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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

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将来の夢 童話作家。
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「グリーンゲートの少年たち」★文化祭での小冊子 『文化祭当日 午前中』冬華

17/04/17 コンテスト(テーマ):第104回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:720

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 文化祭当日。
 冬華は誰かに言われたわけでもないのに、学校に持ち込むお茶の準備をしていた。紅茶のポットとカップ&ソーサー四客に欠けたところはないか、お気に入りのダージリンも最近手に入れたものに間違いないか、角砂糖もちゃんと準備できているか。何度もチェックしてはホッと安心し、とろけるようににっこりと微笑む。
「まいったねぇ、文化祭くらいでうっとりされては」
 居間に現れた兄の鳴海がそう言って笑う。彼は、もうきちんと制服に身を包んでいた。
「だって、初めてだから」
 冬華は、頬を染める。そう、冬華は生まれて初めて『文化祭』を体験する。病弱な彼が学校に通えるようになったのは、この春からだった。まだ完全に治ったわけではないので、朝夕の短い散歩と学校での勉強は一時限だけ許されていた。文化祭の準備も一時間だけの参加だった。もちろん元気になりつつある冬華にとって、その許された時間があまりにも短いことに不満はある。文化祭の準備期間の時にも「もっと学校にいたい」と父に訴えたが即却下されたので、当日の今日も参加できるのは一時間ほどで、それ以上は無理だろう。
「湯も持っていくつもりか?」
「湯沸かしポットを持っていく」
「重いぞ」
「がんばる!」
「がんばられて熱でも出されたら、おれの責任なんだよなぁ」
 困ったように呟く兄に、あぁ自分はやはりお荷物なのかなぁと冬華は思う。少しへこんでいる弟の耳に、鳴海は身をかがめてささやく。
「でも、おまえがだいぶがんばれているところを見るのは、けっこう楽しいぞ」
「そう?」
「うん。ところで、おまえさ、根本的なところから間違えている」
「なに?」
「みんな、廊下の水道から水を飲むと思う」
 学校だし。
「でも、水よりはお茶がいいでしょう? 文化祭だから」
「で、お茶ならそこらの店で紙パック入りの大きいものを一つ買うだろうし、カップは紙コップで代用するだろう? どこのクラスでも毎年そんな感じだよ」
「えっ?」
 世間の常識を知らなかった冬華は、びっくり顔で兄を見る。兄は冷静に続けた。
「それに、カップ四客じゃなくて二十九客じゃないと数が合わない。『文芸部』とも仲良くしたいのなら」
「……重いよね」
「うん、だから紙コップ」
 冬華は「つまんなーい」と言いつつ、紅茶のポットとカップ&ソーサー四客を素早く片づけ始めた。ダメだと納得できれば行動は早い冬華だ。ダージリンも角砂糖も片づける。その間も「つまんなーい」と、冬華は繰り返し言う。そんな弟に、兄は声をかけた。
「もうすぐ八時だからおれはもう学校へ行くけど、おまえは何時に行くんだ?」
「わかんない。一時間だけ文化祭を楽しむことになりそう」
「たったの一時間かぁ。無理ないけど」
「ぼく、ずいぶん元気になったんだけどねぇ。たぶん父さんは、さらに一時間なんて許してくれないよ。でも、困るんだよね。小冊子もやらないといけないから。あ、兄さん、昨日までの原稿、朝香先生に渡してくれる? 本に挟んで売るなり配るのに必要だから」
 冬華はすぐに自室へ走ると、昨日がんばって清書した原稿を手にして、居間に戻ってくる。それを兄に手渡すと、火の気のない暖炉の真上にある古いかけ時計に目を向けた。文化祭は、朝の八時から夕方四時まで。午前中は学校の生徒だけで行い、午後は外からのお客様も歓迎する。
「小冊子をある程度完成させるなら、おまえは夕方に参加した方がいいと思う」
「ぼくもそう思うよ。でも……つまんなーい!」
 最近の冬華の口癖は『つまんなーい』である。本人は元気だと思っているのに、動くなと言われれば不満にもなる。
「まぁ、ともかくお茶はおれが買っておく。紙コップも」
「あー……うー……」
 不満たらたらの冬華だったが、朝の内に用意しておかないと意味がない。
 鳴海が学校へ行ってしまい、本当につまらなくなった時、父が奥の部屋から居間に顔を覗かせた。体格のよい男性で、とても菓子職人には見えない。それでも、あの太い指で細かな細工を施していくのだ。それは魔法のようで、月帆と冬華だけが家の裏にある菓子工房に入ることを許されていた。月帆は後継ぎとして。冬華は可哀相な子どもだから、と。
「文化祭だろう? 行かないのか?」
「まだ父さんと話し合っていません」
 こういうことは、いつだって父の言葉を優先してきた。今さら、何? という気分だ。父は、冬華の前にどっかりと座って、面白そうに冬華の顔を覗き込む。そして、大真面目な顔になると唐突に問いかけてきた。
「冬華、おまえは何の勉強をしたい? 大人になったら何をしたい?」

「おはよう!」
 冬華は、元気よく教室中の生徒に声をかけた。ただ今、午前九時。そう九時だった!
 教室には、ほぼ全員がそろっていて、事情を知らない『文芸部』の生徒たちは何の疑問もなかったが、『ものがたりクラブ』のメンバーは驚きを隠せなかった。メンバーの三人は、全員冬華は一時間しかいられないなら、午後に来るのだと思っていた。本に挟んだり宣伝するための小冊子を、文化祭について書くなら、きっと午後の三時あたりに来て、ラストスパートするだろうな、と。文化祭は、夕方の四時で終了だ。三時頃なら、『文芸部』との売上競争の勝負にも決着がつくだろうし。いろいろひっくるめて考えてみると、午後の三時が最適かと。実は、冬華自身もそう思っていた。冬華は、にこにこしながら言った。
「十時には一度家に帰るよ。でね、家で昼食をとって、昼寝もしてから午後二時にまた来る。三時までいるよ。父さんがそうしてもいいって」
 そのかわり難しい宿題を出されたけどねぇ、との言葉は呑み込んだ。そう、将来のことを考えてみるように、と言われた。どんな勉強をしたいか、どんな職業に就きたいか。今まで考えたことのなかったことだ。できれば、じっくりと考えて答えを出してみたい。
 いつでも明るい冬華に、『文芸部』の生徒たちも好感を持って彼を見ているようだった。彼らは、冬華について鳴海にたずねた。あの明るい子は、一体何者でどうしてあんなにも元気なんだ、と。事情を知った彼らは驚いた。身体がとてつもなく弱いのに、誰よりも元気そうだから。冬華は、人見知りをしない性格で、すぐに『文芸部』の生徒たちに話しかけていく。彼らは冬華の気軽さに惹かれて、初めは不器用に、そしてだんだん慣れてきて昔からの友だちのように冬華に話しかける。彼らは、多少なりとも『ものがたりクラブ』に偏見を持っていたのに、その『ものがたりクラブ』のどの生徒とも気楽に話せるようになっていった。冬華一人の存在で、ここまで様子が変わっていった。他人と話すことが大好きで、できれば誰とでも仲良くしていたい冬華は、うれしくてしかたない。
 そんなとき、一人のおばあさんが教室にそっと入ってきた。くすんだ桜色の着物を着て、同じ生地の巾着を持ったお洒落な女性だ。教室内をキョロキョロと見回している。
「ここは、どこかしら? 孫に会いたいのだけど?」
 『文芸部』の生徒たちは、マニュアル通りに口々に言う。
「一般の人は、午後からしか学校には入れないようになっています」
 そうして、冷たいようだが彼女を追い出そうとした。が、『ものがたりクラブ』は違った。彼女のために椅子とお茶を用意して、作りたての本を〈しおり〉もなしに、彼女に与えた。売上金を競っているのに、こんな行動に出た『ものがたりクラブ』のメンバーに、『文芸部』の全員が驚いた。
「競争はどうするつもりだよ」
「そんなの後回しに決まってるじゃないか。困っている人がいるのに」
 鳴海にそう言われると、彼らは言葉が出ない。冬華がふと教室の後ろに視線を向けると、ラファル先生が額に手を置き、溜息をついていた。そっと様子を見に来ていたらしい。
「孫って、どういう子? なんて名前?」
 珍しく起きていた静波が、無邪気に聞く。彼女はお茶を一口飲むと、頬に手をやり、「小雲っていうのよ」と内緒話のように小声で言う。
「あ、きっと小雲はここに来ますよ。ここ『ものがたりクラブ』ですから」
 月帆が身を乗り出す。
「小雲……」
 その名を口にするだけで、静波は目に涙を浮かべる。急にいなくなった友だちの名なのだ。
「〈しおり〉は渡してあるの?」
 月帆が、静波に優しく聞く。
「ううん、でも、今持ってる。小雲が来たら、あげるの」
 おばあさんは、ともかくここにいれば孫に会えるということで安心して本を開いた。それを読みながら言う。
「孫もね、ここに自分の作品を本当は載せたかったのよ。でも、それは自分に許せなかったようなの。友達はできたけど、ここは音楽院に入るまでの腰かけでね。そんな子の作品は、この本に載せるのには相応しくないと。そんなことはないと、あたしは何度も言ったのよ。でも、あの子の決心は固かったの」
 ──知らなかった。静波が一度そのことを小雲に聞いたことがあったけれど、寂しそうに微笑んだだけで答えてはくれなかった。それ以来、この件については聞いてはならないとメンバーの全員が思っていたのだった。
「あ、ばあちゃん!」
 懐かしい声に、みんなが顔を上げて教室に飛び込んできた少年を見た。小雲だった。丸い眼鏡をかけた少年で、彼はみんなを見て恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに下を向いた。
「小雲―っ!」
 静波は、小雲にぶつかっていく勢いで抱きしめた。もうボロボロに泣いていた。
「あぁ、そんなに泣かないでよ、静波」
「だって、小雲どっかいっちゃったんだものー。どこに行ったのかわかんなかったから、悲しかったの。それに、〈しおり〉渡せなかったし!」
「〈しおり〉?」
「うん!」
 静波は、押し花の貼られたクリーム色の〈しおり〉を両手で厳かに持ち、小雲に差し出した。静波は、これ以上はないほどの真面目な顔をしており、もう涙は止まっていた。
「ありがとう」
 〈しおり〉を表裏と眺めて、小雲は微笑む。そこでふと思い出したらしく、他のメンバーに向けて頭を下げた。
「学校を何の説明もなしに転校してしまって、ごめんなさい。半年で転校することは、最初からわかっていた。だから『ものがたりクラブ』の本に参加してはいけないと思っていたし、みんなと仲良くすることもいけないと思っていたんだ」
 みんな黙り込んでしまった。けれど、冬華は静かに彼に問いかけた。
「今の気持ちはどうなの?」
 小雲は、寒そうに身体を震わせてから悲しそうな目をした。
「みんながいなくて寂しいよ。グリーンゲート音楽院に入れるのは幸運なことなのに、あまりうれしくない。ここにいたかったよ。今さらだけど、そう思っている、勝手に」
 それを聞くと、冬華は『ものがたりクラブ』のメンバーに笑顔を向ける。
「じゃあ、今でも間違いなく友だちだよね、鳴海兄さん?」
「もちろんだ」
 月帆は、小雲に迷わず手を差し出した。
「ありがとう」
 それは固く握られた。そんな様子を、『文芸部』の生徒たち二十五人は、まるで映画でも見ているかのように眺めていた。
 冬華が、ふと教室の後ろに目を向けると、朝香先生が何かをラファル先生にささやいた。それから、なんとあの例の『大切な人に贈る〈しおり〉』を朝香先生がそっとラファル先生に手渡していた。あの二人、どういう関係なのだろう? 犬猿の仲……じゃなかったのだろうか?
 ここで、冬華の午前中の一時間は終わった。

 
 (つづく)



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