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氷室 エヌさん

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目覚めた男

17/03/30 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 氷室 エヌ 閲覧数:910

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 眠りから目が覚めた。俺は自分の名前を脳内で確かめる。何度か瞬きを繰り返す。思考も視界も正常だ。ゆっくり腕を上にあげると、目の前に自分の手が現れた。動きも全く問題ない。なんて簡単な仕事だったのだろう! 俺はにやつき、大仰なベッドから体を起こす。
 ――借金で首が回らなくなった俺は、怪しげな実験のバイトに手を出した。内容は実に簡単、少しの間眠るだけ。科学者達からはそう聞かされていた。
 新薬実験か何かなのだろう。二つ返事で頷けば、科学者達によって全ての借金は片付き、俺は薬によって眠って――そして、今に至る。
 眠りにつく前、科学者は「起きたら自由に外に出ていい」と言っていたはずだ。目が覚めた時点で実験は終了なのだと。俺は借金がなくなった嬉しさに浮かれて部屋を出た。
「……あれ?」
 研究所を出た瞬間、俺は外の異変に気付いた。
 何だか空気が重い。淀んでいる、とでも言えば良いのだろうか。それに何だか変な臭いもするようだ。しかも、外を誰も歩いていない。
「ん? あんなビル、ここに建ってたかな……」
 ふと見上げれば、大きなビルがいくつも建っていた。はて、眠る前もこの道路を歩いたが、あんなビルは無かったはずだ。電柱を確認するが、その地名は馴染みのあるものだった。
 不安に思った俺は、慌てて辺りを見回した。ビルから丁度出てきた人物を捕まえ、俺はと声をかける。その人物は何故かガスマスクと防護服を付けていた。彼は軽装の俺を不審そうに見つめ「何ですか」と答えた。
 場所は移動していない。となると、考えられるのは――。
「……あの、今は何年ですか?」
 この答えを聞いてしまったら、俺の中で何か決定的なものが動かされてしまう気がした。でも、聞かずにはいられない。
「は? ……今はXX年ですけど」
「嘘だろ……ということは、百年も経ってる!?」
「あの……病院なら向こうにありますよ。それじゃあ」
 驚く俺を怪訝そうに見つめるその人物は、そそくさと建物の中に入ってしまった。慌てて俺も後に続こうとするが、ドアにそれを阻まれる。
『通行証ヲ、カザシテクダサイ』
「つ、通行証?」
 そういえば、さっきのガスマスクはドアを開ける時にカードのようなものをかざしていた気がする。俺は周囲の建物の入り口を全て見て回ったが、どこも通行証がないと開かない仕組みになっていた。外には誰も出てこず、ビルの窓を叩いても誰もが無視をする。先程出てきた研究所に向かってみたが、そこのドアも堅く閉ざされていた。
 ――つまり俺は、百年間眠らされてしまったのだ。たかが数千万の借金のために、百年もの間眠らされていた。
 知り合いも家族もいない、誰も助けてくれない。そんなことに今更気付いた俺は、絶望して膝をついた。
 空気が重い。淀んでいる。息が詰まるのは、この状況のせいだけではないだろう。大気汚染、地球温暖化――無学である俺には何が原因かまでは分からないが、この空気は人体に良くないのだろう。だから先程会った人物も、防護服やガスマスクをつけていたのだ。
「ああ、何てこった」
 眠っているかのように静かな街で、俺は一人だけ目覚めていた。
 ■
「それで、被験体の様子は?」
「ええ。脳に埋め込んだチップから読みとりましたが、脳波、脈拍共に正常範囲内です。思考パターンも、大体我々が予想した通りで」
「そうか――実験成功だな。コールドスリープから無事人間を目覚めさせる、という……」
「人体に悪影響が及ぶほど汚染された空気が、元の状態に戻るまでかかる時間がおよそ百年――その間を眠って過ごす人がこれから増えますからね。概ね問題はないようで良かったです」
「そうだな……これで、百年前から受け継いできた俺達の最後の仕事も終わりか。毎日眠ってるだけの男を眺める仕事なんて飽き飽きしてたが、いざ終わるとなると感慨深いもんだな。……お前も今日、眠りにつくんだろ?」
「はい。百年後にまた会えるといいですね、僕達も。空気の綺麗な地球で」
「ああ。……しかし、あの男はどうするんだろうな?」
「あの男? 被験体のことですか?」
「ああ。汚染された空気をまともに吸っていたら、数年も生きていられないぞ。通行証がないとコンビニにすら入れないし、人類はどんどん眠っていくし……日本は今年中に、人口の九十パーセント以上がコールドスリープ状態になる」
「ええ……想像したくもないですよ。これからあの男は、この地球で一人だけ目覚めているということになるんでしょうね。死んだも同然の世界で一人だけ起きているなんて――そんな孤独、耐えられそうにありませんから」


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