも、何度も飛び越えそうになったが、そのつど俺は、女房の顔を思い浮かべて、かたくなに拒絶してきたのだった。
 そのように俺が、はねつければはねつけるほど、彼女はいっそう激しく燃え上がった。
「そんなに嫌なら、これっきりにしましょう」
 そんな殺し文句を吐かれると、こんどは俺がひしゃげる番だった。いくら拒否はしても、彼女は女としての魅力にあふれ、女房にはないきめ細やかな神経で、こちらの男心を巧みにそそりたてる術を心得ていた。
 もうどうにでもなれ。俺は目をつぶって断崖からとびこむつもりで、このホテルに彼女を誘った。
 二人きりになると、彼女はますます大胆になって、みるまに着ているものをぬぎすてた。俺もまた勢いのままに、上着をぬぎ、ズボンをおろした。
 壁に、等身大をうつす鏡がはりつけられていた。下着姿でその鏡のまえにたった俺の目に、ブリーフの縫い代上に『正義印』と書かれた商標がよみとれた。今朝がた、なぜか女房が、これをはいていけとうながした。まあたらしい白地のうえに、その商標は凛として俺の目にとびこんできた。
『正義』の二文字に目をとめたとたん、ふいに、今の自分たちが、無性に悪い人間に思えて来た。そう思うと、ベッドの上でまちうけている彼女がにわかに魔性のものにみえてきて、もはや足は一歩も前にすすまなかった。
「なにしてるの」
「やっぱりやめよう、こんなこと」
「いまになって、なによ」
「いいから、服をきるんだ」
 俺は彼女の衣服をベッドにむかって放り投げた。
「馬鹿にしないでちょうだい」
 怒りだした彼女を尻目に、俺はさっさと服を着けはじめた。スボンをあげるときもういちど、『正義』の文字に目をとめ、心のなかで女房に感謝した。

『正義印』の下着は、大人の下着としては発売直後から空前の売れ行きを示したという。主に我が家のように、浮気封じに 妻が夫に着させるらしく、これまた俺のように、意外に効果があるともちきりだった。
 最近は、『極悪印』の下着も売られだした模様で、それはいったい男女どちらが身につけるのか、またどんな効果があるかもわからなかったが、その商標からくるイメージを考えると、ちょっぴりはいてみたい誘惑にかられる俺だった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/28 まー

正義印、浮気防止に効果的かもしれませんね。
トランクスではなくブリーフというところに商品の本気度がある気がします(笑)。

17/04/29 W・アーム・スープレックス

それが目につくころには、ある意味瀬戸際なんですが、まあ一種の、水戸のご老侯の印籠みたいなものかもしれません。

17/06/07 光石七

拝読しました。
奥さんの見事な読みと機転、効果的な浮気防止対策ですね。そのうち実際に商品化されるのでは……と思ってしまいました。
『極悪印』も気になります(笑)
面白かったです!

17/06/10 W・アーム・スープレックス

健康法に赤い下着をはく人が(事実、販売されていますが)いるぐらいですから、浮気封じに『正義印』の下着があってもという発想から、この作品が生まれました。気持の問題かもしれませんが、信じる人には、ご利益もついてくるのではないでしょうか。

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