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七瀬さん

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夕焼けの道を走る

17/03/27 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 七瀬 閲覧数:479

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 大好きだった叔父さんが亡くなったと母から電話があった。つい先ほどの話らしく、電話越しに様々な人の声や音が聞こえてきた。あまりにも突然の事で頭の中を整理しきれない私は、明日の準備と新幹線の切符の手配をふわふわとした時間の中で済ませていった。もう最終の新幹線は行ってしまったから、明日の朝一番の便を選んで、それからベッドに潜りこむ。現実感が失われた中で私は眠りに落ちていく。
 その日の夜は、叔父さんの夢を見た。

「叔父さんの後ろに乗るの、久しぶりだね」
 夕方近くの砂浜を、叔父さんの緑のバイクが走っていく。振り落とされないように私は両手を腰に回して、体をぴたりとくっつけていた。目の前の黒いジャケットから、僅かにタバコの匂いがしてくる。夕日は水平線から少し高い所で、オレンジ色に輝いている。
「そうだなあ、前に乗せた時はまだ小学生の頃だっけか。もう覚えていないだろうけど、あの頃は毎日のように俺にせがんできたんだぜ?」
「覚えてるよ、叔父さんがバイクに乗ってる姿、カッコよかったもん。でも、毎日のように言ってたかなあ」
「言ってたよ。その度にお前の親父さんに隠れてこっそりとこの砂浜を走ったじゃないか。一度見つかって、危ない事をさせるなって怒られたこともあったっけかな」
 波打ち際を誰にも邪魔されること無くバイクは進んでいく。顔を上げて横を見ると、白い波がやってきては引いたりして、潮の甘くてどんよりとした香りが漂ってくる。
「でも、乗せてほしかったの。バイクに乗って砂浜を走るのが好きだったから」
「そんなにか?」
「そんなによ。あ、でも、バイクの色は変えてほしかったかな。なんか、緑色って浦島太郎みたいじゃない?」
「浦島太郎? なんだ、それ。なんで緑のバイクだからって浦島太郎なんだよ」
「だって、浦島太郎の乗ってる亀って緑色だもの。少なくとも私の読んだ絵本はそうだったわ」
 そういうと、叔父さんはからからと笑い始めた。何がそんなに面白かったのかわからずムッとしていると、叔父さんは少しだけバイクのスピードを落とした。
「いや、悪い悪い。まさかこいつの事を亀だなんて言われるとは思ってもなかったからさ」
「子供の頃絵本で見たのはこんな色の亀だったの。だから、叔父さんの事をこっそり浦島太郎って言ってたこともあるわ」
「え、マジかよそれ、ちょっとバイク買い換えてくる」
 二人で笑い合ってると、時間はいつまでもいつまでも続いていくように感じた。このまま時が止まってしまえばいいのにって本気で思えた。
「そういや、人生は浦島太郎みたいなもんだな」
「どうしたの、いきなり」
「あいつ、竜宮城から帰ってきたら、一瞬でお爺さんになっちまっただろ? 人生もそういうもんで、あっという間にお爺さんになっちまう。気が付いたら、歳をとりすぎてるって思う事が多々ある」
「でも、叔父さんはまだお爺さんになってないわ」
「そうだな、俺はまだ若い」
 叔父さんは何の気なしに自分が若いと言ったのだと思うけど、その一言は私の中に確かな重みを伴って入ってきた。
「でも、そんな俺でも思うんだよ。もうこんな歳か、あっという間だったなあ、って。夕方にビールとか飲んでるとなおさらだ」
「昔の事を思い出すの?」
「そう、そんでもって懐かしむんだ。嫌なことも嬉しい事も、全部ひっくるめて懐かしむ。あっという間だったからこそ、味が深まる。そうだ、良い事教えておいてやるよ」
 そういうと、一度咳ばらいをして、もったいぶってから叔父さんは続けた。
「人生を楽しむ二つのコツだ。嫌なことがあったら歯を食いしばってちょっとだけ耐えろ。そうすりゃ、あっという間に過ぎていく。そんで、楽しい事があったらやりすぎるくらいに思いっきり楽しめ。じゃないと、あっという間に過ぎていく。この二つさえ覚えておけば、人生楽しくなるぜ」
 叔父さんはまたからからと笑った。その二つのコツを、叔父さんはきちんとこなしていたのだろうか。叔父さんの人生は楽しかったの、そう尋ねようとしたところで、黄色いレストハウスの屋根が見えてきた。それは、この砂浜の終点を意味していた。
「ほれ、ついたぞ。ここからなら歩いてでも帰れるよな」
「うん、ありがとう。叔父さんはこの後どうするの?」
「もう少しだけ走ってこようかな。なんとなくそんな気分なんだ」
「そっか、わかった。気を付けてね、いってらっしゃい」
「お前も気を付けて帰れよ」
 そう言い残すと、叔父さんは私に背を向け海に向かって走り出した。沈みかけの夕日が、綺麗なオレンジ色の道を作っていた。その道を、叔父さんを乗せた緑のバイクがまっすぐに進んでいく。きらきらと水しぶきをあげて、ゆっくりと叔父さんは海の上を走り抜ける。水平線の向こうで叔父さんが夕日と一緒に消えてしまうまで、私はその背中を見続けていた。


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