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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。
性別 | 女性 |
---|---|
将来の夢 | 童話作家。 |
座右の銘 | たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ) |
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このストーリーに関するコメント
17/04/26 まー
子どもって面白いことを真面目に言うから微笑ましいですよね。
アリアとウォルターのやり取りに癒されました。ウォルターは将来なかなかの大物になると思います(笑)。
17/04/27 ちほ
まー様
読んでいただき、ありがとうございます。
ウォルターのお話(リンブルグシリーズと呼んでいます)は、読んでくださる方の心を癒すために続けて書いています。
今回のまー様のお言葉は、私にとって最高のお言葉なんです!(あぁ、私の想いは届いたなぁ)って。ありがとうございました。
私も、アリアとウォルターに癒されながら書いています。
ウォルターは、このままステキな方向で成長していってほしいと祈るばかりです。
まー様、嬉しいコメントをありがとうございました。
17/04/28 クナリ
二人をはじめとした登場人物がとても生き生きとしていて、優しい世界観を感じる作品でした!
自然な優しさに意味を感じる雰囲気が、素敵です。
17/04/29 ちほ
クナリ様
コメントありがとうございます。
脇役のキャラクターも大切に書かなくては、と改めて思い、長編を書く時と同じ気分で書いてみています。
それが「とても生き生きしている」理由かもしれません。
「優しさ」を柱にした作品を書くことにしています。
読んでくださる方の心が癒されるよう願って。
クナリ様、鋭いところに気づいて下さり、ありがとうございます。
コメント感謝いたします。
新着作品
雑貨屋『ショコラ』の店主・アーニャは、雪解けの泥水を避けるため、スカートの裾をちょっと持ち上げ、通りを横切り店の中に入る。薄暗い小さな台所には火の気もなく、たった1つのランプにも火が入っていない。薄暗闇の中、何かがテーブルの方でごそりと動いた。
「誰?」
問いかけてから、天井から下げられたランプに手を伸ばす。ランプの光に照らされたのは、末娘のアリアだった。テーブルに突っ伏して泣いている。
「どうしたの?」
アリアはのろのろと顔を上げると、彼女らしくなく自信なさそうなか細い声で答えた。
「ものすごく悲しいの。だって、ウォルターが笑ってくれないんだもの」
「そりゃ、笑いたくないときもあるわよ」
ウォルターは、アリアより2つ年下の5歳の男の子だ。可愛くて優しい彼を、アリアは大好きだった。
「いくら話しかけても全然元気がなくて、下を向いてばかりなの。……どうしたのかな?」
アーニャは、ふと思い出した。
「もうすぐ、『母の日』よ」
アリアもアッと思い出し、今まで忘れていたことに恥ずかしくなる。1年前にウォルターは、母親を大都会のセシルスブルグで亡くしている。今年の『母の日』は、ウォルターにとっては寂しいばかりだ。
アーニャは、台所の奥の擦り切れたカーテンを潜り、その向こうの店に姿を消す。次に現れたとき、アーニャは2本の棒付き飴を手にしていた。小さな子どもの口にちょうどよく収まる大きさの丸いべっ甲飴。それを娘に差し出す。
「甘いものは、人の哀しみを優しく溶かしてくれるそうよ」
パブ『ロビン』の2階の隅に、ウォルターの部屋はある。ウォルターは、緑色の真新しいベッドの縁に腰を下ろし、うつむいていた。哀しみのあまり彼は笑顔を忘れてしまい、まるで精巧に作られた人形のように無表情である。
アリアは、スカートのポケットから2本の棒付きのべっ甲飴を取り出し、そのうち1本を布団の上に置き、残りの1本の包み紙を剝がした。そして、それをウォルターの口にそっと差し入れる。
数秒後、ウォルターの目から大粒の涙が零れ落ちた。彼は飴をなめながら、袖で一生懸命に涙を拭っていく。次々に零れ落ちる涙は、いつまでも止まらないかのように思えた。それでも、どうにか治まってから彼はアリアに顔を向けた。彼は、いま彼女の存在に気が付いたらしく、少し驚いてから慌てた様子で言い訳した。
「ボク、アメすきなの!」
「うん」
「すごくあまくておいしかったから、なみだがでたの!」
「うん、そういうこともあるわよね。もう1本、ほしい?」
アリアがベッドの上の飴を指し示すと、ウォルターはそれを手に取って包み紙を不器用に剥がす。そして、アリアの口にそっと差し入れた。
──心が優しくなるくらい甘い。
「ほんとね。甘くておいしいわ」
ウォルターは、にっこりした。大好きなウォルターの笑顔をやっと見られて、思わずアリアはウォルターをギュッと抱きしめた。可愛くて優しいウォルターのお嫁さんになろう、とアリアは心に決めた。
「アリアちゃんって、お母さんみたい」
ウォルターは、アリアの耳に囁いた。アリアは、思わず反論した。
「あたしはウォルターの『お嫁さん』になるの! 『お母さん』じゃなくて!」
「じゃあ、アリアちゃん、両方やって」
「えっ? 両方? 同時にやるの?」
「うん」
「えーと……」
アリアは、真剣に考え始めた。ウォルターはくわえていた飴を少しかじり、小さな声で「わぁ、いちご味にかわったよ。おもしろーい」などと呟く。やってきたウォルターの父ピートは、7歳と5歳の小さな二人に「何だか楽しそうだね」と声をかけながら、元気になったウォルターの姿に喜んだ。アリアは顔を上げて、泣きそうな顔でピートに訊ねた。
「『お嫁さん』と『お母さん』って、同時にできますか?」
突然の質問に「…………。アリアちゃんなら、きっと大丈夫だよ」と返答しつつ、(同時って、どういうことだろう? ごっこ遊びかな?)と首を傾げる。悩むアリアやピートをまるで気にもかけず、「お父さん、ボクね、アメもらったの。いちご味になるんだよ。おいしーよ」と、ウォルターは飴を舐めることに夢中だった。