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真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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かげろうと

17/03/27 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 真早 閲覧数:1169

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 或る日、浦島太郎は虐められていた亀を助けました。
 しかし亀は竜宮城へ連れて行くどころか、実は命の短いカゲロウでした。
 カゲロウは浦島太郎の側で命を永らえます。
 そんなお話。


 まあ、自分も浦島太郎ではないか。ノートパソコンの画面を眺め、そう八木は思った。
 八木の傍らにはガラスで仕切られた無菌室があり、中ではカゲロウもとい梶がベッドに体を横たえて、虚ろな眼差しを天井に向けている。元々痩せていた体は骨のようになり、入院着の襟からは浮き出た肋骨が覗く。頬は痩け果てて目は窪み、ただ頭蓋骨に皮が貼り付いたような様相だった。
 彼は難病指定された免疫系疾患に係っており、半年の余命宣告を受けてから三年、治療により命を繋いでいる状態だった。治療法はあるにせよ特効薬はなく、致死率の高い病気だった。
 毎日、祈るような気持ちで眠りにつき、朝を迎えては安堵し、大量の薬と点滴による治療を受けて検査をする梶を、八木は三年間病室に泊まり込み見守ってきた。
 必需品は知り合いに頼んで持って来てもらい、病院から一歩も出ることなく過ごす八木は、ここがまるで竜宮城のようで、そこに浦島が亀を連れて来たとは可笑しな話だと自嘲した。
 見守られる男と見守る男、自分達の関係は一体どういうものなのか、持て余した頭で準えてみたりする。しかしやはり浦島太郎は違うようにも思え、八木は苦笑した。
「兄さん、なんか面白いことでもあったのかい」
 ガラスの向こうから、梶はか細い声で尋ねた。出会った時の名残で、梶は八木を兄さんと呼ぶ。
「別にないよ。調子はどうだ?」
 インターフォンを使い、八木は梶に答え、そして問うた。梶は、微かに口角を上げる。
「良くないよ。病気なんだから」
 ご尤もだと、八木は思った。
「何なんだよ、俺はさ。薬漬けで、実験台にされて」
「ああ」
 毎日毎日天井を見上げるだけの日々で、梶が卑屈になるのも無理からぬことだ。その為か、梶は八木の機微に敏感だった。
「あの時に死んでおけば良かったとつくづく思うよ」
「ああ」
 三年前、梶が暴漢に絡まれていたところを八木は助けた。梶は身寄りもなく、家もなかった。病の宣告をされ、自棄になり死のうとしていた彼を病院に連れて来、治療を受けさせたのも八木だ。
 その負い目から、八木は一人で死にたくないと言う梶の側に三年間付いてきた。この三年間は、梶が心を腐らせていく過程を見てきた年月でもあった。
「くそが。あの時余計なことをするから、俺はこんなことになってんだ。くそ」
 口汚く嘆き、弱く拳を握る梶に、八木はただ頷きだけを返す。それが余計に気に食わないらしく、梶は尚も嘆き、八木を責めた。
「元気なあんたには分かんねえよな。死にたかったよ俺は。この偽善者が」
 梶が起きている時、何かにつけて彼の八木に対する責め句は始まった。腹立だたしく、もう言ってくれるなよと八木は内心思うが、最初の内こそ口論もしたが、今では痩せ衰えた梶を見るに、彼の言い分をただ受け止めようという気にさせた。
「兄さんは、新薬の開発の為に治療を受けろと言ったよな。死ぬなら、役に立って死ねってな」
「ああ」
「なら、あんたがやれよ。やってみろ。こんな、生きてんだか死んでんだか、毎日毎日……」
 梶は重そうに細い腕を持ち上げ、閉じた瞼の上に手の甲を乗せる。
 医療の進歩には、より多くの症例が必要だ。故に、指定難病には補助金制度がある。その制度を教え、八木は渋る梶を説得した。命を使い果たし、死さえも無駄にならない人間は少ない。死ぬなら、その為に死せよとも言った。
 梶の唇が震える。喉の奥から嗚咽が一つだけ漏れた。
「……死にたくねえ。死にたくねえよ……。何で……」
 絞り出された梶の声に八木は唇を引き締め、ゆっくりと頷いた。治療の故とは言え、半年の命を三年まで永らえたのは梶の生命力あってこそだと八木は感じていた。毎日、どんな気持ちで眠り、朝を迎えるか分かっているつもりだ。生き永らるだけ、生への執着も強くなっていく。それでも待ち受けるのが死だけなら、こんなに残酷なことはない。八木こそ、一時の縁とは言え梶が死んで何も思わぬほど冷酷でもない。
「生きよう」
 受話器を握り締め、八木は強く告げた。


 五年後、L社より免疫系疾患の新薬が開発され、臨床試験が始まった。L社は小さな製薬会社だったが、多額の資金援助により、想定よりも早く実現した。
「梶、薬ができたよ」
 しかし梶は、物言わぬ石だ。
 二年前に、梶は亡くなった。竜宮城の外に出ても六年は六年しか経っていないが、片翼に思えた梶を喪った八木の心情は、孤独そのものだった。
 それでも今、彼は薬の中で生きていると八木は思う。
 八木が竜宮城で自ら拵えた玉手箱は、L社の株券だ。ここに、梶と過ごした時間の続きが入っている。


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