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上木成美さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 明日は明日の風がふく

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玉手箱に詰まっていたもの

17/04/01 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:2件 上木成美 閲覧数:805

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病室には春を告げる暖かい光が差し込み、幸は座ったままうとうとしていた。ベッドで横になっている幸の夫、一生も先程から眠っている。白に囲まれた部屋、ベッド脇には幸の好きなカーネーションが飾られ、花瓶の横には2人とその孫が写った写真が飾られている。細い腕に点滴を繋がれ、顔には皺が刻まれているが、一生の表情は柔らかく、心なしか微笑んでいるように見える。


「幸さん、あの……、僕と、その……、結婚……、結婚してくれませんか?」
「はい、私で良かったら。宜しくお願いします」
商店街にある喫茶店で、口下手な一生はありったけの勇気を出して幸にプロポーズした。半年前、上司の紹介で出会った二人は、初めからお互いに好意を持っていた。食事に出かけたり、共通の趣味であった映画を観に行ったり、時には一生の車でドライブすることもあった。普段は物静かな一生だったが、幸の前では良く喋った。仕事のこと、家族のこと、学生時代のこと、友人のこと、子供の頃の夢。どんな話も幸は楽しそうに聞いてくれた。穏やかに、少しずつ、二人は距離を縮めていった。

結婚して2年目の春、幸は男の子を出産した。二人の名前から一文字ずつとって、幸一と名付けられたその子は、夫婦の宝物になった。小さい頃は体が弱く、夜中にかかりつけの病院のドアを叩いたことも一度や二度ではなかった。時には一生が背負い、時には幸が抱きかかえ、宝物を失うのではないかという不安に押されるように夜道を走った。

中学校に上がる頃には体も丈夫になり、野球部に入った幸一は毎日泥だらけで帰ってきた。汚れたユニフォームを手洗いする幸は、冬になるといつも手にあかぎれを作っていた。

幸一が大学に通っていた頃は、一生の仕事が忙しく、夜中まで帰れない日も多かった。疲れとストレスから幸に当たったこともあったが、喧嘩をして3日も口をきかなかった時でも、幸は暖かい夕食を作っていてくれた。

18年前、幸一の結婚式。幸は嫁の親戚に酒を注いでまわり、あちらこちらで頭を下げたり談笑したりしていた。昔はどちらかといえば人見知りで大人しかった幸が、いつの間にか社交性を身につけていたことに驚いたものだ。嫁が読んだ両親への手紙に感動して、我が事のように涙を流す幸を横目に見て、年甲斐もなく可愛らしいやつだと思っていた。

6年前、定年を迎えてからは、出会った頃のように二人で食事に出かけたり、映画を観に行ったりするようになった。子を失う両親を描いた映画を観た日は、二人とも大泣きしてしまい、終わってからも恥ずかしくてしばらく席を立てなかった。明るくなった映画館で、お互いの顔を見て大笑いした。

去年、健康診断で病気が分かったときは、これが幸でなくて良かったと心底思った。看病させておいて申し訳ないが、これで幸の苦しむ姿を見ることも、幸のいない世の中に取り残されることも無い。


ーー廊下でガシャン、と何かを派手に落とした音がして、幸は目を覚ました。ベッドに目をやると一生も物音で起きてしまったようだ。
「あぁ、眠ってたのか。幸、夢を見ていたよ」
「まぁ、珍しい。あなたほとんど夢を見ないのに、どんな夢だったの?」
「うん、いい夢だった。あっという間の幸せな夢だったな。目が覚めたらおじいさんになっていた。こんな話、あったなぁ。なんの映画だったかな、いや、昔話かな」
「そんな映画、見たことあったかしらねぇ。でも余程良い夢だったのね、あなた顔色が良いもの」
「今日は暖かいからなぁ」
一生はそう言って窓の外に目を向けた。つられたように幸は立ち上がり、外を眺めた。
「えぇ、本当に良いお天気ね。今週末には桜が咲くそうよ。今朝のニュースで言っていたわ。咲いたら、お庭でお花見しましょうね、そうだ幸一も呼びましょうよ」
「そうだな」
そう言って一生は、庭を見下ろして少女のように笑う幸を眺めた。それは、とてもとても幸福な眺めだった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/01 まー

読後、じわじわとタイトルが胸に響いてきますね。
二人の人生の縮図が穏やかに描かれており、二千文字ってここまで書けるのだなと意外な発見ができました。

17/04/02 上木成美

まーさん

読んで頂きありがとうございます。コメントも頂けて嬉しいです。
浦島太郎は、玉手箱を開けたからおじいさんになったんじゃなくて、竜宮城が幸せな時間すぎて玉手箱を開けるまで年老いたことに気づかなかったんじゃないか、と思ったところから書いてみました。
でも、2000字って、本当に難しいですね。

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