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時雨薫さん

性別
将来の夢
座右の銘 我ときどき思う、故にときどき我あり

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生成芸術

17/04/09 コンテスト(テーマ):第103回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 時雨薫 閲覧数:487

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金がない。どう勘定しても足りたものじゃない。第一、大学に入るのだって親に随分無理をさせたのだ。その上大学院にまで進もうと思えばそうなるのも当然だ。
 稼ぐにはどうすればよいか?安定した仕事はしたくない。そんな生き方を知ったら最後、リスキーに夢を追いかけようとは思えなくなってしまうからだ。うまく一獲千金をつかみ取る方法のないものか。
 私の考えがそこまで漂流したときに、本棚の「認識言語学入門」が目に入った。そういえば、この本は言葉の使用頻度とメタファーとの関係性について論じていたっけ。確かあまり使わない言葉ほどメタファーとして利用されたとき読み手に大きな想像力を要求するのだったな。例えば、「死は冷めたラザニア」。
 そのとき、私は素晴らしい発明をした。この理論を転用すれば無尽蔵に詩が作れるのだ。その昔、樋口一葉は生活費を稼ぐために小説を書いたという。ならば私は学費を稼ぐために詩を書くのだ。幸い、時流は想像力に特別の価値を与えている。どんなに粗雑なものでも読者の想像力さえ喚起すれば喜ばれる世の中なのだ。故に、村上春樹などという小説家まがいが大作家に祭り上げられる。
 私はすぐに実験に入った。使用するのはサイコロと国語辞典、およびノートとボールペン。細かい手順は省くがすぐに次の文字列ができた。
「色のない緑の観念が猛然と眠る」
 素晴らしい出来だ。なんと想像力を掻き立てることだ。
 私はこの作業をすべてパソコンにやらせることにした。幸いプログラミングの知識がある。ネット辞書と乱数関数が瞬く間に現代詩工場になった。このプログラムは一連の作業を一定の回数繰り返すと結果を一覧にして表示する。私はその中から気に入ったものを選びさえすればよい。人為が介入するのはこの一点だけだ。
 翌日、私はコンピューターに作らせた詩のうち八百を持って出版社へ向かった。対応した職員の様子ときたら忘れられるものじゃない。始め横柄に話していたのが私の原稿に目を通すなり狂喜して真っ赤になったのだ。
「天才だ!天才がわが社に!」
 その日のうちに出版が決まった。まずは三万部刷るという。
 それからのことは細かには話すまい。予想通り私の詩集は売れに売れた。英独仏訳いずれもバカ売れだという。弟子になりたいという者もあった。講演会の依頼もあった。しかし私はそれらをすべて断った。いかなることがあろうともこの詩の製法を知られてはならない。
 さて、私の失敗談はここから始まる。どんなに遊んで暮らしても使い切れないほどの印税を手にした私は真っ先に両親に恩返しすることにした。海外旅行がしたいと言っていたから世界一周豪華客船の旅をプレゼントした。家も大変な豪邸にしてあげた。今や私は立派すぎる孝行者である。自尊心が満たされるとどうしてもストイックさというものがなくなってくるから、文系研究者という茨の道に何の魅力も感じなくなった。毎日ワインを飲んでヴァイオリンを弾いて優雅に舞台でも見に行くだけの暮らしを送っていればよいのだ。夢を叶えるための発明が夢を失わせた。何たる失敗!私はそのことをさして後悔せず、却って愉快なくらいに考えていた。
 ある日、例のパソコンが寿命を迎えた。私は特に注意もせずメイドに処分を任せたのだが、今思えばこれが過ちであった。そのメイドは翌日忽然と姿を消した。悪い予感はすぐに現実となった。ある出版社から私にそっくりな作風の詩集が出版されたのだ。私のプログラムが使用されたに違いない。
 コンピューター生成詩を出版する会社は星の数ほどに増え、そのいずれもが莫大な利益を上げた。すると、どこかに私より才能ある人物がいたのだろう、私のプログラムは小説用、歌詞用に書き換えられその両分野も席巻した。抽象絵画のブームが到来したがそれらも私のプログラムを改変して作ったものであることは明らかだった。
 数年後、ウィキリークスがこんな記事を出した。
「流行の抽象芸術、コンピューターが生成」
よく今まで隠し通せたものだと感心した。ともかくこれで抽象芸術もといコンピューター生成芸術の時代は終わったのである。
 流行の終焉、その程度のことで済めばどれほどよかったか。本物の芸術家たちはみな廃業するなり自殺するなりしていたから作り手の復興は望めず、鑑賞者もコンピューターに毒されすぎていたから、もはや人間の乏しい想像力で作られた作品には満足できなかった。
 残ったのはかつて芸術と崇められたプログラムの結果群のみ。
かくて私は人間の重要な精神分野の一つを破壊してしまったのだ。
以上が私の奇怪な失敗談である。


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