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田中あららさん

出没地 上高地
趣味 登山
職業
性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

投稿済みの記事一覧

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カツラの木の下

17/11/29 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:112

 冬季は閉鎖される山小屋だが、エミは小屋の主人に頼み「雪かき」と称して入山した。銀世界をひとりで満喫したかったのだ。開山期にはスタッフとして働くエミは、小屋の勝手を知っていた。最寄りのバス停からスノーシューを使って歩くこと3時間、小屋は雪に埋れていた。ラッセルしながら入り口にたどり着きドアを開けると、中はしんと静まり返っていた。土間がスペースの半分を占め、客用ダイニングとしてテーブルと椅子が並んで・・・

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レイラ

17/11/11 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:132

 全ての線は美の線である。一線も描けないのは、ためらったり迷ったりしているからだ。

 誰が言った言葉か忘れた。大きな紙に言葉を書きなぐり壁に貼り、創作の支えにしてきた。今はその言葉さえ虚しい。自分は何を描きたいのか、どういう手法で何を表現したいのかわからない。
 涼子の実力で、油絵で食べていくのは難しい。注目された時期もあったが、人々の心に長く残らなかった。力作と自負した作品が・・・

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ノースマホ

17/11/03 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:205

 美沙は駅前のポチ公銅像の前で、悟が来るのをかれこれ30分ほど待っていた。腕時計に目をやるとすでに1時20分、約束は1時だった。いつもならラインで連絡を取るのだが、今日はスマホを家に置いてきたので連絡手段がない。ポチ公前には大勢人がいて、皆スマホの画面に釘付けだ。ぼーっと立っているだけなんて、なんと無駄な時間!と心の中でつぶやいた。その時不意に、背後から肩を叩かれた。振り向くと悟が笑っていた。

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三徳

17/10/14 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:210

 この家に育った三枝子は、敷地の片隅に建つ土蔵にはなんども入ったことがある。入口の扉を開けると、色のあせた漆喰塗りの土間がある。土間の先は一段高くなっており、引き戸の手前にねずみ返しがついている。ねずみ返しは、板を斜めに差し込みオーバーハングさせ、ねずみが中に入れないようにしたものだ。重い漆喰の引き戸を開けると、さらに鉄格子の引き戸があり、丈夫な南京錠がかけられている。蔵が建てられた時から使ってい・・・

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白雪姫の毒リンゴ

17/09/20 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:240

 パフィンマフィンの礼子さんが昨日焼いたのは、アップルマフィン。信州の農家から取り寄せた秋映という品種は、シャキシャキ感、香り、甘み、酸味のバランスが素晴らしく、そのまま食べても美味しいが、おかし作りにも適していた。一口大にカットしたものをコンポートにし、生地に混ぜてオーブンで20分焼けば、アップルマフィンのできあがり。
 礼子さんは1年前、自宅の片隅を改装して菓子製造業の許可をとり、商号を・・・

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とはいえ

17/09/17 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:168

 彼は父親の意思を継ぐべく、法曹界入りを目指していた。司郎、父親がつけた名前にも司法の司が入っていることから、司郎は父親の期待を背負っていた。
 父親が死んだ時、彼は高校1年生だった。父親が経営していた法律事務所は、敏腕の弟子に引きつがれ、株主である小野家の収入源となっていた。そして司郎はいずれ、そこの経営に関わるつもりだった。
 そもそもが小学生の頃、尊敬する父親に向かって「僕、T大・・・

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特定保健指導

17/09/01 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:210

百合子の今日の訪問先は、親しい先輩のいる中堅医薬品会社の本社だった。先輩とはウマが合い、卒業後も気楽な付き合いをしている。
 彼女は特定保健指導の相談員だ。特定保健指導は、健康診断でメタボリックシンドロームと判断された人が対象となり、任意で行われる。相談員は、特定保健指導を請け負う会社に所属する保健師、看護師、管理栄養士などである。
 百合子は管理栄養士だ。肥満を解消することで、検査・・・

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正人の憂鬱

17/08/18 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:267

 正人が書くものは、数式だけではなかった。自室にある一畳ほどの大きさの黒板には、頭に浮かぶアイデアや疑問などがあちこちに書かれていた。真ん中は現在進行中の課題であり、象形文字のような悪筆で主に数式が占領していた。正人は、憂鬱を抱えた数学科の学生だった。

 彼は小学生の頃、少なからず自分の書く字に対してコンプレックスを持っていた。彼はまっすぐにかけず、一つ一つの字もどこかアンバランスな・・・

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二人が歩く前にしてのけたこと

17/08/08 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:225

 優子は二卵性の双子を産んだ。男の子だった。

 息子たちが生まれてから、優子は常に寝不足だった。夜中だろうと明け方だろうと泣き声で起こされた。同時ならまだいいが、そうはいかない。一人の授乳を済ませてうとうとしていると、もう一人が泣き始める。いつもどちらかが起きているような日常の中、2時間続けて眠りたい…それが一番の願いだった。ちなみにその願いがかなったのは3歳になってからだ。
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旅人

17/07/30 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:182

 彼は詩人であり、思想家であり、旅人だった。招かれればどこへでも行き、詩を朗読し、彼を招いた熱き思いの人々と語り明かした。出された食事や酒は、ささやかであろうと豪華であろうと、なんでも感謝して食べた。持ち物は少なく、ずた袋に入っているものは着替え1組、手帳、数冊の本が全てであり、定住地はなかった。タゴールの「我家のないものは、全世界を住処とすることができる。友無き者には他人はいない」の詩文に感銘を・・・

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フグ

17/06/25 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:514

 リアス式海岸の小さな町は、複雑に入り組んだ海岸線のわずかな平地と小さな谷あいに家々がへばりついていた。水田はほとんど見られず、畑は山に向かって石垣で段々に上がっていき、柑橘類の栽培が盛んだった。みかん畑から見下ろす海は、穏やかで美しかった。

 葉子の家は、目の前が海だった。正確にいうと、海と家は船着場と堤防に阻まれていたが、海までの距離は徒歩10秒だった。船着場は小さな子供が一人で・・・

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アキラ

17/06/09 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:357

 一枚の集合写真がある。30人余りの男女がカメラを見て笑っている。背景には白い砂が写っていて、どこのビーチかわかる人にはわかる。もちろん私にもわかる。だが、そこに私はいない。

 アキラは東京に住んでいた。古い都営アパートを借りていて、60歳に届こうという年齢で一人暮らしだった。両親の顔を知らず、唯一の親族だった祖母が他界してからは天涯孤独の身の上だったが、友達は多かった。

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17/06/04 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:268

 愛ちゃんの布団の傍らには、おばあちゃんが付き添っていた。昨夜から熱を出し、赤い顔をして寝ている愛ちゃんを時々心配そうに見て、額の濡れ手ぬぐいを取り替えていた。
 愛ちゃんは目を開け、おばあちゃんがそこにいるのを確かめると「おばあちゃん、ここにいてね」と言い、おばあちゃんが「ずっといるからね」と言うと、また眠りに落ちた。
 愛ちゃんはおばあちゃんっ子だった。大好きなおばあちゃんがそばに・・・

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休日の休日

17/05/29 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:259

 俺は待ちに待った定年退職の日、空は青空、心は晴れやか、まさに前途洋々だった。花束を受け取り、多少の感傷を持ちながら会社を出たときは、退職後にすること、やりたいことが盛りだくさんの計画を用意していた。
 会社には非常勤として残ってくれと言われたが、すっぱりやめて、遊ぶ人生を選んだ。誰がもう働くものか!と心に決めていた。
 最初のひと月の計画は、とにかく寝たいだけ寝て、起きたいときに起き・・・

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タバコの煙(高橋君への手紙)

17/05/07 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:292

親愛なる高橋君

 お久しぶりです。お元気ですか。
私の方は昨年と同様山小屋での仕事が始まり、毎日そばを茹でたり定食を作ったり、お泊まりのお客様の天ぷらを揚げたりしております。春のピークである地獄のゴールデンウィークがまさに終わろうとしている最中、いつものことながらいささかうんざりする出来事があり、ペンをとった次第です。

 昨夜仕事が終わりまったり過ごしておりました・・・

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サツマイモ

17/04/29 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:299

 パフィンマフィンの礼子さんが今日焼いたのは、焼き芋のマフィン。マフィンの型に生地を流し込み、真ん中に大きめにカットした焼き芋を差し込んで業務用オーブンで20分焼けばできあがり。他には定番のブルーベリーマフィン、人気のチョコマフィン、おかずを使ったひじきマフィンと切り干し大根マフィンを焼いた。
 礼子さんは1年前、自宅の片隅を改装して菓子製造業の許可をとり、商号を「パフィンマフィン」とした。・・・

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電車デート

17/03/22 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:363

「危険!使用禁止!」の看板のたてられた壊れた吊り橋を渡ろうとする人はいない。それにとっくに見た目にも渡れないことがわかるほど朽ちていた。かつて吊り橋は、隣の村に行く近道であり、それが唯一の道だった。10kmあまり下流に橋ができ、車社会となってからは使われることが少なくなり、朽ちていくままになった。
 下流の橋の横には鉄橋があり、3両編成の黄色い電車が走っている。全線20kmの小さな路線は、旅・・・

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真矢の決断

17/03/21 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:446

聡子の話
 私の理想は、夫が生活や将来の不安がないぐらい十分に稼いでくることが基本である。そのために私はサポートをする。共通の趣味である美術館やコンサートに行った後、洒落たレストランで食事をし、たまには遠くに旅行する。穏やかに言葉を交わし、微笑み合う生活だ。
 今の私といえば、生活を支えるための仕事をしている。夫が起業して社長夫人でいられた時期もあったが、ほんのいっときだった。娘の教育・・・

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市役所の小人

17/02/18 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:366

 ケン太の家は市役所の隣にあり、部屋からは市役所の建物と駐車場が見える。風情はないが、夜は車の出入りもなくひっそりしている。
 高校受験が2ヶ月後に迫る冬休みだが、ケン太は勉強に身が入らなかった。パラパラと参考書をめくってはいるが、頭に入ってこないのは、今に始まった事ではない。
 
 外はすでに暗く、出歩く人は少なかった。
「おい」外から抑えたような低い声がした。
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麦穂

17/02/15 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:350

 戦争中のことだった。
 幸子の家では疎開をしてきた学生が下宿をしていた。名は泰三。
 泰三は街での空襲が激しくなったことを機に、学校を休学し、造船所での仕事がある当所を疎開先として決め、薄い縁のあった幸子の家に下宿することになった。
 田舎の百姓社会に育った13歳の幸子から見ると、泰三には教養があり、洗練され、知らないことをたくさん教えてくれる兄のような存在だった。泰三に教えて・・・

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白いワンピース

17/02/08 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:472

 母は72歳で自動車免許を返上した。前年、脳梗塞で左足が不自由になったからだ。
 田舎で暮らすものにとって、車が運転できないということは、好きな時間に出かけられないということだ。それでも実家は、徒歩10分以内に銀行、病院、スーパーがある田舎の中心部だったので、まだマシだったかもしれない。
 足は不自由なもののまだ元気だった母は、人より時間をかけ歩いた。

 ある時、母はガレ・・・

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