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宮下 倖さん

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浜辺のうた

17/04/24 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:749

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 たまたまつけたカーラジオから「浜辺の歌」が流れてきた。途端に懐かしくもどこかせつない感情が胸の中に渦巻く。歌や匂いは想い出を引き寄せると言うけれどその通りだ。
 煙草を灰皿に押し込みハンドルをきった僕は、ゆっくりと子どもの頃のことを思い出す。

 僕は海辺の町で育った。海水浴客を多く呼ぶほどではないが、きれいな砂浜が続く町だ。 
 その浜に「ウラシマさん」がいた。
 伸ばしっぱなしのぼさぼさの白髪、口を覆う仙人のようなひげ、垢じみたシャツをはおり日がな一日砂浜に座っている。近くを通ると何やら呪文めいた言葉をぶつぶつ言っているのが聞こえるという噂もあり、その奇異な容貌と相まって、当時小学生だった僕は失礼なくらいウラシマさんに興味をもっていた。
 ウラシマさんは本名ではない。玉手箱を開けて老人になってしまった後の浦島太郎みたいだというので僕たちが勝手にそう呼んでいたに過ぎない。
 親たちには「近づかないように」と言い含められていた。
 不審者という意味ではなく、「そっとしておいて」というニュアンスだったように思う。
 「いつも砂浜にいるおじいさん」の話をすると、母は決まって気の毒そうに目を伏せていたからだ。
 ただ浜に座って海を見ているだけのウラシマさんに同級生たちは早々に興味を失くしたようだったけれど、僕は気になって仕方がなかった。もしかしたら本当に浦島太郎かもしれないと思っていた。亀が迎えに来てもう一度竜宮城に行く日を待っているんじゃないかと。
 どうしてもウラシマさんと話してみたかった僕は、薄明かりが残る夏の夕暮れにこっそり浜に走った。
 オレンジ色に染まる砂浜にウラシマさんはひとり胡坐をかいていた。おそるおそる近づくと小さな声が聞こえる。耳を澄ますと、歌を歌っているのだと気づいた。
 浜辺の歌だった。
 音楽の授業で最近教わったばかりだったからすぐわかった。
 近づいたもののどう話しかけたらいいかわからなかった僕は、ウラシマさんと一緒に歌いだした。ウラシマさんは驚きもせず僕のほうも見ず、淡々と歌い続ける。一番を歌い終えてようやくウラシマさんはゆっくりこちらに顔を向けた。くしゃくしゃの白髪に埋もれた目元が柔らかく細められる。
 ひどく嬉しくなって話しかけようとしたとき、「祐太!」と鋭く呼ばれた。父の声だった。
 あわてて振り向くと砂浜を上がった堤防に仕事帰りの父が立っていた。「帰るぞ」と言いながら手招きする。少し怒っているようにも聞こえた。
 行かなくてはと思いながらも踏ん切りがつかないでいると、ウラシマさんが言った。
「迎えがきたんだね。もうお帰り」
 僕はびっくりした。歌っているときは少し掠れていて気づかなかったけれど、こうして聞くとウラシマさんの声はすごく若い。少なくとも「おじいさん」ではない。
「わたしの迎えはまだこないなあ」
 そう呟くと、ウラシマさんは視線を海に戻した。もう僕のほうは見ない。
 オレンジから群青に変わる空と海がやけに暗く見えて、僕はウラシマさんに「さよなら」と告げ父の元に駆ける。父の腰に抱きつくと、父はウラシマさんの背中に深く頭を下げた。
 帰り道、父はウラシマさんのことを少し教えてくれた。
 奥さんと子どもを海の事故で亡くしたこと。それ以来、ああして浜辺に座り込んでいること。歳をとって見えるけれど、実はまだ四十代だということ。
「人の姿をひどく変えてしまうような悲しいことや辛いことが世の中にはあるんだよ」
 父はそう言って、いつかの母と同じように目を伏せた。
 その日の夜、僕は夢をみた。
 亀の甲羅を背負った男の子がおどけた様子でウラシマさんの手を引いている。引かれるまま海に入ったウラシマさんは海中でゆっくりと若返っていき、海の底ではきれいな乙姫様が手を振っている……そんな不思議な夢だった。

 ウラシマさんに関しての想い出はそこまでだ。
 昔話の浦島太郎も、本当は玉手箱じゃなくてすごく悲しい何かがあっておじいさんになったのかもしれない。そんなことを考えたら、ウラシマさんと呼ぶことも、その姿を見るのも何だか辛くなってしまい浜辺から足が遠のいたからだ。進学で町を出てそのまま就職してしまうと地元に戻ることさえ少なくなった。
 ラジオから歌が途絶えパーソナリティの明るい声が聞こえると、鼻の奥がつんと痛んだ。
 こんな想い出がよみがえった日に死ぬことはないだろう。
 僕はウラシマさんのように姿かたちを変えるまでの苦しみにはまだ至ってはいない。
 もう少し踏ん張ることができるはずだ。
 信号待ちの間に煙草に火をつける。さっきの煙草が最後の一本と思ったが撤回だ。
 まだあの砂浜では歌声が聞こえるだろうか。
 僕はゆっくりアクセルを踏みながら、浜辺の歌を口遊みはじめた。


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