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虹の洋菓子店

17/04/13 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:0件 64GB 閲覧数:604

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「祐輔、お前がこの『虹の洋菓子店』を継ぐにあたって今一度、私の母、つまり幸子おばあちゃんの話をしておかなければなりません」
祐輔は幸子おばあさんの話と聞いて、誰も見ていないテレビを消して居住まいを正した。
「お前も知っていると思いますが、この虹の洋菓子店を起こした方です。私はどうしてもお前に幸子おばあちゃんの心意気を継いでもらいたいのです」

「幸子おばあちゃんがこの町に流れ着いたときは寒くて雪が吹き荒れていた12月でした。私の最も古い記憶がその時で、雪の夜の電信柱に貼ってある貸間の紙をあてどもなく探した物寂しい記憶です」
「その時母さんはいつ終わって帰れるか聞いたんだよね?」
「そうです。何度も何度も同じ道を探しながら終いには泣きべそをかいてしまいました。……それからどのようにこの町に住むようになったか覚えていませんが黄色い畳が波をうった、蟻の巣が家の中にいくつもあって枕元を列をなして歩くような長屋に母子で住み着きました。ギャンブル好きだったおじいちゃんが作った借金があり、逃げるように来たのでそれも仕方ありませんでした」
「借金ってどれくらいあったの?」
「いくらあったか教えてはくれませんでしたが、時々怖い人達が部屋に上がり込んで金を返せと騒いで近所の人に警察を呼ばれたこともありました。おじいちゃんは腕のいい洋菓子職人でしたが、心の弱い方で事故で亡くなる頃には店も無くなり、すっかり家も傾いておりました」
「よく立て直したなーって思うよ」
「おばあちゃんは朝早くからゴルフ場のキャディーさんとして働き、掃除婦や珍味の袋詰め、夜遅くまで仕立てのミシンを踏んで働いたのです。
私は母が寝ている所を見たことがありません。相当に疲れていたと思いますが、いつも『大丈夫! 大丈夫!』と笑っていました。だから私は大丈夫なんだと思っていました。
しかし、ある日学校から帰ったら母が洗面器に血を溜めて呻いていました。私が声をかけると『こっちに来るな!』と怒鳴られました。私は怖くて押し入れに入って泣いていました。その時母はペンチで歯槽膿漏でグラグラになった歯を抜いていたのです。しかも6本もです。その後でなぜそのようなことをしたのかと母に聞いてみました。すると『お金がないから歯医者に行けない』と言われました。その時から私はあれがほしいとか、これが必要だとか母に言えなくなりました。そのような生活を見かねて生活保護を受けたらどうだと大家さんから勧められたことがあります。すると母は『そんなもの! 死んでも受けん!』と断ってしまいました。世話になって生きることを恥と思っていたと思います。そんな男のような母ですから友達を家に呼ぶことができませんでした。汚い部屋と土方仕事をして真っ黒になっている母を友達に見せられなかったのです。思えば恥ずかしい話です。だから私は遊びにも行かず洋菓子を勉強しました。そうすることで母が喜んでいると感じたからです。そして私が今のお前の年齢のころには自然と『店を立て直す』と言っていました。母も『お前の作った虹のケーキを食べてみたい』と言うようになり明るい笑顔が増えて行きました。そんな希望が持てるようになったころ、母は突然倒れてしまいました。長年の苦労がたたったのでしょう……直ぐに立てなくなり、一日中布団に入っている日が多くなりました。病院に行くことを強く勧めましたが頑として行こうとしませんでした。母はそれから幾日かして雪が静かに積もるようにあの世に旅立ちました。全ての苦労の見本のような人生でした。その母が亡くなる前に私を呼んでこう言ったのです。
『お前には何もしてあげられなくてごめんよ……お前に店を持たせてあげたくてお金を貯めてきたけど、おっかさんはもうだめだ。この目でお前の晴れ姿を見ることはもうできねぇと思う……だけどお前は芯の強い子だ。お前ならいつか必ず成し遂げるだろうねぇ……頑張っておくれ。いつまでもおっかさんは応援しているよ』とそう言って貯金通帳を差し出したのです。爪に火を灯す生活をしていたのに中には800万ものお金が入っていたのです。その話が巷の噂になり、女性週刊誌に取り上げられて全国から寄付や手助けを申し出る人がたくさん来られ、この『虹の洋菓子店』が建ったのです。幸子おばあちゃんの苦労があったから私たちの今があるのです。これを忘れてはなりませんよ」
祐輔は泣いている母の手を握った。


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