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しーたさん

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そして物語は昔話と相成った

17/04/23 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 しーた 閲覧数:783

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「海の底には竜宮城があるんだぜ」
 おい知ってるか、と前置いて、男がそう話しかけてきた。なんとなく海辺を散歩していたところだったのに、嫌なやつに会ってしまった。
「そこには美味しい食べ物がたらふくあって、綺麗なお姫様がいて、まさに夢の国なんだってよ」
 男は行ったこともないその場所に思いを馳せ、遠い目をしている。この隙に逃げてしまおうかとも思うが、きっとこいつは走るのが速いのだ。どうせ追いつかれるので無駄な努力はしない。
 それに、暑いし。
 海から吹く風は潮を含んだ味がする。今日は風が強くて気持ちがいいが、少しばかり想像していたより日差しも強かった。そろそろ海で水浴びでもしたいところなのだが、隣に腰を下ろした男は僕の背中をがっしり掴んで離してくれそうもない。
「なあ、お前はさ、この話信じるか?」
 海の底にあるお城。そこには綺麗な魚が数え切れないほどいて、水は美味しくて、楽しい雰囲気で溢れていて。
「俺はな、一度でいいからそこに行ってみたいんだ」
 男が真剣な表情で呟く。僕は何も答えず、男から目を逸らした。
 特に意味もなく、遥か遠くまで広がる海に視線を向ける。その向こう側は僕には見えなくて、寄せては返す波の音だけが辺りに響いている。
「今日、俺はそこに行こうと思うんだ」
 男は静かに立ち上がった。背中に乗せられていた手が、ゆっくりと離れていく。
 男は同じように海の向こう側を見つめて、
「最近、大切な人が亡くなったんだ」
 男の目から水が溢れて僕の背中に落ちた。その水は、海の水と同じだった。
「これで俺にはもう誰もいない。一人になったまったんだ」
 男は声を噛み殺して苦しそうな顔をして、しばらくして、
「ごめんなあ、こんなこと通りすがりのお前に聞かせちまって」
 最期に誰かに話しておきたくてな、と男は笑った。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
 男はゆっくり海に向かって歩いていく。日差しに照らされ続けていたので水浴びがしたくて、僕も男の後に続いた。
 男は僕を振り返って、
「なんだお前、ついてきてくれるのか?」
 そういえば、と男は思い出したように、
「亀が竜宮城に連れて行ってくれるみたいな言い伝えもあったようななかったような」
 一人呟いて、小さく頬を緩ませて、
「ま、もし暇で道を知ってるなら、連れて行ってくれよ」
 それだけ言って、男は海に入っていく。僕も後に続く。日差しで火照っていた身体に海の水が冷たく、気持ちが良い。
 男は躊躇うことなく進んでいく。
 僕はその後ろ姿をただ見守った。



 初めはただ、苦しかった。
 真っ暗な海の底に、一人緩やかに落ちていく。
 しかし不思議と辛くはなかった。これでようやく終わることができるのだから。死ぬことより、大切な人を失ってまで生きることの方が辛かったのだから。
 薄れていく意識の中で、様々な記憶が現れては消えていく。生まれてから今までのすべてが、光の速さで脳裏を駆け抜けていく。
 最後に思い出したのは、つい先ほど出会ったあの亀のことだった。
 元気でな、となんとなく思った。
 同時に、もう駄目だとも思った。
 頭の中まで、ぼんやりと暗くなっていく。

 そんな時、ふと、目の前に何かの気配を感じた。
 瞼は重く、もう動かない。
 その何かに、優しく手を引かれた。
 何故か、あの亀が来てくれたのだと思った。
 理由はわからないが、きっとそうだという確信があった。
 そこで、意識は途切れた。







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