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若早称平さん

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性別 男性
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パティシエになる方法

17/04/12 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:631

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 みどりが生まれて初めて徹夜をしたのは小学六年生の時だった。家族が寝静まったのを見計らってベッドを出た彼女は二段ベッドの下段で寝ている妹を起こさない様に机のライトを点け、引き出しからお気に入りのレターセットを取り出した。

 みどりと同じクラスの楠はバスケが上手くてクラスでも目立つ存在だった。そうなると当然女子からの人気も高く、誰々が彼のことを好きだとか告白したとかという噂もよく耳にする。みどりは去年から彼と同じクラスだったが、まだそういう色恋沙汰にはあまり興味がなく、彼や彼のことを気にする女子達など自分には縁のないことだと思っていた。
 六年の一学期に初めて隣の席になった時も周囲からは羨ましがられたが、彼のことを何とも思っていなかったみどりからすると休み時間の度に男女問わず周りに集まってくる連中がうっとうしくて不快だった。
 そんなある日、みどりの友達が風邪で学校を休んだ。休み時間の話し相手がいないみどりは仕方なくぼんやりと隣の輪からの会話を聞いていた。
「好きな色……そうだな、緑が好きかな」
 楠が女子達の一人の質問にそう答えると彼以外の数人が一斉にみどりを見た。「みどりが好きだって!」とからかってくる。普段あまり目立たない彼女に初めて訪れた注目に戸惑っていると、「色だから、色!」と楠も焦った様子で否定する。それでもからかわれ続けた二人はノックアウト寸前のボクサーさながらゴングならぬチャイムに救われた。
 授業が始まり、皆が自分の席へ戻ると楠がみどりに顔を近づけて「なんかごめんな」と笑顔で両手を合わせる。みどりは自分でも気付かぬ内に赤面していて、それを見て楠がまた笑った。それ以来彼のことが気になりだし、目で追うようになったみどりが、それを初恋だと自覚する頃には季節は秋になっていた。

 徹夜をすると太陽が黄色く見えるんだよ、ませた友達がそう言っていたことをみどりは思い出す。彼女の場合そんなことはなかったが、疲れた目には秋の穏やかな陽射しさえも刺さる様な刺激があった。書き終えるのに日が昇るまでかかったラブレターはランドセルの中に入れ、家庭科の授業で作るクッキーと一緒に楠に渡そうと思っていた。
 一日中うとうとしながら過ごし、四時間目の家庭科で作ったクッキーを皆が楽しく食べる中、自分が作った分だけこっそり机の中に隠し、放課後バスケの練習に向かう楠が一人になるのを待った。
「あの、楠君」
 体育館の前で声を掛けたみどりと手に持ったクッキーを見た彼は「何? くれるの?」と少し驚いた様子だった。
「家庭科で作ったんだけど……」
彼にクッキーを手渡し、ラブレターをランドセルから出そうとしていると「今食べていい?」と彼が聞いてきた。みどりが頷くと空腹からか一口に頬張った。次の瞬間顔をしかめる。
「何これ? 超不味いんだけど、罰ゲームか何か?」
 口をもごもごさせながら不機嫌に残りのクッキーをみどりに突き返し、
「お前ってそういうやつだったんだな」
 そう言い捨てて体育館の中へ入っていった。うまく事態を飲み込めないまま一つ口に運ぶとようやくその理由が分かった。寝不足でぼーっとしていたせいか砂糖と塩を入れ間違えたらしい。塩辛いクッキーはとても食べられたものではなかった。
 渡せなかったラブレターをランドセルにしまうと、徹夜明けの目に涙が染みてきた。


 真央は困り果てた末に隣の家のチャイムを鳴らした。隣に住むみどりお姉さんはパティシエをやっていて、明日のバレンタインデーに渡すチョコの相談をしたかったのだ。
「そっか、初めて? チョコ渡すの」
 真央が頷く。真央は何度か母親と一緒に彼女の店のチョコやケーキを食べたことがあった。そのどれもがそこらで売っているものとは違う特別な美味しさで、今入れてくれた紅茶ですら家でいつも飲んでいるのよりもずっと美味しかった。
「私もね、真央ちゃんくらいの年の頃に初めて手作りのお菓子を男の子にあげたのよ」
 小さい頃から時々遊んでくれていたみどりお姉さんだったが、そういう話を聞くのは初めてだった。お姉さんのことだからその頃から美味しいお菓子を作れたんだろうなと真央は思ったが、お姉さんの話は違った。
「すっごい勢いで不味いって言われたの。悔しかったなぁ」
 お姉さんが笑いながら、どこか懐かしそうに言ったのを聞いて真央は急に怖くなった。
「えーじゃあやっぱり手作りやめようかな」
「そんなこと言わないで、手作りにしなさい」
 お姉さんは立ち上がりキッチンへ向かった。冷蔵庫からチョコを取り出し持って来てくれる。
「もし美味しく作れたらその子と両思いになれるし、もし私みたいに不味いって言われたら……」
 お姉さんは紅茶を一口飲んだ。
「そうしたら、パティシエになれるわよ」
 お姉さんのチョコはやっぱり特別な味がした。


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