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泥舟さん

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日本のコーヒー

12/11/19 コンテスト(テーマ):第十八回 時空モノガタリ文学賞【 コーヒー 】 コメント:0件 泥舟 閲覧数:1743

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もう、何十年も前のことだ。人生唯一の沖縄旅行の際に日本産のコーヒーを飲んだことがある。私から積極的に飲みに行ったわけでなく、たまたま立ち寄った喫茶店に置いてあったのだ。日本でコーヒーが栽培されていることをこれで初めて知ったぐらいだ。これが、純日本のコーヒーかと感慨はあったものの、東京で飲むコーヒーとの違いがわからなかった。
コーヒ専門店から缶コーヒーまでこだわりなく飲んでいる私にとって、微妙な味わい、コク、香りの違いなどわかるはずもない。缶コーヒーの甘さから、喫茶専門店のブラックコーヒーまで幅あるとしたら、その中のどこかには含まれる味、としか私には言いようがなかった。

ところが、このさびれた喫茶店で、”日本のコーヒー”に出会うとは予想もしていなかった。たまたま仕事で訪れた片田舎の町で一仕事終えた私は、お昼過ぎで時間に余裕があったため、訪問先の担当者である武藤氏に誘われて、ランチがてらその喫茶店に入った。
「ここは、隠れた名店なんですよ」と彼は言った。
私は店内を見回しても何のことはない、さびれた店という印象しかいだかなかった。心なしか店内が薄暗い。
「ここは、生豆から、自家焙煎したコーヒを出してくれるんですよ」と彼がいう。
「ふーん」と私は応じたものの、それがなんだ、という気がするだけだ。それだけ新鮮なコーヒーが飲めるというのだろうか?おそらく、そんな喫茶店は、ここだけじゃないだろう。たとえコーヒーの木から直接採ったとしても、皮を取って、煎って、砕いて、ろ過すれば、結局は黒い液体だ。ミルクと砂糖を適度に入れると、私が食後にいつも飲んでるコーヒーの出来上がりだ。

どうも、おばあさん一人で切り盛りしている喫茶店のようだ。これで、かわいいウエートレスがいれば、とも思ったが、どう見てもこの店内の雰囲気にはなじまないことに気付く。
武藤氏は、メニューを見ることもなく、「日替わり定食」を頼む。私も同じものを頼んだ。
会社の社食にあるようなトレイに乗っかって、唐揚げ定食とホットコーヒーがやってきた。
「ここの日替わり定食は、80%の確率で唐揚げなんですよ。」と彼は笑いながら言う。
「そんなんだ」と答えたものの、私の意識はコーヒーに向いていた。
(失敗した、コーヒーは後から)と言っておくんだった。
私としては、コーヒーは食後の一服時に飲むものとというこだわりがある。こんなに早く来ると、食後には冷めてしまって、味気ないものとなってしまう。私がそう言うと武藤氏は全然気にしないくていいですよ。ご飯と一緒に飲めばいいんですよ、と意に介さない。
それは、食習慣の問題だろうと思うが、口には出さず、食事を始める。スポーツや健康ネタを中心に会話はするが、私はそんなことよりも武藤氏の食事の仕方に注意が行っていた。ご飯を食べコーヒーを一口、コーヒーを口に含んでご飯を一口、という食べ方が非常に奇異に感じた。コーヒーがブラックだからまだしも、これが砂糖にミルクが入っていたら、私にとってはゲテモノだ。
私は食事を終え、水を一口飲むとコーヒーに手を伸ばした。砂糖を取ろうとして一瞬迷い、まずは一口ストレートで飲んでみる。
やっぱり冷めている。(んっ?)
不思議な味わいが口の中に広がった。
もう一口口に含む。なんとなく懐かしい風味が口に広がった。そういえば、香りもなんとなく香ばしい。私は、ご飯を食べたくなった。これは”日本のコーヒー”と感じた。さすがに唐揚げ定食で胃袋が満たされた後だけに、ご飯のお代わりをすることはしなかったが、ご飯と一緒に食べたかった、という後悔の念が沸き起こった。
ふと顔を上げると、正面にはしたり顔の武藤氏の顔があった。

その後何度かこの地を訪れることがあったが、今度は私から武藤氏を誘って、例の喫茶店でランチをとるようになった。すぐに、コーヒーとご飯を一緒に食べるようになり、その不思議に調和した組合せに感動したものだった。何気ない風だった武藤氏も、不思議には思ってたらしく、何度かこのコーヒーの秘密を尋ねたらしいが、企業秘密、とのことで、教えてもらえなかったようだ。
武藤氏との仕事も終わって、何年かが経ち、たまに懐かしく思い出すのみとなった頃、久しぶりに武藤氏から電話がかかってきた。
「お久しぶりです」という時候の挨拶もそこそこに、「例の喫茶店のおばあさんが亡くなりました。最近は店も休みがちで、弱っちゃったのかな、とは思っていたのですが、とうとう先日一人で亡くなっているところが見つかったんです」
私は、一抹の寂しさと後悔を感じた。もう一度、もう一度あの不思議なコーヒーを飲みたかった。
「それでですね。あのコーヒーの秘密がわかったんですよ。」と武藤氏が続ける。
「親戚の人たちが、店を整理していると、糠床から大量のコーヒーの生豆が見つかったんですよ」


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