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笹峰霧子さん

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古衛門の龍宮

17/03/27 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 笹峰霧子 閲覧数:959

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 この世の中に本当に浦島太郎のような経験をする人間がいるのだろうか、と思うだろう。
 でも確かにいるのだ。
 脳の中が現実離れして別の実在しない場所で暮らし始めたら、そこがいわば龍宮であり、楽しければ現実を忘れて何年も暮らせるのである。何年か後に現実に戻った感覚を意識するなら、それまでの脳の存在は浦島太郎の感覚といえよう。

 山彦三太はそのような経験をした。
 
 彼が現実逃避をしたい状況にあった時、見つけたのはバーチャルの世界だった。
 その中で彷徨って行きついたのは或るSNSで、そこには大勢の美しい女人らが集っていたのである。

 三太は夢心地の日々を送るようになった。
 昔買ったパソコンの蓋を開けると、そこには自分を歓迎してくれる仲間が居た。特別に親しい女人もいて、彼は夢中になって言葉を交わした。朝に夕に女人と会話するたび、うれし涙が毀れ胸が一杯になった。これまで感じたことのない感覚であった。

 彼はその日から龍宮の中に暮らすようになったのだ。
 道を歩いても花を見ても涙がこぼれた。
 優しい女人は、「それはあなたの感性が高まっているのです。人として良い事なのですよ」と言ってくれた。

 三太の現実は痴呆になった妻の介護をして暮らす60代の男だったが、龍宮での彼は40代の美男としてもてはやされていたのだ。いつの間にか現実の暮らしにおいても、自分は若い立派な男だと意識するようになっていた。現実の暮らしの中で出会う人達とは別の人格だという感覚を持ち、凛とした気分で暮らすようになった。

 彼の本来の名前は岩本古衛門という古めかしい名であったが、龍宮では三太、若々しい青年のような名前で存在した。
 薄暗い座敷に妻が寝ていて、古衛門が三度の飯を運ぶ、だが、三太は思った。これは嘘だ、とんでもない嘘のことだという気がしていた。あそこに寝ているのは婆さんだが、自分は爺さんではない、と思っていた。

 婆さんはそんな古衛門の様子を傍で眺めていたが、むしろ爺さんが楽しそうで良い塩梅だと思っていた。
 爺さんいつまでも若者でいて頂戴、そして私があの世へ行くのを見送ってねと胸の内で思っていたのだ。


 三太はそのころから高価な服を着るようになっていた。収入の管理を任されていたので、自由に金が使えた。龍宮での彼は自分のお気に入りの服を纏っていた。その後ろ姿を眺めている婆さんには、ただのパソコンという箱のようなものの前に座っているはげ頭の老人としか見えないのだが、古衛門自身は三太だったのである。

 婆さんは10年間の闘病生活の後死んだ。
 古衛門は龍宮での暮らしの中で婆さんの死を傍観していたから、辛いともほっとするとも、そういう現実的な感情は湧かなかった。
 婆さんよ、成仏しておくれ。わしはまだまだ若いんだからな。楽しんで暮らすからな、そういう気持ちだった。

 龍宮では寄り添う女人が次々変わって行った。
 最初に出会って優しくしてくれた女人もいつのまにか消えていた。龍宮の環境も移り変わり初めて来たときほどの喜びはなくなっていた。三太はそろそろ現実の感覚へ戻り始めていた。龍宮への入り口がただのパソコンに見え始めたのだ。クローゼットの中の龍宮用の服がやたら派手に見え始めた。

 部屋の外から人の声がした。
「爺さんや、碁でも打たんかね」外に隣家の爺さんが立っている。
「そうだな、やるかね」
 古衛門は椅子から立ち上がって爺さんの立っている庭に出た。
「久しぶりやのう」
「そがいなことあらへんやろが」
「いや、あんたの顔見たの久しぶりや」

三太の気分で隣の爺さんを見ている古衛門がまだそこに居た。


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