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真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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失恋クラブ

17/04/13 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:2件 真早 閲覧数:1203

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 もう四十も近い歳になって、女を追いかけ回してはフラれ、またここへ来るなんて情けない。自らを嘆きながら、侑哉は安アパートのポストに掛けられた錠の数字を繰っていた。前回ここへ来たのはいつだったか、確か二年か三年前だ。去年は来なかったはずだ、と思い返しながら、手に馴染んだ番号を合わせる。4200。錠は開き、ポストの中には小さな金庫が入っている。金庫は空で、蓋が開いていた。いつもは鍵が入っていて、蓋は閉まっている。鍵は、このポストと同じ番号の部屋のものだ。先客がいるようだった。
 階段を上り、二階の一番奥。表札はない。呼び鈴は付いているが使えない。ノックもなくドアノブを捻れば、染み付いたヤニ臭さが侑哉を迎える。
 玄関のミュールを見、先客の後ろ姿を見、侑哉は一瞬ぎょっとした。肩まである茶髪に、黄緑色のカーディガン、腰掛けた椅子の脚越しに紺色の長いスカートが見える。
 この部屋は男専用の通称『失恋クラブ』だ。クラブと言っても、失恋した男が銘々やって来ては好きなことをして過ごし、傷を癒すだけだった。侑哉が初めてここへ来たのは、大学の先輩に連れられてだった。オーナーに会ったことはない。犯罪や迷惑行為でなければ何をしても良く、ただ、女と女付きの立ち入りは完全に禁止されていた。
 女がいる、と驚いたが、ミュールは変形し、長髪の後ろ姿は広い肩でカーディガンが伸びきっていた。別れた彼女の服を着て、延々泣いていた男を侑哉は見たことがある。先客も多分その類だろうと思った。
「こんばんは」
 振り返った先客の声はやはり男のものだった。面長で、力強く太い眉毛の男前に、女の化粧が施されている。年齢は化粧のせいでよく分からない。
「やあ」
 軽く手を上げ、侑哉も挨拶を返した。他には誰もいない。引き戸の取り払われた2DKの一室には、片方の一間に食卓と椅子四脚、安物の灰皿が置いてあるのみだ。さほど広くもないながら、二人の声は響いた。
「座っても?」
「どうぞ」
 お伺いを立てて、侑哉は先客の隣に座る。開いた吐き出し窓に向かって二人は並び、軽く自己紹介をした。先客は関と言った。煙草を挟む太い指も、ストッキングを履いた足の指も、爪がピンク色に塗られている。
「これ食う?」
 侑哉は、持参したケーキの箱を関の前に差し出した。チェーン店で買ったフルーツタルトのホールが一つ、入っている。失恋した時、ケーキをバカ食いするのが侑哉の常だった。美容を気にする女には、こんな食い方はできまいという、馬鹿げた対抗心からだった。
「切ってあるがフォークはないよ」
 侑哉はタルトの乗ったトレーを引っ張り出し、それから紙コップに注いだ紅茶を二人の前に置いた。
「いただきます」
「おう」
 律儀に頭を下げる関に続いて侑哉もタルトをつまむ。
 敷き詰められたイチゴ、黄桃、キウイの下にはカスタードクリーム。そしてさくさくとしたタルト生地が口の中で解けた。甘くて、美味かった。
 昨日侑哉を振った彩は、甘いものが苦手な女だった。そこが魅力であり、そこが嫌いな面でもあった。仕事が出来、家事は苦手で、料理はするが好きではなく、物の少ない家に住んでいた。明るく、男のような気楽さがあった。だがそれが、侑哉に違和感を持たせた。
「あんたは私じゃなくてあんたの理想と付き合いたいだけなんだわ」
 そう言ったのは、何番目の彼女だったろう。それから、恋愛がまるで分からなくなった。彩とは顔だけは好みで付き合い続けたが、結局は彼女から別れを告げられた。
 恋とは、何て面倒臭いものかと思う。子孫を残す為にこんな事をしなければならないなんて、人間は非効率だ。だが、自分は恋愛なしでは生きられないと侑哉は自覚している。そんな自分も面倒臭い。しかし当分恋は御免だと思いながら、次々とタルトに手を伸ばしていった。
 大半は侑哉が平らげ、トレーは空になった。紅茶を飲みながら、ふと侑哉からは死角だった関の左手に光るものが見えた。
「それ」
 薬指の指輪を見咎められると、関はばつが悪そうに苦笑する。
「ヨメに……、逃げられまして」
「そうか、そいつは災難だったな!」
 関の丸まった背中を叩きながら、離婚も確かに失恋だ、と侑哉は妙に納得した。
「今日、この後ヨメを追っかけようと思ったんすけど」
「未練たらたらだな!」
「はは、未練ありまくりで」
 不意に顔を上に向けた関の視線に、彼の妻がどこにいるのか、侑哉には分かった気がした。
「この店のケーキ、よくヨメが仕事帰りに買って来てたんす」
「そうか。これはうちの近所のだ」
 空の箱を示す関に、侑哉はそれ以上何も返せなかった。ただ、指輪を撫でる関の、ピンクの指先を見て、男はこんなにも女を深く愛せるものなのかと思った。自分もこんな風に女を愛したいと思った。舌の根も乾かぬうちに、また恋がしたくなった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/15 クナリ

エッ、上に向けた視線の先に奥さんがいるということでしょうか…!
最初は異様な風体に見えた関さんの格好が、急に深く純粋な愛のたまものに見えてしまいます。
主人公と関さんの対比といい、プロットの妙が光る作品ですね!

17/04/16 真早

クナリさん
コメントありがとうございます!
もしや……? と気づいていただけて嬉しいです。
フランス映画に関のような男性の話があり(きっかけは関とは(たぶん)異なりますが)、配偶者(に限らず、家族)の残したものを身に着けたいという人は多いのかなと思いました。
対する主人公の軽薄さにも呆れて笑ってやってください(笑)

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