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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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竜宮の乙姫

17/04/11 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:584

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「また、帰ってしまわれましたね」
 陸に帰った浦島太郎を共に見送ったヒラメが言った。
 連れてきても連れてきても、男は皆帰ってしまう。
 乙姫はきびすを返し奥へと戻る。
 客がいなくなった竜宮城は広いだけでひっそりと静まり返っている。一日中何をしてもよい反面、取り立ててやることもないのが、城の主である乙姫の日常だ。
 機嫌が悪い乙姫の後を慌てて追い、タイが進言した。
「姫様、今度は女子(おなご)を連れてきてはいかがでしょう」
「そうだわ姫様。女子なら美しい衣を着せ替えたり、色とりどりの宝石を眺めたり、きっと殿方より長く楽しく過ごせるに違いありません」
 ヒラメが同調する。
 乙姫は冷えた目をして考える。
 女か。
 馬鹿で無知で若過ぎる者は駄目。欲深いだけの醜い年寄りも駄目。ほどよく通欲的でそれなりに教養がある者が望ましい。
 人選さえ間違わなければそれもまた、ありかもしれない。


 いざ決めてしまうと、俄かに楽しみになる。
 乙姫は七色の宝石を並べ、極彩色の衣を用意し、来る女の客人を今か今かと待ちわびる。
 かくして、海亀が浜から娘を連れてきた。
「乙姫様、働き者の女人をお連れしました。この方は老いた両親のために浜の夜這い小屋で身を売り生計を立てているのです」
 海亀に紹介された娘は薄汚れているが整った顔立ちで、戸惑いを顕に立ち尽くしている。
 乙姫はにっこり微笑みかけた。
「自らを犠牲になんと親孝行な。是非ここ竜宮で心行くまでお寛ぎくださいませ」
「乙姫様、私は村では卑しい娘として忌み嫌われている身。このような歓迎を受ける謂われはありません」
 利発そうな瞳できっぱりと娘は断った。
 男に身を捧げ日銭を稼ぐ、孤独な村の嫌われ者。
 乙姫は分かり合える気がして、胸の内で小躍りする。
「そう言わず。そなたの働きに竜神様が目を留め是非褒美をとなったのです。神の思し召しを断る人間がどこに在りましょう」
 神、と言われ、娘は渋々承知した。

 娘との日々はそれは楽しかった。
 男は所詮「もてなされる」ことをよしとする生き物だ。一度座ると動かない。口から出るのは己の武勇伝ばかりで、動く時は帰る時。なんと身勝手なことか。
 それに引き換え、女はいい。 
 控えめな娘は始めはすべてに遠慮していたが、次第に心を開き、光り輝く宝物よりも珍しい書物に関心を寄せ、鮮やかな衣よりも乙姫が語る海の世界に夢中になった。
 いつしか乙姫と娘は互いの人生を語り合い、悩みを打ち明け、本当の姉妹のように仲睦まじくなる。
 乙姫は満たされた。気の遠くなるほど長い間暗く深く沈んでいた心が温かく解れていく。
 友。
 そうだ、友。
 私が欲しかったのはそれなのだ。


 しかし、その日は突然やってくる。
 娘が帰ると言い出したのだ。竜宮城にきて三年の月日が経っていた。
「ここでの毎日があまりに楽しく、つい長居してしまいました。でも私には両親がいます。帰らなくてはなりません」
「では両親もここへ呼べばいい。皆で仲良く暮らしましょう」
 乙姫は懇願した。
 そうだ、初めからそうすれば良かったのだ。浦島も、他の男たちも、皆地上に残してきた者のために去って行った。連れて来れば良かったのだ。誰も彼も。
 娘はかぶりをふる。
「たとえ村八分でも両親は生まれ育った村を離れる気はないでしょう。何より私が、故郷へ帰りたいのです」
 娘の決心は固く、乙姫はついに折れて玉手箱を渡した。
 これは姫に背を向ける者たちへの報いだ。開ければ数十年分歳をとる。開けなくとも、海の一日は陸の十年。帰る場所はどの道ない。
 ここに残りさえすれば、そんな目に遭わずに済むのに。私を置いていきさえしなければ。
「乙姫様、どうかお元気で。姫は私の唯一の友です。あなたのことは一生忘れません。そうだ、その証に年に一度文を書くので海亀を寄越してください」
 乙姫の双眸をまっすぐに見つめ、娘が言う。
 駄目だ。文など。乙姫は言葉に詰まる。一度陸に上がればバレてしまう。海と陸の時間の異なりも、玉手箱の秘密すら。我らはもう、友ではいられない。
 乙姫は狼狽し、海亀の背にまたがった娘の手から玉手箱を奪い取った。
「やっぱりこれは差し上げられません」
 それから海亀にこっそりささやいた。
「海底の竜神穴をくぐりなさい。娘を『もとの場所』に戻すのです」
「姫様、よいのですか。竜神穴を通れば娘の記憶が消えてしまいます」
 時間を遡ってもとに戻すことで、娘の中から乙姫は消える。それでも、他の男たちにしてきた報いをこの友に与えるのは耐え難いのだった。
 乙姫は本物の宝が詰まった玉手箱を代わりに手渡す。これで、娘は夜這い小屋で働かなくとも良い。娘の手を取り、揺れる瞳で微笑んだ。
「あなたも、妾の唯一の友です。文を、待っています」


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このストーリーに関するコメント

17/04/19 待井小雨

拝読させていただきました。
浦島太郎と言えば、玉手箱により老人となって辛い思いをする……というイメージがあったのですが、女性を連れてきたことにより友情が芽生えるというストーリーが斬新で、「続きはどうなるのだろう?」と興味をひかれました。
心優しい娘を辛い目に合わせないよう、自らの存在が忘れられようとも時間を遡らせようとする乙姫の想いに胸を打たれました。

17/04/20 秋 ひのこ

待井小雨さま
こんにちは、コメントをありがとうございます!
乙姫は何故浦島太郎に玉手箱をあげたのか、を追及した結果こんな話になりました。
乙姫の思いを汲んでいただけて嬉しいです。
それにしても、今回のお題はとっても苦労しましたー……。

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