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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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大人の子供の日

12/04/03 コンテスト(テーマ):第三回 時空モノガタリ文学賞【 端午の節句 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:4028

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丘の上の、ゴルフ場をおもわす広大な芝生がひろがる庭のただなかの、これまた途方もなく大きな邸宅に、三々五々、人々がはいってゆく。

きょうは子供の日。しかしかれらの年恰好はどれも、どうみても還暦はすぎていて、なかには頭がすっかりはげたのや、まがった腰を杖でささえているものたちの姿も目についた。

共通しているのは、かれらのそのあきらかに富裕層とおぼしき、高価ないでたちだった。そこいらで売っている安価なレディメードを着ているものなど、ひとりもいなかった。

前田金次郎もそのなかのひとりだった。ラーメン店『ン・メーラ』の経営者で、店舗からのびる長蛇の行列がよくテレビで紹介されている。

「前田さん」

金次郎がふりかえると、みおぼえのある顔が、あいそよく笑っている。

「城崎です」

そうだった。週刊誌かなにかで、この男の写真をみていた。最近めざましい躍進ぶりをみせているドラッグストア『きのさき』の、創設者だった。初対面のはずだった。おそらく彼も、テレビかなにかで紹介された、『ン・メーラ』の金次郎をおぼえていたのだろう。

「あなたも、きょうの催しに?」

「ええ、そうなんですよ。戦後生まれの、なにもない時代に育った、わたしもひとりですから」

金次郎は、深々とうなずいていた。
つぎはぎだらけのズボン、何日も風呂にはいらないので臭く垢だらけのからだ、シラミのわく頭―――極貧があたりまえだった時代に、彼もまた少年時代を過ごしたのだ。

「きょう子供の日をおくる、なに不自由のないめぐまれた家庭の子供たちには、想像もつかんでしょうな」

「まったく、まったく。鯉のぼりなんて、夢のまた夢だった」

二人は玄関の、みがきたてられた上り框で靴をぬいだ。

きょうの集まりを主催したこの家の主の迫田幸三もまた、無一文からはじめて今日の財を築きあげた成功者だった。

金次郎がこの集まりをしったのも、webでみた迫田のホームページだった。


子供の日に、家に鯉のぼりがなかった大人のみなさん、わたしのところでいまいちど、鯉のぼりをみませんか―――


そんなフレーズに、金次郎は目をうばわれた。

暮らしにも余裕ができ、いまでは欲しいものはなんでも手にはいった。しかし子供のころにかなえられなかった5月5日の鯉のぼりを、壮年期にはいったいまみることなど、できっこないとおもっていた。

それを迫田さんは、かなえてやろうといってくれているのだ。いったい、どのような形で………

広間にならぶいくつものテーブルにはすでに、参加者たちがとりかこんでいた。そのなかの見知った顔と、金次郎は会釈をかわした。

部屋の片側は、舞台になっていて、いまそこには落ち着いたえんじの幕が垂れ下がっている。

その幕のはずれにあるドアが開き、恰幅のいい和服姿の迫田が姿をあらわした。

「ようこそおこしくださいました。きょうは子供の日、われわれにとっては、大人の子供の日です。子供のころ、よその家の屋根にひるがえる鯉のぼりを、羨望の目でながめたみなさんの、みたされなかったのぞみをきょう、わたくしとともにかなえようではありませんか」

彼はそれ以上、多くを語らなかった。広間に集まったみんなの、しだいにわきあがってくる関心を、つまらないおしゃべりで水をさしたくはなかった。

では、さっそくとばかり、彼は舞台の端にむかって合図をおくった。

幕はあいた。

舞台中央にたちつくす、羽衣かと見まごう軽やかな衣装をはおったひとりの女。

「鯉のぼりはどうした?」
金次郎は、そんなやじがとぶのをまった。がどうやらだれもが、いきなり出現した女の、衣装では覆いきれないその輝くような魅力にあふれた肢体に見とれているもようだった。

女は、ゆっくりと足をかえした。

同時に肩から、ひらりと衣装がすべりおちた。

一尾の鯉がいきおいよく、女の背中に身をおどらせたのは、そのときだった。

そう見えたのは一瞬でそれは、背中一面に彫られた刺青だった。

大人の子供の日。

もうわれわれは子供にはかえれない。

金次郎は、みんなの顔に一様に張りついたそのような表情を、どこかさびしい気持ちで見まわした。









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