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ルリさん

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夢のように美しい世界

17/04/17 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 ルリ 閲覧数:879

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誰もが一度は君を夢見るけど、実現してはいけないことなんだ。顔も思い出せない、いつだったか来た人は、そう言った。その人が私のところへ来ていた頃、私にはその意味は分からなかった。何もかもが満たされていると、錯覚していた。

いつから私が存在しているのかなんて、私の方が分からない。もしかしたら夢の中を延々とさまよっているだけなのかもしれない。夢のように美しい、私が望めば望んだ通りの世界が広がる、竜宮という場所。永遠に満たされた、虚無的な世界。

なぜ、私はここにいるんだろう。どうして、離れられないんだろう。私は一体、何なんだろう。分からないけれど、確かに私は存在している。どこから来たのかも分からないけれど。

誰かに会いたい。ここには何もかもがあるのに、何もない。時々、亀やらイルカやらが、人間を連れてくる。彼らが言うには善い行いをした人間。私には来た人間が善いか悪いかはなんだっていいけれど、その間は、虚無感が緩和される。だから、とても稀だけれど、そんな機会をただ待っている。

海の生物たちにとって、私は非常に大切な存在らしい。私にとって私は大切じゃないけれど、彼らにとっては、もしかしたら自分たちよりも私が大事だと言う。そんな彼らは、彼らの決まりがあるらしく、私に無闇に近づいてはいけないのだと口を揃えて言う。私がそばに来てほしいと訴えても、そんなことは恐れ多いし不可能だと言う。私はただ、話をしたり、たとえば並んでぼんやりするだけでもいいから、同じ時間を共有してほしいだけなのだけれど、彼らは頑なに拒んで受け入れてくれはしない。

そんな無限みたいなあり余る時間をどうしていいか分からない私のところへ、度々見かける亀が、いつも通り他の生物が話しかけるのと同じで数段下がった離れた場所から、やたらとかしこまって話しかけてきた。彼は最近、海の外で人間に助けられたので恩返しをしたいと言った。それで私のもとへ連れてきたいのだと言う。私には、私のもとへ連れてくることが一体なぜ恩返しになるのか全く分からなかったけれど、いつもやさしく微笑んでくれる亀に好意を持っていたし、何より私は、私と時間を共有してくれる誰かを待っていた。私はいいわと伝えた。亀はそれだけの言葉に感極まって喜んでくれた。亀が喜んでくれたことに、私も驚くくらい、嬉しかった。私にも稀だけれど、こうして誰かの役に立つことができるのだということが、久しぶりに実感できた。

それから少しして、亀は若い男の人間を連れてきた。彼はきょろきょろとひっきりなしに辺りを見回し、そうしてこんなに美しい場所があるなんて夢のようだと呟いた。私は、夢かもしれないとは言わずに、亀が話していた通り、助けてくれてありがとうとだけ言った。彼は確かに善い人間のように思えた。控えめで、けれど正しいことをきちんと行える人間だった。だからもちろん、彼は少しのもてなしのあとで、礼儀正しくお礼を口にし帰ろうとした。帰してあげるのがいいのだと、私は分かっていた。分かっていたけれど、引き止めてしまった。もう一日だけ、もう一日だけ。彼はためらいつつも私のそばにいてくれた。私は彼のことを少しずつ知り、彼は私のことを何も知ることはなかった。そうして知っていくうちに、彼には何かを成し遂げることができるし、そうしたい気持ちもあるように感じた。私はあたり前だけれど自責の念にかられた。かられたけれど、それでも彼を帰そうとは思えなかった。もう、一人ぼっちに戻ることは嫌だった。何もない、私だけの、満たされた虚無的な世界は、もう嫌だった。

気づけば、彼は、元の彼らしい思考を失っていた。ただ怠惰で楽しいことだけを求める人間に変わってしまっていた。ここには何もかもがある。望めば望んだ通りの世界が広がる。それは恐らくそういうことなのだ。私は、元々の彼を思うと、ひどく虚しい気持ちに駆られた。

私の気持ちが揺らいだからか、彼は、家族や友人はどうしているだろうかと、急に夢から覚めたかのような顔で言った。そうだ、随分長いことお世話になってしまった、自分は帰らなければいけない、そう言った。その通りだと私は思った。あなたはここにいてはいけない。でも、それでも、私が望めば、私は彼をもう一度夢の中に落としてしまえるんだろう。けれど、それはもう彼ではなくなった、虚しい夢の続きにしか過ぎなかった。

いつか私は夢から覚めるのだろうか。夢かどうかも分からない、夢のように美しい世界。誰かが、いつか、私をここから連れ出してくれたら。海の外へ手を伸ばしてみたけれど、誰も手を取ってなどくれない。やさしい微笑みだけを私に向けて、亀がいつも通り穏やかに通りすぎていった。


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