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とよきちさん

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ファミレスゾンビ

17/03/10 コンテスト(テーマ):第129回 時空モノガタリ文学賞 【 都市伝説 】 コメント:0件 とよきち 閲覧数:592

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 ゾンビと言えばショッピングモールと往々にして相場は決まっているけれど、ここ最近、うちの地元ではファミレスにゾンビが出没するらしい。それも僕の家からそれほど離れていないファミレスでだ。美しすぎる秘書ならぬ、身近すぎるゾンビだ。
 もちろん比喩的な意味だろうけれど、それが何を指すのかは僕も知らない。聞かされていない。その真相を知ったのは、そんな突拍子もない噂を聞いた、約一週間後のことだった。

 友人と食事をするために僕はたまたま例のファミレスに出向いた。
 すまん遅れる、という友人の連絡をもらったので、僕は仕方なく先に一人で店に入ることにした。店内は明るく、地元の小さなファミレスにしては瀟洒な雰囲気を持っている。クラシカルなBGMは天井についたシーリングファンによってゆっくりと店の隅々に染みこんでいるようだった。
 店員に案内された窓際の席で、僕はお冷やに口をつけながらそれとなく店の中を見回した。もちろん例の噂が頭によぎったからだ。ゾンビが出没する、という比喩からしてそれは店の中の誰かを指しているはず。何かの催しで作り物のゾンビが置いてあるという可能性も考えたが、それらしいものもない。だったなら、ほぼ二択になるだろう。
 店員か、もしくは常連客か。そのどちらかだ。
 店内を歩き回るウェイトレスをチェックするもそれらしき人はいなかった。他の席に座る客にも目を向けてみても見つからない。ゾンビと呼ばれるくらいなのだから、何か特徴があってもおかしくはない。火のないところに煙は立たないけれど、煙が見えなければ噂も立たない。今日はノーゾンビデーなのだろうか
 しかしゾンビの代わりに、僕は異様に気になる人物を見つけた。
 窓際にいる僕から見て、通路を挟んで隣の席にその人は座っていた。えらくがっしりとした体型で、えらく姿勢がいい。銀色のフォークとナイフをそれぞれ手に手に持つその姿は、無駄に長いテーブルで食事をする貴族を連想させた。男爵、という言葉がふと浮かぶ。
 男爵のテーブルにはステーキが三つも乗っていた。それを彼は器用に切り分けて口に運ぶ。上品に、リズミカルに、黙々と。同じステーキを三つも頼むのだから、相当に気に入っているんだろう。僕も一つ頼んでみようか。
 よどみなく流れるような食事は見ていて少し感動するくらいだった。ナイフとフォークを巧みに扱うその仕草は、非の打ち所がないように見える。ファミレスの光景としては逆に異様だった。
 けれどその流れは突然、ぷつりと途切れる。男爵の動きがぴたりと止まったのだ。フォークとナイフを持ったまま、背筋をピンと張ったまま、微動だにしない。
 それから彼は、ぽつりと呟く。
「ゲッコウ」
 それから男爵はまた何ごともなかったかのように食事を再開した。
 僕は思わず首を捻った。ゲッコウ? どういう意味だろうか。もしかしたら、『結構』と言ったのを聞き違えたのかもしれない。あるいは美味しいという意味の、どこかの国の言葉だろうか。興味を惹かれた僕はしばらく観察しているうち、その予想がどちらも外れていることを知った。
 男爵は一度ならず二度も三度も食事を中断した。ナイフとフォークを両手に動かなくなる。それから、同じように呟く。けれどその言葉はいずれも違うものだった。
 ため息、ボレロ、ノクターン――意味不明な言葉を男爵は呪文のように唱える。その姿は不気味にすら感じた。時折り鳴る、彼のナイフがステーキの鉄板を削る音ですら恐ろしいものに聞こえてくる。
 時計を見る。友人はまだこない。遅すぎる。先に注文を頼むわけにもいかず、かと言ってこの場はどうにも居たたまれない雰囲気だ。男爵の動きがまた止まる。また呟く。食事が再開される。そしてまた、男爵は静止する――
 あ、と僕の口から自然と声が漏れた。
 わかった。彼の行動の意図にようやく気づいた。
 途端に僕は安堵する。正体見たり枯れ尾花、さっきまでの不気味さはさっぱり消え去って、どころか僕は、男爵に少しの親しみすら覚えた。
 その糸口はタイミングだった。彼が手を止めるタイミングに法則性がある。男爵が止まるのは決まって、店内のBGMの曲の変わり目だ。
 つまり――つまり彼は曲の名前を当てて、それを口にしていただけだった。
 僕も知っている曲であれば友人と一緒に『これってあの曲だよね』と言いあう時があるから、わからなくもない。最初の『ゲッコウ』はあの時流れていたベートーベンの『月光』のことだ。その後に呟いていたのも、たぶんクラシックの曲名だろう。
 そしてもう一つ、わかったことがある。
 それは彼が、男爵が、噂の『ゾンビ』だということだ。悪趣味なネーミングセンスではあるけれど、なるほど言い得て妙ではある。
 なぜならゾンビとは往々にして、肉を好んで音に過敏な生き物だからだ。
 


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