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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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桜雪姫

17/03/03 コンテスト(テーマ):第129回 時空モノガタリ文学賞 【 都市伝説 】 コメント:6件 秋 ひのこ 閲覧数:1199

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 S県立小児病院は、駅を挟んで山側にある。
 会社から駅まで歩き本来電車で帰宅するところを、駅からバスに乗って丘の上の終点で降りるのが、この春から勇一の日課だ。

「お父さん、おかえり」
 病室のベッドで愛加はぱっと顔を輝かせる。
「ただいま。はい、お土産」
 父ひとり子ひとりである。この春、突然胸の痛みを訴え、病院に連れて行った。まさかそのまま入院になるとは思わなかった。まだ七歳。内臓機能の低下。原因は、不明。
 手渡した2冊の本に、愛加は歓声をあげた。
 『恐怖の都市伝説』と『衝撃!都市伝説』。愛加は大のホラー好きだ。すでにベッド脇には家から持ち込んだ本と新たに買った本が山積みとなっている。入院が長引き、退屈なのか近頃は自分で勝手に「伝説」を考えてノートに書くようにもなった。
「ここの病院はね、戦争の時に爆弾が落ちたんだけど、入院していた子供は実は全員地下に非難して無事だったの。それなのに、死んだと思われて誰も助けにこなかったの。だから今も開かずの地下室があって、閉じ込められた子供たちが……」
 さもありなんな話を器用に作り、愛加は喜々として勇一に語る。本当はホラーが苦手な勇一だが、それしか楽しみがない娘にそれは言えない。

 
 夏と言えば怪談である。本屋の特設コーナーで片っ端から関連本をあさり、愛加へ届ける。DVDも一緒に観た。何度も観た。勇一は夜道を駅へと戻るバスの中で窓ガラスを見ることすらできず震えた。

 秋がきて、愛加の体力が目に見えて落ち、冬になるとベッドから起き上がれなくなった。
 勇一はありとあらゆるネタを仕入れて話して聞かせたが、連日連夜語られる身の毛もよだつ話の数々に、悪夢にうなされ不眠気味だ。


 三月。入院してちょうど丸一年目にあたる日に、医師からこれ以上はもたないと告げられた。
 勇一は泣いた跡が落ち着くのを待ってから病室へ戻り、「新しい話を先生から聞いてきたぞ」と意気込んでみせる。そして、ひとつ咳払いし話し始めた。
「四月に雪が降ったら、桜雪姫が現れるんだ。桜吹雪に混じって降る雪が、桜雪姫を連れてくる。桜雪姫は幸運の証で、……選ばれた者にはこの世のものとは思えない幸福が約束される。だから、どうせなら、四月までがんばろう。桜雪姫に見つけてもらおう」
 愛加は不思議そうに半分開けた目で勇一を見上げている。
「今年来なかったら、来年、再来年まで待てばいい」
 四月に雪など降りはしない。桜雪姫など来ない。だからこそ、来ない雪を待って一日でも長く生きて欲しい。一方で、どの道長くない命なら、せめて四月まで、せめて桜が咲くまでは――。
 支離滅裂だった。
 八歳の子供が作る話の方がよほど聞くに堪えうる。
 勇一は己の貧相な発想にうなだれ、再び泣いてしまいそうになるのをごまかして鼻をこする。
「……きひめさまは、えらんだひとを、つれていくの?」
 切れ切れの声がして勇一がはっと顔をあげると、半分閉じた瞼の奥から乾いた瞳がこちらを見返していた。
「連れて……」
 行かない、行くもんか、と言いかけて勇一は改めて愛加をまじまじと見る。
 異様なほど厚みがない布団。もう栄養がどうやっても届かない痩せこけた肌。体中管だらけで食事も排便も自力でできなくなった、我が子。
「伝説の桜の国へ、連れて行ってくれる。選ばれし者だけが、そこへ行ける」
 極楽や天国、という言葉だけは使いたくなかった。だから勇一は必死に頭を絞る。
「そこはめっちゃくちゃ楽しくて楽しくて仕方ない所らしい。だから愛加の好きな幽霊や怪奇現象はないかもな」
 勇一なりのユーモアでニヤリと笑ってみせると、娘は僅かに頬をゆるめた。 

 
 ぽつぽつ桜が咲き始めると、愛加の睡眠時間がうんと長くなった。そして病室の窓から見下ろす斜面が淡紅に彩られる頃には、丸一日目覚めない日も珍しくなくなっていた。
 
 その日は低い雲が垂れ込め、風が強かった。ああ、これで桜も終わりね、と誰もが寂しそうに丘を見上げる。昼を過ぎたあたりで、雲の合間から柔い陽光が差し込んだかと思うと、空から白いものが舞い降りてきた。
「あらまあ、雪」
 機器を点検に来た看護士が窓の外を見て声をあげる。
 椅子でうとうとしていた勇一がはっと目を開けると、確かに、天からこぼれるように無数の白雪が堕ちてくる。
「四月なのにねえ。道理で朝から寒いと思った」
 朗らかに言い、次いで「あら、愛加ちゃんお目覚めね」と声を輝かせた。勇一は慌てて傍らの娘にしがみつく。愛加はうっすらと目を開けていた。
 焦点の合わない視線を勇一から窓に弱々しく移し、「あ」と小さく声をあげて薄く微笑む。
「桜雪姫さま、なんだ、お母さんじゃん」
 白い花びらと雪が風に乗り、天へ昇っていくように見えた。


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このストーリーに関するコメント

17/03/10 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
ただただ切ないです……後半、画面が滲んで大変でした。
そして最後の娘さんの台詞で……はい、泣きました。
素敵な感動作品を有り難うございました。m(__)m

17/03/11 秋 ひのこ

のあみっと二等兵さま
こんにちは。感想をいただきありがとうございます!
のあみっとさまのお言葉に、むしろこちらが胸が一杯になり泣きそうになりました(苦笑)。
私はこの話の父親同様、ホラー映画やホラー小説が苦手なので、皆様をあっと言わせるような「都市伝説」を創造することもできず、結果このようになりました。
よくよく考えたら、この父親は妻のみならず子供まで失ってしまうという辛い設定の主人公です……。
嬉しいコメントをありがとうございました!

17/03/18 むねすけ

読ませて頂きました
娘のホラー好きに付き合ったお父さんが夜のバスの窓ガラスを見られない
細やかな描写も全てストーリーの本流に生きていて
濃密な世界に含まれました
切ないお話ですが、ラストシーンに吹いた風に春が見えました

17/03/19 秋 ひのこ

ねむすけさま
こんにちは。コメントをいただきありがとうございます!
怖がりのお父さんは、ホラーが苦手な私自身を反映しました(笑)。
ほかの方が書かれるような「恐ろしい系」の都市伝説を考えられなかったので、そんな私が考えた話=お父さんが考えた話=桜雪姫伝説、となった次第です(苦笑)。
ラストを含め、全体的にちょっとベタですが「救い」を感じていただければ本望です。ありがとうございました。

17/03/31 光石七

拝読しました。
泣きました……
【都市伝説】というテーマで、こんなに愛に満ちた切ないお話になるとは。
悲しさの中にある温かみとラストの美しい描写が印象的でした。
素敵なお話をありがとうございます!

17/04/01 秋 ひのこ

光石七さま
こんにちは。感想をいただきありがとうございます!
私自身、ホラーが苦手なため、皆さまが思いつくような「怖いアイデア、不気味なアイデア」が出てこず、こうなりました。
(冒頭で娘が語る「戦時中の病院で閉じ込められた子供の話」もありきたりですよね。この程度なのです。私がホラーを語ると……/苦笑)
最後の桜雪姫登場の場面(?)では、実は当初は「お母さん」という描写はなかったのですが、「お母さん」とすることで娘にもお父さんにも少しでも「救い」になればと、投稿前日に変更したのです。

「泣きました」のコメントにむしろ私の目が潤みそうになりました。
ありがとうございました。

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