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吉岡 幸一さん

出没地
趣味
職業
性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの記事一覧

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マーラーと工事現場の警備員

17/06/18 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:72

 静けさを求めて郊外のマンションに引っ越して来たばかりだというのに、彼は昨日から騒音に悩まされていた。
 フリーのDTPデザイナーを自宅でしていた彼は日中だけでなく一日の大半をこのマンションで過ごしていた。
 向いのマンションが取り壊されるなんて不動産屋からは聞いていなかった。
「近くに学校もスーパーも駅もない代わりに静かな環境ですよ」
そんな言葉を真に受けたのが悪いのか。・・・

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いにしえの彼女のためのパヴァ―ヌ

17/06/11 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:109

 公園の真ん中には大きな池があり、その周りはジョギングコースになっていて早朝から夜まで人が走っている。
 今朝は絹糸のような小雨が降っていたが走る人はいた。アスリートと呼べそうな体つきの人は天候に関係なくいつも走り続けている。一周二キロ、走りやすいように弾力のある塗装のされている路面は足をやさしく守ってくれている。
 僕はアスリートではないが毎朝池の周りを三周だけ走っていた。秋に開催さ・・・

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埋蔵金を探しているって本当ですか

17/06/02 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:100

「埋蔵金を探しているって本当ですか」
 塀の向こうから純子は体を乗り出して聞いた。隣の庭で老人が手押し車で運んできた土をおろして山にしている。老人は山の上に乗ってスコップの背で土を押し固めていた。
「誰に聞いたんだ。俺はただ庭に富士の山を作っているだけだ」
「夫が言っていたんですよ。家の裏の崖に穴を掘っているのは、埋蔵金を探しているからだって」
「なんだ。覗き見していたのか・・・

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拾った手紙

17/05/09 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:107

 公園入り口の郵便ポストの下に手紙が落ちていた。宛先を見ると「斉藤裕太様」住所はここから歩いて五分のところだ。白い長3封筒に筆ペンを使って達筆な字で書かれてある。差出人の名前はなかった。
 きちんと投函していなくて落ちたのだろうか。拾ってポストに入れてあげればそれで充分なのだろうが、僕は直接届けることにした。別に下心があったわけではない。行きつけの定食屋の近くだから昼飯を食べに行くついでに届・・・

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こぼれ桜

17/05/09 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:116

 息を飲むような満開の桜の木の下で妻と大家さんが話している。話し声は風に運ばれてアパートの二階の夫のもとまで届いてくる。夫は窓辺に腰かけ桜と妻と大家さんをぼんやりと眺めている。桜の奥にある川はコンクリートの壁に囲まれていて川底が浅い。とても生き物が住んでいそうには思えない。
「こんなにりっぱな花が咲くんですね」
 妻は花びらの先に手を伸ばし、そっと触れている。
「毎年この木は花を・・・

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白と黒のトンネルシュークリーム

17/05/02 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:172

 気がついたらトンネルの中を走っていた。学習塾までの道のりにトンネルはなかったはずだが、と思いながらも車を走らせていたが、このとき俺はそれほど深刻に考えてはいなかった。
 いつもなら家から学習塾まで高三になる娘を迎えに行くのだが、この日は夜遅くまで残業をしたため初めて職場から学習塾までの道を運転した。記憶ではトンネルはなかったはずだが、知らない間にトンネルが作られていたのかもしれないと思い、・・・

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喜びと悲しみが溶け合った味のするケーキ

17/04/27 コメント:3件 吉岡 幸一 閲覧数:359

「喜びと悲しみが溶け合った味のするケーキを探さないといけない」と、妻が急に言い出した。
 いったいどんな味なのか想像することもできない喩えだ。甘くて苦い味なのか、濃厚で堅いケーキなのかさっぱりわからない。言った妻自身も食べたことがないから味なんてわからないという。
 妻の母、僕からみれば義母が亡くなる前に食べたいと言ったのがそのケーキだというのだ。結局そのときはすでに食べ物が喉に通らな・・・

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嘘つき太郎と名主の娘

17/04/20 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:157

 あれからどれほど月日が流れただろう。
 竜宮城から戻ってきて以来、浦島太郎は毎日朝日がのぼり日も落ちるまで海を眺め続けていた。
 雨の日は傘を差し、雪の日はぼろ布をまとい、夏の日は裸で砂浜に座っていた。海風で白髪は擦り切れ、あご髭も千切れ、日焼けした顔は表情もわからないくらいだった。
 ただ海を一日中ながめている老人を村の人々は気味悪がって近寄ってこなかった。
 行方不明・・・

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線路沿いのアパートの中で

17/04/07 コメント:4件 吉岡 幸一 閲覧数:235

「だいぶ熱も下がったみたいね」
 冷蔵庫で冷やしておいたタオルを小さく畳んで春男の額に乗せると、礼子は微笑んだ。
「ああ、冷やしすぎ」
 不満そうに言ってはいるが、春男の目は笑っている。
 風邪をひいて寝込んだとはいっても、二日目には熱も下がり食欲もある。体のだるさは残っているが寝込むほどではない。
 なら何故寝ているのかといえば、礼子に看病されるのが嬉しくてわざと春・・・

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ウミガメの向かう先にあるものは

17/03/31 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:180

 産卵を終えたウミガメが海へ戻っていく。砂浜に波模様の足跡を残しながら、ゆっくりと真っ直ぐに波の誘うほうに向かっている。
 午前五時、雲は多く空は深い群青色だが、遠くのほうは朱色に染まっている。七月も終わりかけているというのに風は心地よい。
「屋久島に来てよかった」
 姫子さんは背伸びをしながらくったくのない笑顔を向けてくる。
「早朝でもウミガメが見られることがあるんですね・・・

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アポリネールの鐘は鳴る

17/03/28 コメント:4件 吉岡 幸一 閲覧数:413

 今日も僕は博多駅発の快速電車に乗って家に帰っている。午後六時過ぎの車内は仕事帰りの人々で溢れている。話す人は少なく、誰もが黙って目的地の方角を向いている。
 立っている人も多かった車内は一駅ごとに減っていき、ちらほらと空席も増えていく。
 僕は一人この一番前の車両で座ることもせず立っている。車窓に広がっていた賑やかなビルの群れも減ってきて、背の低いマンションや一軒家の地域を過ぎていく・・・

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街の生き神様

17/03/15 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:188

 家の前の庭に掘った穴の中で一日の大半を過ごすのが老人の日課だった。穴は立っていれば首から上が出る深さで、両手を横に伸ばせば土壁に当たった。目の前には高さ八十センチの小さな鳥居が立てられていて、庭向こうにはバス通りがあり人通りが多かった。門はいつも開けっ放しにしていたので、道行く人は頭だけ穴から出した老人を見つけてはぎょっとして立ち止まった。驚いた通行人の顔を見ても老人の表情は変わらなかった。

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後出しジャンケン

17/03/06 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:220

「ジャンケンで負けたらこのカメラをあげる」
 病で亡くなる三ヶ月前、母はいたずらな笑みを浮かべながら俺に挑んできた。
勝負好きで負けず嫌いだった母は形見としてカメラを渡すにしても、ジャンケンで勝ってから渡したかったようだ。母がグーを出した後、俺は後出しでチョキを出してわざと負けた。病で弱った母に勝つわけにはいかなかった。俺がちょうど二十歳のときだ。
「恋人ができたらこのカメラで写・・・

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カメラが生えてきた

17/03/06 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:222

 三十歳の誕生日の朝、目覚めると俺の右目がカメラになっていた。眼球がレンズになって飛び出ている。瞬きをするたびにパシャパシャとシャッター音がして、脳内に静止画像が保存されていく。左目は何ともなかったので、両目を開いているととんでもなく疲れた。
 急いで病院に行ったが、医者は「どこも悪くないですよ」と、軽く診察しただけで高額な医療費を取って笑っただけだった。
 瞬きをするたびにパシャパシ・・・

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新宿女王蟻

17/01/30 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:254

 新宿には女王蟻と呼ばれる女がいるという。ただの噂にすぎないとは思うが、と友人が前置きした後で語ったところによると、毎夜、大勢の男が女王蟻のもとに集まっては宴を催している場所があるというのだ。
「それって夜のお店で、そこのナンバーワンホステスが女王蟻って呼ばれているとかいうオチじゃないのか」
 僕の受け取り方を嫌悪するように友人は首を振って言葉に力をこめる。
「おまえ、女王なんだ・・・

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新宿疑似恋愛

17/01/22 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:221

 愛子がキャバクラ嬢ということくらいわかっている。
 新宿は歌舞伎町、さくら通りの奥にある老舗のキャバクラ店のナンバー2だ。際立った美人ではないが愛嬌があって人懐っこくて人気がある。
 忠雄は警戒し過ぎるくらい警戒したが、不覚にも気付いたときには恋に溺れそうになっていた。
「わたしの彼氏になってくれませんか」
 今夜、愛子は店が終わった後、すし屋で大トロをつまみながら、忠雄・・・

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矢場荘304号室

17/01/19 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:279

「あなた304号室に住んでいるって本当ですか」
 近所のスーパーで買い物をして帰っていると、突然エプロンをした婦人に呼び止められた。
「はい」と、昭夫はいつものように答えて頭をかいた。
 引っ越しをして来てからというもの、これまで同じ質問を何度されたことだろう。
「なにも変わったことはありませんし、いたって平和に暮らしていますよ」
 聞かれる前に昭夫は答えてしまう。<・・・

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304号室の見える部屋

17/01/15 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:252

「止みそうにないわね」
 窓の外をながめる夫の横から妻は声をかけた。ふたつ握られたコーヒーカップの片方を夫に渡し、唇で熱さを確かめながら少しだけ舌を湿らせた。
 窓の外は雪が降っている。昨夜から降り出した雪は今朝になっても止むことがない。マンションの下にある駐車場の車の屋根には雪が積もり、木々の枝も白くなっていた。
 夫婦の暮らすマンションは二棟建てになっていて、同じ敷地内の目の・・・

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右手の優しさと左手の気持ち

17/01/04 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:283

 左手は右手が嫌いだった。いつだって主役は右手、左手は活躍する右手を補助してばかりでけして主役にはなれない。
 食事の時、右手が箸を握ってご飯を口に運ぶので、その手伝いをするため左手は茶碗を握ったり皿を押えたりしなければならない。 手紙を書くとき、右手がペンを握る。ソフトボールをするとき、右手でボールを投げ左手は投げられたボールを受けるだけ。物を拾うときもたいていは右手が先に使われる。口紅を・・・

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優しい占い師

17/01/02 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:246

「それでは何を占いましょうか」
 占い師は長い髪で顔を隠しながら、今日も迷える人々の手相を見るのだった。
 デパートが閉まった後、シャッターの前に折り畳み式の小さな机と椅子を並べ、仕事帰りのOLや酔っ払いを相手に占っていた。
 そこそこ人気があって固定客もいたが、商業ビルなどに入ってきちんと店を構えようとは思っていなかった。占いなんて本当は出来なかったので、いつでも店じまいをして・・・

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引っ越し先は駅から徒歩五分

16/12/24 コメント:4件 吉岡 幸一 閲覧数:369

 不動産屋からもらった地図を見ながら男は歩いていた。駅から徒歩五分で新しいマンションには行けるという。荷物はすでに届いていると管理人から連絡があった。
会社から転勤の辞令を受け取って、二週間で赴任しなければならなかった。仕事をしながらの二週間足らずではとても家を探したりする余裕はなかったが、幸い引っ越しのすべてを会社が世話してくれたので男は体一つで引っ越せばよかった。
この日初めて男は・・・

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理髪屋五分

16/12/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:281

『入院のため一ヶ月間休みます。理髪屋五分』と、理髪店のドアに癖のある字で書かれた貼紙を見つけた時の僕の気持ちは大げさではなく絶望に近かった。
 お気に入りの店ですぐに髪を切れないというのはけっこう予定外のことだった。忙しい仕事の合間に髪を切りたくて折角ここに来たのが無駄になってしまった。
この街に理髪店はいくらでもある。しかし馴染みの店が落ち着くものだ。それに何よりここは早い。店名の通・・・

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【樅ノ木とクリスマス】

16/12/11 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:361

 樅ノ木は辛かった。身体中を電飾でぐるぐる巻きにされて揺れることも出来ず、一日中つけられた明かりが眩しくて眠ることもできなかった。外灯の明かりに集まってくる夜の昆虫のように人びとは木の下に群れた。根元は踏みつけられ土は硬くなった。小鳥は寄りつかなくなり、闇夜は逃げていった。十二月は樅ノ木にとって一年でもっとも苦しく嫌な時期だった。
 市役所が建てられるずっと前から樅ノ木はそこにあった。県の保・・・

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【光の樹】

16/11/28 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:338

 商業ビルに四方を囲まれた公園の中心に今年もクリスマスツリーが飾られた。「光の樹」と名付けられたそのツリーの周りの木々も煌びやかなイルミネーションで満たされ、公園中がこの時期だけクリスマス気分を味わいたい人びとであふれていた。
 光の樹は高さ八メートルある二等辺三角形のオブジェで、様々な色の光を放つ幾何学的な装飾物が多数つけられていた。
今年も青年は光の樹の前に立っていた。毎年十二月一・・・

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掃除婦と子供と秋の美術館

16/11/22 コメント:4件 吉岡 幸一 閲覧数:407

 美術館の入り口前を高齢の掃除婦が竹箒で掃いている。枯れ葉やチケットの切れ端を丁寧に一所に集めては肩をすくめている。よく晴れた午後とはいえ、秋も終わりに近づいてきて風が冷たい。美術館の周りをきれいにしていくほどに、掃除婦の軍手は汚れていく。小さな背中をより小さくしながら、どこかゆったりと働くその姿は、横に立つマイヨールの彫刻よりも美しかった。
 私を見かけるたびに掃除婦は軽く会釈した。話した・・・

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【私の白いディオニュソス】

16/11/14 コメント:3件 吉岡 幸一 閲覧数:614

 地方の美術館で私は監視員をしている。監視員というのは、展示室の隅に黙って座って、来館者が展示物を手で触ったり、落書きをしたり、携帯電話の使用や飲食などのルール違反をしないか監視している仕事である。仕事といっても私の場合はボランティアであるが。
 この美術館は山の上にあるので交通が不便であるし、私が担当する常設展示室も有名な作家の作品もないので、平日休日に係らず来館者は少なかった。一日に数人・・・

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【あまりにもフクロウな捨てゼリフ】

16/11/11 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:503

 深夜、救急急患センター入り口横の駐輪場で僕は煙草を吸っていた。
 もうこれで何本目だろうか。携帯灰皿はすでに吸い殻でいっぱいになっている。
吸い殻を押し込みながら、新しい煙草に火をつけていると、入り口の自動ドアがひらいた。
 看護師に背中を押されながら年配の男が出てきた。男はかなり酔っぱらっているようだった。ろれつが回っていなかったが「覚えてろ。訴えてやる」と、もがきながら犬の・・・

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ガラスのお姫様

16/11/08 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:316

手のひらに乗るほどの小さなガラスのお姫様
隣りに並んでいるのはガラスでできた農夫の青年
お姫様と農夫の青年ではつり合わない、と父が云う
とっても二人はお似合いよ、と娘は首をふる
ガラスのお姫様はガラスの農夫が大好きで
ガラスの農夫もガラスのお姫様が大好きだ
私はあなたの隣りにずっと並んでいたいの、
僕は君のそばにいるだけで嬉しいんだ
ふたつのガラスの・・・

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【あまりにもありふれた捨てゼリフ】

16/11/07 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:331

 救急急患センターの待合室には十数組の患者と付添人がいた。
 休日の深夜、一般の病院は開いていない。急に体調をくずした人達がここには集まってきていた。ここは内科と小児科が一緒になっている。多くの大人は付添できていた。夜になって体調をくずした子供、特に赤ん坊から幼児の数が多かった。
 親は心配そうに子供の肩を抱いたり、顔を覗きこみながら話しかけたりしている。子供はぐったりとして椅子に横た・・・

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【コスモス畑と不発弾】

16/10/31 コメント:3件 吉岡 幸一 閲覧数:536

 河川敷のコスモス畑の前で老人が絵を描いていた。
 老人はイーゼルにキャンバスを立て掛け、小さな折りたたみ椅子に腰をかけている。キャンバスにはコスモスの花がいっぱいに描かれていて、河川敷に広がる現実のコスモスと溶け合っていた。
 老人は朝から一人絵を描いていた。一心に描いているというよりも、のんびりと眺めているというような描き方だった。そこに芸術家の激しさはなかった。
 お腹が空・・・

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ラーメン博士

16/10/27 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:346

今日もあなたはラーメンを食べたいのね

たまにはお洒落なレストランでフランス料理のフルコースなんてどうですか

あの銀行をまがってすぐの所に最近人気のお店があるんだって

まったく、なんど同じことを言ったかしら

フランス料理なんて窮屈だ、そんなもの食べたって味なんかわからない

あなたはいつもそう言って、ラーメン屋ばかりに連れていく

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【タルト生地の上に】

16/10/23 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:365

 街はずれにあるケーキ屋は今日も賑わっていた。
 タルトケーキが人気の店で、わざわざ遠方から買いにくる客が多くいた。季節ごとに野菜や果物が変わっていくのを楽しみにして、何度も足を運んでくる客もけっこういる。
店の外観はレンガ造りで、古いイギリスの民家を思い起こさせた。裏にある公園の樹々を背景にして建つ店は、おとぎ話に出てくるような可愛らしい雰囲気だった。
なによりも若い夫婦が仲・・・

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【ボロローン山田】

16/10/18 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:352

 村民センターの小ホールで開催される「お笑い秋祭り」のトリを飾るのがボロローン山田であった。
 村の出身者で東京のテレビにも出たことのある唯一の有名人が山田だった。テレビといっても深夜のバラエティ番組に三十秒ほど出たにすぎない。
 番組が終わった後、プロデューサーからは「最高だった」と、もみ手をされながらすり寄られたが、山田は馬鹿にされたようにしか思えなかった。それ以降いくらテレビ局か・・・

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【ストライプのネクタイ】

16/10/07 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:334

東京で暮らすあなたへストライプのネクタイを送ります

そちらの生活には慣れたでしょうか

四月にあなたが東京の会社に就職が決まったと言ったときに

わたしもついて行くと言えばよかったと、なんど思ったことでしょうか

ふたりで暮らしたいと言われたとき

どうしてわたしは首を横に振ってしまったのでしょう

親元を離れるのが怖かった・・・

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【笑わせ人】

16/10/05 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:379

 夜の幕が降りてくる
 重い空の下に濡れた枯れ葉の友と共に
 傷ついていても自由な猫の群れが
 割れた椅子のうえに座って欠伸する
 舞台に泳ぐ笑わせ人は
 増えていく星を数えながら涙ふき
 幸せな笑いとはほど遠い笑いを想う
 汗をかき、髪を振り乱し、手をたたく
 あなたは笑ってくれましたか
 猫の観客に語りかけ、風のささやきを聴く
 コン・・・

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【繰り返される時と彼の笑い】

16/09/25 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:714

 この時間を繰り返すのは、もう何度目だろうか。
 午前八時、大学に行くためにアパートを出て、徒歩十分のJRの駅まで行って、電車に乗り込みドアが閉まった瞬間、彼はアパートの玄関ドアの前に立っていた。
 時計の針は午前八時を指したまま。電車に乗り込んだ瞬間、時間が巻き戻り彼はアパートにタイムスリップしていたのだ。
 アパートに入ろうにもドアは開かない。鍵は鍵穴にささらず、ドアは開くこ・・・

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【離婚と幸せな家庭】

16/09/23 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:479

「もう一度やり直しませんか」
 家庭裁判所から出てきた彼に声をかけてきたのは杖をついた老人だった。黒いカシミアのロングコートを羽織り、黒い革の中折れ帽を被っている。背筋は伸びて、黒縁眼鏡の奥からのぞく瞳は透き通っている。
 裁判官だろうか。一瞬そう思ったが、すぐに首を振った。見知らぬ裁判官が裁判所の門の前で声をかけてくるなんてあり得ない。それにもう離婚は正式に決まったことだ。いまさらや・・・

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【男爵芋と檸檬】

16/09/20 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:493

 梶井基次郎の「檸檬」を気取っているのだろうか。典子の勤める本屋には閉店間近になるときまってあの男がやって来る。平積みされた写真集の上に檸檬ではなく男爵芋を一個置いていく。本を買うでもなく、立ち読みするでもなく、ただ男爵芋を置き去って行くのである。
 午後十九時五十五分、閉店の五分前になると男はさっと店に入ってきて、男爵芋を置くとさっと出て行くのだ。「檸檬」のように男の頭の中では爆弾をイメー・・・

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乙女の像と圭太

16/09/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:408

 四方を高層マンションに囲まれた公園の中心に乙女の像はたっている。なにか意味ありげなポーズをとっているわけでもなく、真っ直ぐに前を向いた直立不動の姿勢だ。いつごろからここに乙女の嬢があるのか誰も知らない。四方に高層マンションが建つ遥か前から公園はあり、乙女の像もあったからだ。
 公園は小学生らの遊び場になっている。ほとんどが周りに建つマンション住まいの子供らだ。夕方になるとマンションの窓から・・・

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お詫びの品と手切れの品

16/09/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:395

 海岸段丘沿いの道を歩いていたのは、人型愛玩用ロボットAタイプ少年型であった。
 愛玩ロボットといってもAタイプのロボットなので、昔愛玩用に生存していた犬や猫の類と考えてもらえばよい。こちらは動けて話せて考えられる人間を模した機械である。
 少年型ロボットは妻への贈り物であった。夫は高額な配送代まで支払いたくなかったので、ロボット自ら妻のもとへ納品されに行ってもらっていた。
 浮・・・

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【夏の本屋】

16/09/15 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:740

 夏の日差しから逃れるために、僕は街のはずれにあるJAZZの似合う本屋で立ち読みをしていた。
 ハイデッガーでも読んでいたらカッコいいと思われるかもしれないな、と思いながら、週刊漫画雑誌を一頁一頁丁寧に読んでいた。
 店内はほどよくクーラーが効いていて涼しい。
 それほど大きくない本屋だったが天然木を基調とした落ち着いた雰囲気が気に入っていて、週に二日は大学の行帰りに立ち寄ってい・・・

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桜の花びらのあと

16/09/15 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:612

ランドセルを背負った三人の一年生が私の前を歩いている

黄色いカバーをかぶせた真新しいランドセルと黄色い帽子

たよりない足取りで並んで進んでいる

この日私はいつもとは違う道を選んで職場へと向かっていた

私にもあんな時代があったのかしら

うたがいもなく、憂いもなく、孤独でもなく、

頭上では、桜の花は散り青葉が芽生えてい・・・

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缶コーヒーと黒い風

16/09/11 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:575

 地下鉄の四番出口をのぼってすぐのところにあるコンビニで、妙子は雑誌を立ち読みしながら友達を待っていた。
 これから優子とショッピングセンターに行って、映画を観たり買い物をしたり食事をしたりする予定であった。
 誘ったのは優子のほうである。映画のチケットを父親から貰ったから一緒に行かないか、と誘われたのだ。何の映画なのか聞いたけれど覚えていない。ちょうど先日彼氏の啓太郎と別れたばかりで・・・

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ハンバーガーショップ

16/09/11 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:488

 ハンバーガーショップで遅めの昼食をとっていると、隣の席に向かい合わせに座っていた大学生くらいのカップルが喧嘩をはじめた。
僕は隣のテーブルなど気にすることもなく推理小説を読みながらハンバーガーにかじりついていたので、男がテーブルをたたいた時、思わずピクルスを喉につまらせて咳きこんでしまった。
「わかった。もうお前とはおしまいだな。別れてやるよ」
 そう乱暴に言うと男は・・・

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ドアの向こう側で

16/09/06 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:544

君が家に閉じこもってから何日が過ぎただろうか

「人が怖い」と君は云う

電車に乗ると誰かのささやきが、学校にいくと誰かがつけまわし

鎖につながれた犬さえも君の噂をしていると云う

「たすけて」と君は泣く

「もうすぐあなたを恐れるようになると思うの」

「もうすぐあなたが信じられなくなるでしょう」

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カーネーション

16/08/30 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:480

花屋の店先で色の白い七歳くらいの男の子がひとり立っています。

店の前にならべられた花をみつめながら途方に暮れているようです。

「こんにちは。きれいでしょう」

エプロン姿の店員さんが男の子の前にしゃがんで話しかけました。

「カーネーションください、あの、一本だけ」

どの花がカーネーションなのか男の子にはわからないようです・・・

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【最終バスが止まる最後のバス停】

16/08/23 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:601

 山の上にある神社に向かう階段の下には鳥居があって、その横にはバス停があった。バス停は錆びだらけで、台座のコンクリートはひび割れて苔が生えていた。
 最終バスが止まる最後のバス停、いつもそこに男が立っていた。黒いスーツに黒いワイシャツ、白いネクタイをしめた三十前後の色白の男がバスの来るのをじっと待っていた。
 最後のバス停なのだから、男が乗ってくることはない。誰かがバスから降りて来るの・・・

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ふたりの女の子

16/08/23 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:485

ふたりの女の子が仲良く手をつないで歩いている

お母さんの手作りの手さげカバンを持った小学生

小川とマンションの間の道をお話ししながらゆっくりと

春の風と若葉の緑と小川のせせらぎ、そしてメダカの群れ

これから学習塾にいってお勉強、あの子のとなりでお勉強

ねえ、告白しちゃいなよ、とツインテールのお友達

むり、むりだよ、・・・

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自転車に乗って

16/08/15 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:397

自転車に乗って海辺のハイウエイを走っている
雲ひとつない晴れた空に青い海、カモメが沖に浮かぶ小島の近くで群れている
「なんて気持ちがいいんだろう」
胸いっぱいに風を吸い込んで午後の光りを浴びながら進んでいる
ぼくは十五歳、連休を利用して君に会いに行っている
君も十五歳、半年前にぼくの町から引っ越していった
約束したよね、五月の連休がはじまったら会いにいくって

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太陽とチョコレートの海

16/08/12 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:400

チョコレートの海を泳いでいると大きな船が近づいてくるのがみえました。
船はキャンディでできている海賊船のようです。
 きっと中には山のような宝物が積まれているに違いありません
 「おおい、おおおい」
 ぼくは声をふりしぼって呼びかけます。
 すぐにクッキーの浮板が投げ込まれ、船上から小舟がおろされてきました。
 小舟もキャンディでできています。
 ・・・

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扇風機

16/08/09 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:424

扇風機はあこがれる
笑いは飛び跳ねながら まあるくなる
風よ、おまえは立ち止まることを知らない

   まわる、まわる ぐるりと回る
   笑う、わらう ぽんぽん笑う

作り出すものは快適さ
いいえ、ただの物まねです
わたしはいつも大樹を震わす 雲をはこぶ
あの風にあこがれているのです

   まわる、まわる 悲しいあこ・・・

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16/08/08 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:395

道端に落ちていたあなたの靴は

底がすりきれ

先がやぶれていた

桃色の春風がいまは渡り

拾いあげた靴のなかを通り抜けていく

「わたしにできることは

それを持ち帰ることだけ

もとどおりにすることはできないけど

せめてシルクのスカーフで包みましょう」

道端に落ちていたあなたの靴は・・・

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【水の家】

16/08/02 コメント:3件 吉岡 幸一 閲覧数:435

 昨夜から降りだした雨は二十四時間たった午後十時を過ぎても降り続いていた。台風はまさに町を直撃していた。あと一時間もしないうちに台風の目に入るだろうと、NHKラジオは紳士的な口調で繰り返している。
 川沿いに一人で暮らす老人は気が気でなかった。ちょうど十年前にやってきた季節外れの春の台風のとき、川が氾濫し、床上浸水を経験したからだ。そのとき隣の木造家屋は倒壊し、家の下敷きになった老婦人が亡・・・

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【タクシーと片目の三毛猫】

16/07/28 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:434

空車のタクシーが通るたびに手を挙げてみるけれど、
わたしの前を知らんぷりして通り過ぎていく。
夜の夜の底、電車もバスもすでに終電をすぎ、
歩いて帰るには遠すぎる。
何台も何台も、数えるのも嫌になるくらい。
「ねえ、お願い、とまってよ」
声を荒げて、手を振ってみても運転手は見向きもしない。
わたしが不審者に見えるなんてことはないだろう。
だってきちんと・・・

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【まいご】

16/07/25 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:376

ショッピングセンターで迷子になった女の子
スキップかろやか泣いてなんかいません
「お母さんどこかな、ルンルンルン」
歌いながら きょろきょろ うろうろ ウインドウショッピング
熊さんのぬいぐるみ 机にかざってみたいな 可愛いな
ソフトクリーム 食べたいな あとでお母さんと一緒にね
こんなに大きいショッピングセンターだけど
こんなにでっかい いっぱい 人ばか・・・

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【かなしみ】

16/07/22 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:394

かなしみが かなしみが
そっと、そばにやってくる
くるしくて くるしくて
泣いてしまいたい
頭をかかえ、ふるえる足をしばりつけ
とおい空をぼんやりと、ぼんやりとながめる
忘れてしまいたいことの多さよ
そばにいておくれ
お前がいるからこそ、優しくなれる
お前がときどきやってくるからこそ
手先をふるわせ、瞼をおさえることができるのだ
や・・・

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【宇宙のサラリーマン侵略者】

16/07/15 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:466

 残業を終え、アパートに帰ると宇宙人が待っていた。
 ここは都会の片隅にある二階建ての小さなアパート。間取りは一Kしかない、築三十五年の老朽化したトタン屋根のアパートだ。
「ここを地球侵略の基地にすることにしました」
 スーツにネクタイと、まるでクールヴィズには関係のないような恰好をした宇宙人は、正座をすると三つ指をついて丁寧に頭をさげた。
 アニメではよくあるパターンだと・・・

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【現代のシャーマンダンス】

16/07/13 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:515

 終電が過ぎた後の駅東口で踊る男がいた。
 ここ一カ月ほど雨の日を除いて男は毎日踊っていた。マイヨールの彫像を背にして男が踊るのはせいぜい三十分程度である。終電を逃した会社員や終電以降に街に出てくる若者や得体のしれない酔っ払いなどを観客として男は踊りを披露していた。
 男の踊りを強引にカテゴリーわけするならば、現代舞踏ということになるだろう。上手い下手が素人目にはよくわからない踊り、楽・・・

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【山を下りる】

16/07/08 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:563

 弁当を二個背負って山を登っていました。
 弁当が二個なのはなにも私が食いしん坊だからではありません。この日、付き合い始めて半年になる彼と山登りをするために、朝の五時に起きて二人分の弁当を作ったからなのです。
 彼は当日の朝になって腹痛のため山に登れない、と連絡を寄越してきました。まさか腹痛の彼をおいて一人で山を登るなんて思わなかったみたいですが、私はどうしてもあの山に登ってみたかった・・・

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ペットボトルのなかのメダカ

16/07/06 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:554

ペットボトルのなかのメダカは幸せだ
やわらかな水草のベッドに、澄んだ水、底には赤玉土
プラスチックの囲いで守られて 
一匹だけなら十分な広さ
風が吹こうが雨が降ろうが関係ない
猫がきたって水のなかに手は入らない
鳥がきたってくちばしは滑るだけ
食べ物は髪のながい人間の女がいつもくれる
外敵はなく、いつも安全、快適だ
ペットボト・・・

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運動会、お弁当の花が咲いて

16/06/29 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:530

小学校の校庭に千の旗がゆれている
白いテントは濃い影をつくり子供らを日差しから守っている
甲高い応援の声は風にのって空を舞う
がんばれ、がんばれ、追い越せ、追い抜け
保護者の群れのなかで私はひとり何をみる


背中の丸まった老女が杖をついて運動場を見つめている
孫の姿を必死になって探している
見つけた瞬間、老女は笑顔になって手を振りはじめる

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白い百合の花束

16/06/23 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:508

 穴を掘りつづけている老人がいました。
 掘り始めたのは私が小学校にあがったころからですから、かれこれ二十年になるでしょうか。老人は我が家の隣に暮らし、家の裏は小高い丘になっています。その丘を真横に掘りすすんでいるわけです。何年も何年もツルハシとシャベルを使って手作業で掘っています。家の裏には掘った土で小さな山が二つほどできています。二十年分の土の山にしては幾分小さな気もしますが、それでも山・・・

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蕎麦屋の前で、すこし後悔する

16/06/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:401

蕎麦屋の前でほどけた靴ひもを結ぶと春の日差しが背中にあたる。
水路の水は輝いて、浮いた水草の下でメダカの群れが泳いでいる。
麻でできた蕎麦屋の暖簾はやわらかな風に揺れ、黒塗りの壁をまえに雲が流れているよう。
立ちあがった彼は両手をひろげて背伸びをするが、通りには誰も居ず、野良猫だけが欠伸をしている。
「おいで」と、言って手招きしてみるが野良猫は知らん顔。
向かいの家の・・・

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 雨の日のブティック

16/06/17 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:482

 雨の日のブティックは客がこない。街路樹の生い茂る通りに店を開いて三カ月が過ぎた。固定客も僅かながら付きはじめ、まだ赤字ながら先の見通しが明るくなってきたところだ。
 昨日の夜から降りはじめた雨は今日の午後になっても降り続いている。雨は通り過ぎていく車の窓を打ち、街の景色を白い夜の色に染めている。欅の葉に叩きつける雨の音がどこか悪戯な子供の声のように響いている。
 恵子は開いた硝子のド・・・

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ぽんちゃんとたぬき蕎麦

16/06/12 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:614

 引越し蕎麦をもって隣に挨拶にいくと、金髪の女が出てきて、蕎麦を見るなり笑いだした。
「あら、ちょうどお蕎麦を食べていたところなの。狸蕎麦をね」
 金髪女の口調に嫌みはなく乾いた笑い声は緊張していた青年の気持ちをほぐした。
 この春社会人になったばかりの青年は田舎を離れ初めての一人暮らしだった。田舎の母からは、引っ越したら隣近所にはお蕎麦を配りなさい、と行きつけの蕎麦屋から買った・・・

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【スコップ男】

16/06/08 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:517

 スコップ男は雨が降ると庭を掘っていた。雨の降っている間は朝でも夜でも時間に関係なく庭の穴を深くしていた。
 都会でも田舎でもない新興住宅街の真ん中に、スコップ男が引っ越してきたのは半年前の冬である。同じような二階建ての建売住宅が立ち並ぶこの地域には古くからの住人はおらず、皆新しく越してきた者ばかりで、他人の生活に干渉するものはいなかった。
 庭に穴を掘りはじめた当初は誰一人興味を示す・・・

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【指輪と白いビキニ】

16/06/02 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:449

 K子が知らない間に彼は結婚をしていた。
付き合って二年、そろそろけじめをつけないといけないね、と言っていた彼のけじめのつけ方が他の女性と結婚することだったのだろうか。
 仕事帰りにデパートの水着の特設会場で新しい水着を選んでいるとき、彼と彼の新妻に偶然出くわしたのだ。
 K子と目が会ったとき彼はうろたえていたが、すぐに普段の落ち着いた顔になって新妻を紹介してきた。
「どう・・・

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【燃える雨】

16/05/30 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:890

 午前0時を過ぎて車で帰っていると、大雨の中を小学生の女の子が傘もささずに立っていた。
 道の真ん中で赤いランドセルを胸に抱いてずぶぬれになるのも構わず道を塞いでいる。
 急ブレーキをかけて止まった車から降りてきた男は、女の子に駆けより「大丈夫か」と、声をかけた。
「お家が燃えたの」と、女の子は目を赤くしながら呟いた。
「火事か、どこかで家が燃えているのか」
 男の問・・・

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【豚骨旅行と謎のおんな】

16/05/27 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:557

 ホテルに戻ってくると、見知らぬ女が真っ赤なバラの造花を花瓶に挿していた。
「どちらに行かれていたんですか」
 振り向いた女の笑顔は人懐っこく、とても初めて会ったようではなかった。
「舞鶴公園に行って、福岡城跡を見てきたんです」
「天気が良かったから気持ちよかったでしょう」
 僕は曖昧に頷いた。白いワンピースを着ているところをみるとホテルの従業員のようには見えないし、・・・

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【老人の夢】

16/05/25 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:509

「君の夢をきかせてくれないか」
 杖をついた老人は、携帯電話を片手にメールを打っていた若者に話しかけた
 駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしていたときだ
 街の騒音にまぎれ老人の声は若者にとどかない
 信号が青になり、若者は携帯の画面を見たまま歩きだす
 老人はさびしそうに首をふり、駅の方へと歩いていった


「君の夢をきかせてくれないか」

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パレード

16/05/04 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:495

祭りの日は風がふく
群衆のなかで独り、ただ独り、つま先立ちで眺めている
笑顔ふりまくパレードのあげる足の裏側は黒く汚れている
緑の旗振る乙女の胸はかたく尖っている
ここにいない君の笑顔は空たかく雲の上へと消えていく
「仕事なんだからしかたないでしょ」
そういう君は申し訳ないというよりも、どこかほっとしたような口ぶりで
腹の白い蛙に書かれた逆三角形よりも冷め・・・

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センチメンタルカラー

16/04/30 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:509

この世は色彩に溢れていると言っていた君が
僕の前から姿を消してすべての色彩が涙の内側に流れて行った
淡い桃色の春の季節が終わり、濃い群青色の季節へと変わろうとしていた時
別れの言葉もなしに君はまるで初めから存在していなかったように消えていった
想い出は幻、幻は甘美な夢、悲しみの雨は白く空へ登っていく


今日も楽しかったね、とデートの帰りに手を振る君は花が・・・

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甘夏と蟻

16/04/28 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:825

甘夏の香りに誘われて一匹の小さな蟻がやってくる
甘く透明な香りの底を泳ぐように甘夏のまわりを廻っている
庭に置かれて丸いテーブルの上に乗せられた甘夏は太陽の光を受けて輝いている
黄色い皮をより鮮やかに、空の青さを実に溶け込ませて
欅の葉がゆれて光がゆれて、木製のテーブルの上で舞っている
二階からは娘のぎこちないピアノが聴こえて風が薫る


リルケの詩・・・

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自動販売機の上のカラス

16/04/24 コメント:6件 吉岡 幸一 閲覧数:2277

 いつのころからか真っ赤な自動販売機の上にカラスがいるものだから、誰も飲み物を買えなくなっていた。
 大学の購買棟の横にある自動販売機には他所では買うことができない炭酸入り缶コーヒーが売っていたので、一部の学生からはまずいと言われながらもよく買われていた。
 普通のコーラや緑茶やオレンジジュースなども売られてはいたが、それらは購買棟の中でも買うことができるので、カラスの存在に困っていた・・・

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金の指輪

16/04/21 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:514

仕事を辞めたばかりの女が市立図書館にいる

ぼんやりと椅子に腰かけて外を眺めている

机の上には「一級建築士資格取得対策」という本がひろげられ

ノートと筆箱が閉じられたまま本の横に並べられている

窓の外は緑深い公園、その向こうにはタワーマンションがみえる

平日の図書館は老人がちらほらいるだけで閑散としている

会社辞めな・・・

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この柔らかい時間の内側で

16/04/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:593

 滑り台の下で雨宿りをしながら虎猫が欠伸をしている。薄曇りの空からは細い糸のような雨が降ってくる。もれた太陽の光を受けて雨粒が七色にきらめいている。もうじき雨は止むだろう。誰もいない公園は時の流れを忘れさせる。
 痩せ細った虎猫は雨の先にあるパン屋を見つめている。公園を出て、道を渡ればそこに赤い庇の小さなパン屋がある。
 おなか空いたな、とつぶやく声は雨の底に染み込んでいく。
 ・・・

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 月濁る真夜中に飛ぶ

16/03/06 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:656

 時計台の腹の中で飢えた蛙が天国を想像しながら金色の羽蟲を食べている。
 西瓜の夜は月の踊りを笑いながら回転し、虹の向こう側のスクリーンを舌でなめる。
「あなたは飛ぶことができますか」
 彼女は豊かな胸を上下に揺らしながら、頬を赤め作られた空を仰ぐ。
「きっと飛ぶことができるよ。望むならば飛べるようになるさ」
 彼は筋肉質な指をまっすぐにのばし、ペンキで塗られた空にキ・・・

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蜜蜂の雨降る時間に

16/02/27 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:560

 雨が降っている。
麻里子はカーテンの隙間から空を眺め青いため息をつく。糸のように細い雨が空気をにじませ、公園の枯れ木の色を濃くしている。雨のせいか公園の真ん中でいつも体操をしている老人の姿が今朝はない。樹をゆらす風もなく、にぎやかな雀の姿もなく、公園の向こう側にみえる家々の窓にもまだ明かりが灯っていない。
 はやく起きすぎたかな、とつぶやきながら麻里子は長い髪を首からふわっと持ち上げ・・・

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流れる林檎のうえに

16/02/26 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:554

 川面に浮かぶ光の玉が右へ左へと揺れながら遊んでいる。
 小魚の群れは仲良く列になって廻っている。
 水は山から海へと向かってながれ、雲は西から東へと泳いでいる。
「今日からあの家で暮らすのね」
 彼女は少し恥ずかしそうに見上げる。
 五階建てのマンションの三階の角部屋、川に面していて景色もよい。
 川向うに高い建物はなく、田んぼと一軒家と小学校がみえるだけ。<・・・

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朝のダイヤモンド

16/02/20 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:553

「結婚する気はないから」と、京子は泣きながら電話を切ると勢いよくカーテンを開いた。
 春、桜が咲くにはまだ早い。窓の向こうに見える公園の樹々はまだ青く若い葉を風に揺らしていた。頬をつたう涙は桃色で、窓を開ければ冷たさと温かさの交じった朝の風が涙を乾かした。
 携帯電話の着信音が鳴り響く。繰り返し鳴っては切れ、切れては鳴った。京子は電源を落としてベッドの上に放り投げると、小さな声で「ばか・・・

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算数のテストとばりうま棒

16/02/14 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:510

 算数のテスト中に大輔が何度もくしゃみをするものだから、小太はそのたびに頭の中でまとまりかけた数字を粉々にしてしまっていた。
 テストで良い点を取ったほうが「ばりうま棒」を十本奢るという賭けをしていた。ばりうま棒というのは一本十円のトウモロコシを原料とした細長い竹輪のような形をした駄菓子のことである。
「おまえ、わざとくしゃみしただろう。うるさくて集中できなかったじゃないか」
 ・・・

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名刺ならべ

16/02/14 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:446

 ベッドから起き上がったタケシは大きく背伸びをすると、カーテンを開けて日光を浴びた。二度寝の後に時間を気にすることなく起きるのは気持ちがよかった。会社をさぼった日はなおさらだった。
ゆっくりと顔を洗い、時間をかけて歯をみがき、砂糖たっぷりのコーヒーを飲みながら、欠伸まじりにポテトチップスをつまむ。心地よい昼前の時間、仕事を忘れ、だらける喜びに浸れるこのひと時が好きだった。
玄関の鍵が外・・・

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ほうじ茶の香り

16/02/14 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:569

 三年続いた同棲を解消する日の午後、裕子は熱いほうじ茶を入れて慎一に出した。
 暖房のよくきいた部屋の隅にある加湿器からは蒸気が勢いよく噴出している。慎一が買ったものだったが、喉の弱い裕子のために置いていくという。
「夜から雪が降るかもしれないんですって」
 テーブルに向かい合って座りながらほうじ茶をすすり合うふたりの姿は、長年連添った夫婦のようだと裕子は思う。
「雪が降り・・・

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