1. トップページ
  2. 或る亀の話

柳川穂太郎さん

命の残り香が降る夜に、僕は死の季節と出会った。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

或る亀の話

17/04/12 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 柳川穂太郎 閲覧数:1017

この作品を評価する


 もし、そこのお方。どうか私めのおとぎ話をひとつ聞いてはいただけませぬか。
 いえ、いえ。お代は一切いただきませぬ。ただ、私めの話を聞いていただきたいだけにございます。
 或る男の話を致しましょう。もしかしたら、小耳に挟んだことがあるやもしれませぬ。

 かの人は果敢な男でありました。それと同時に、心優しい若者でございました。深海より参った海亀を、いたずら好きな子供たちの魔の手からすくいあげたこともございましょう。
 海亀はお礼がしたいと涙を流してそう言うと、男を言葉巧みに誘い出し竜宮城へと呼び込んだのでございます。
 ……ええ、ええ。そうです。浦島太郎、浦島さんのお話にございまする。
 どのような結末になる事か貴方は既にご存知の様子ではありますが、どうか最後まで話させてくださいまし。

 浦島さんは海亀に連れられて、竜宮城へやって参りました。深海に佇むその城はまさに人外の巣窟でございまして、彼はなんともまあ、奇怪な体験をすることになるのです。
 男は竜宮城の主であり海亀の御主人でもある乙姫から手厚い歓迎を受け、楽しいひとときを過ごしました。
 美しい魚の踊り、貝や海老が奏でる音楽、そして新鮮なうまい料理。……この料理は裏で魚達が殺されて生成されたものでありますが、気にする必要もございますまい……。
 ともかく、浦島さんは竜宮城で、それこそ時を忘れるような体験をなさったのでございます。

 さて、時は流れ――彼は地上が恋しく感じました。嫌なことは何一つない、誰も何も咎めないぬるい環境に飽きが来てしまったのやもしれませぬ。浦島さんはある日突然「帰りたい」と申したのでございます。
 乙姫と周りの生き物は浦島さんをこの場に留めようとしましたが、男の意思は揺るぎませぬ。やがて乙姫は頭を垂れると、玉手箱をお土産に陸に返すよう海亀に命令を出しました。
 海亀は首を縦に振ります。断る必要もございませんから、浦島さんを広い甲羅に乗せ、深海をすいすい泳いで地上を目指したのでございます。

 ここからは、恐らく――推測でしかございませぬが――あまり語られていない部分ですので、用心深く聞いていただきたく存じます。
 水中で海亀は、ふと浦島さんに声をかけました。

「もし、浦島さん」
「どうしたんだい亀さん」
「玉手箱のことですが」

 浦島さんは移り変わる景色に目を向けながらも、海亀に返事をします。

「ああ、玉手箱。ご心配なく、あれを開けようなんて思っちゃあいないよ」

 男は優しい人間に違いありませんでした。当然とばかりに乙姫と交わした約束を守ろうとするその姿には、涙すら浮かびます。

「その玉手箱なのですが、開けてしまっても構いませんよ」

 亀は耳を疑う言葉を彼に言い募りました。
 浦島さんはきょとんとして、視線を海亀へと変えます。海亀の表情は、こちらからは伺えません。

「それはつまり、どういうことだい?」
「乙姫は貴方に恋情を抱いていたようでありまして、ええと……乙女として、いじわるを言いたくなったのでございます」

 貴方の困る顔が見たかった。ちょっと驚かしてやったら、「やはりここに留まる」と言ってくれるのではないかと期待した。といったことを亀は申しました。
 浦島さんは両方の眼をぱちぱちとさせていましたが、後に顔を鯛のように赤く染め、そっぽを向いてしまいます。

「そうか、やはりあの娘俺に気があったのか」

 とまあ、そのような事を呟きながら。
 やがて、海面が見えてまいりました。海亀は砂浜に胴体を押し上げ、浦島さんを陸に解放いたします。
 それからぺこりと頭を下げ、今までの感謝を連ねながら海の中へと戻っていきました。

 それから後は、きっと貴方も知る結末になることでしょう。玉手箱を開けてしまった浦島さんは、竜宮城で過ごした年月を一気に取り戻し、長生きは出来ませんでした。

 ところで貴方、違和感を感じませんでしたか? ……ええ、ええ、そうです。海亀のそそのかすような物言いにございます。
 実を申しますと、何故亀がああ言ったのかを、私めは存じておりまする。

 浦島さんに気があったのは、海亀だったのでございます。

 あの日海亀は産卵をしに砂浜へと訪れたのですが、そこで颯爽と現れたかの男はとても魅力的に見えました。一目みて心奪われてしまったのは確かですが、自分は海亀で、彼は人間。想いを告げることはできませぬ。
 そこで亀はせめてもと、竜宮城へ招きました。だというのに、男は乙姫に夢中。嫉妬の炎が胸の奥底で燃えた海亀は、浦島さんに抱く感情が何であったかを思い出せないほどに、強く憎んでしまったのです。

 お話はこれにて終了。聞いていただき、ありがとうございました。
 ……ああ、申し遅れましたが、語り部は私、海亀でございまする。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン