そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

出没地 天の川
趣味
職業
性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく
 

投稿済みの記事一覧

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イノセント

16/05/23 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:52

 小さな部屋で僕は産まれました。そこから一歩も出ることなく十年経ちました。部屋の鉄製のドアにはいつも鍵がかかってました。そこは半地下で、隅にはトイレがありました。部屋の上の方に、はめ込み式の小さな窓が取り付けられていました。不透明な窓硝子から昼間はかすかな光が差し込みました。かろうじてそこが外とつながる場所。残念ながら子供でも通り抜けられるほどの大きさはありません。
 窓は夜には真っ黒になり・・・

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溺死する甘夏

16/05/23 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:59

 クローゼットの多い部屋を借りたせいか、引っ越しの後片付けは一週間ほどで終わった。
 あらためて見回せば、なんとなく殺風景なリビングだった。
 気の利いた絵も花も飾ってないせいだろうか。かといって今更結婚式の写真を飾る気にもなれない。そのフォトフレームは整理ダンスの引き出しの中だ。
 昼食用のカップラーメンが出来上がるまでの三分間、私は考えをめぐらす。
 そうだ。観葉植物で・・・

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鈴の音

16/04/25 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:160

 朝、アパートの玄関を出たら隣室に住む女の子と鉢合わせした。
「おはよーリオちゃん。早いね」
「アルバイト早番なんです。タダさん、出勤ですか?」
「うん」
 駅まで約十分の道を一緒に歩く。
「そういえば、アパート三か月後には退去して下さいって手紙来てて、びっくりです」
 歩きながらリオちゃんは、背中まで垂らした長い髪をくるくると丸め頭頂部でお団子にし、バレッタ・・・

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トビウオとマグロ

16/04/11 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:184

 煙草を吸う。肺の奥まで吸い込んで、吐き出す。白い煙は徐々に薄くなり、キャンパスの青空へ溶けてゆき、その痕跡さえ残さない。
 そうしてまた吸う。吐き出す。特に面白くもないが、今まで水泳競技のために封印してきた『健康の悪いこと』をしている後向きの充実感が私を満たしていく。
「煙草は健康に悪いよ」
「うん、知ってる。だから吸ってる」
 ――不健康になって、退路を断つ。そしたら水・・・

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雨の夜

16/03/28 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:171

 コートのポケットに手を入れてみる。
 何かが手の先に触れた。
 取り出してみる。
 
 それは映画の半券だった。

 ふいによみがえってくる、その映画を観た遠い過去のこと。

 ◇

 あの日は、久しぶりに亮とデートだった。就職して半年、口を開けば「疲れた」しか言わないし、休みはどちらかの家でダラダラと過ごすことが多くなって、私は大いに・・・

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銀幕の星々

16/03/28 コメント:1件 そらの珊瑚 閲覧数:153

 かつて日本のヌーヴェルバーグの旗手と呼ばれた映画監督、奥良彦が八十二歳で亡くなった。
 二年前に公開された『一条の光』が彼の遺作となったが、エロスとバイオレンスにあふれた手法は、年齢を少しも感じさせないエネルギッシュな作品だった。
 私がライターをしている映画雑誌【銀幕】の読者の中にも、彼の熱狂的なファンがいる。が、ストーリーやテーマを重視しない、前衛的な彼の作風は一般受けはしない。・・・

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恋人以上、夫婦未満

16/03/14 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:190

 結婚前のお試しとか、そういうのじゃなかった。私達が一緒に暮らし始めたのは。
 一緒に暮らせば、経済的だというのが一番の理由だったから、情けないといえば情けない。
 だけどお互いに同じ劇団に所属する役者。というか、まだ役者のタマゴだった。時給850円のアルバイトで食いつないでいる身なのだ。
 家賃も生活費も折半になるのは、願ってもないことだったし、ついでに好きな人といつも一緒にい・・・

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さよなら、れいこ。

16/03/14 コメント:1件 そらの珊瑚 閲覧数:160

 引っ越しの段ボールをテーブル代わりにしてカップラーメンを食べている時だった。
ふと視線を感じてふりむくと女の子が立っている。
「だ、だれ?」
 ボクが訊くと、女の子は「うわっ」と言ってのけぞり、あとずさりした。
「え、えっ? あたしが見えるの?」
「うん」
「びっくりしたなあ、もう」
 お化けに出会って(経験上、お化けに足があることを知っていた)驚くのは・・・

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もうひとつの浦島太郎

16/02/29 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:169

 ある日のこと。浜で亀が子供らにいじめられていた。が、運良く通りかかったおじいさんに、亀は助けられた。
「ありがとうございました」
 亀は涙を流して喜んだ。
「お礼に竜宮城にご招待させていただきます」
「竜宮城? それはどんなところですかな?」
「はい。表向きは乙姫さまのお城となっておりますが……。実のところ、賭博場でございます」
「賭博場……つまりお金を賭けて・・・

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夜の蜘蛛

16/02/29 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:227

 私の記憶をさかのぼると、いっぴきの蜘蛛に行き当たる。

 おそらく3、4歳くらいではなかったか。その蜘蛛を見た夜のことは、うすぼんやりと、しかし不思議と、はっきりと覚えている。
 記憶というものは、その人そのものを証明するものともいえる。たとえば記憶をすっかり失くしてしまったら、自分という存在をどうやって確かめればいいのだろうか。そういう意味で私の記憶がいっぴきの夜の蜘蛛に始ま・・・

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五十度のお湯にひたされ茶葉たちが五月の枝に戻ってゆく夜

16/02/15 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:293

 ペットボトルのミネラルウォーターをやかんに入れ、火にかける。ぐらぐらと沸騰したら、まず湯呑と急須に湯を注ぐ。茶器をあらかじめ温めておくことで、次の工程で湯の温度が急激に下がるのを防ぐことが出来る。そしてやかんのふたを開けて、湯の温度が下がるのを待つ。
 日本茶の茶葉にもよるのだが、母が送ってきた実家の緑茶は今年の新茶。やや低めの五十度くらいが一番美味しいと私は思う。

 実家は・・・

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お茶が冷めない距離なんです

16/02/14 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:247

 失敗した。結婚する時に、一人息子だった夫の家を二世帯住宅に改装するから一緒に住まない? と言われて同居したのだが、一種の詐欺じゃないかと思う。
 確かに玄関も住居スペースも別々だが、互いのキッチンの間に一枚のドアがあって、簡単に行き来できてしまう。義母は一応ノックはする。するがその直後もうドアは開いている。「どうぞ」さえ言ってないのに。ノックの意味って何ですか? 理由はささいなこと。お醤油・・・

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純文学と名付けた人をきっとこの先も知らずに生きていく

16/02/01 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:732

入賞時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 入賞作品

 私が書店員になった理由のひとつが、あの日々につながっている。

 新刊が店に届く。バックヤードで、その荷をほどく時、その本の著書のひとりが、もしかしたら君の名前ではないかと、目で探してしまう。大学を卒業したあと、本屋に就職して十年。それはもうくせのように身にしみついてしまったようだ。作家になりたいと君は言っていた。夢が叶われたとしても、本名で本を出すかどうかもわからないのに。
・・・

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純文学家のすき焼き

16/02/01 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:222

 父は頑固者だ。純文学以外、文学としては認めないという。何という一徹。何という石頭。その頭をとんかちで割ったら純文学という名の石が出てくるのぢゃなかろうか。長男はうっかりクスリと笑った。失笑というやつである。めざとい父はその瞬間を見逃さなかった。暇でもあった。純文学というジャンルが売れないという鬱屈もあった。そんなもろもろを投げつけるように長男に向かって声を荒げた。
「おまえは今、笑っただろ・・・

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蓮喰い

16/01/17 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:369

 ホテル・レ・トータスの201号室。長く住んだパリ市内のアパルトマンを売り払い、クレアがここに住み始めてから、もう3年経つ。古いシャトーをリフォームした石造りのこじんまりとしたホテル。彼女はここがとても気に入っていた。温暖なプロヴァンスの気候が今年70歳になる身にとって過ごしやすかったということ、中庭にホテルの名の由来となった、トータス(蓮)の花の咲く大きな池があるという点が、その理由だった。

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ボーイ✩フレンド

16/01/15 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:320

 失恋したのは、三十五年も生きてきて、もちろん初めてじゃないけれど、年をとるごとに、なんだか重いダメージを受ける気がする、心に。二十代だったら恋を忘れるには新しい恋をするのが一番の近道! みたいな陳腐な歌詞にあるような言葉を胸に、立ち直れたかもしれない。若かった……実に若かった。
「女って不可解よね。失恋したてだっていうのに、よく食べるわねえ」
 元彼のアオトは口は悪いが優しい。今まで・・・

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キャット革命

16/01/04 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:300

 諸君、今こそ決起の時だ。
 革命の時が来たのだ。
 いざ立ち上がれ、同志たちよ。
 長年の圧政を力を合わせて倒そうではないか!

「ちょっと、まってよ。圧政って一体なんのこと?」
「ミケ、おまえ、気づいてないのか? わしらの餌、今年に入ってまた安いものにかえられたのだぞ」
「ああ、そのことか、ホワイト」
「ホワイトじゃないって何回言ったらわかるんじ・・・

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革命のエチュード

16/01/04 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:406

 誰に似たんだろう――。百々代は深いため息をついた。一人娘のるりは、十歳にしては少々気性の激しいところがあるようだ。

「ママみたいに上手にピアノがひけるようになりたい!」とるりが言いだしたのはまだ彼女が幼稚園の頃だった。「すぐには、じょうずにひけるようにはならないのよ。たくさん練習しなくちゃならないわ。るりに出来るかしら?」「できる!」「毎日よ。休みなしよ」「がんばる!」そんな会話を・・・

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りいこ、決意する。

15/12/10 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:363

 部活からの帰り道、偶然姉に出会う。

「やっほう、りいこ」
 ぼやけた茶色の(私が正直にそう呼ぶと、姉はミルクティ色じゃっ!と若干キレる、コーヒーしか飲まないくせに)ダッフルコートは、紛れもなく見慣れた姉のそれであったが、その顔は……。ぎょっ。

「りいちゃん、久しぶりィ。相変わらず黒いね」
 姉の友達のラブも一緒だ。心と書いてラブと読ませる、どんだけキラキラ・・・

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地獄谷先生の或る儀式

15/11/30 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:332

勤務先の出版社に出社したら、メールチェックする暇もなく、即編集長に呼ばれた。
「なんでしょうか?」
 営業部、総務部、ファンション誌部門と転属され、苦節入社8年目、ついに希望する文芸部門に配属され、編集者として私は希望に燃えていた。
「新月さん、突然で悪いんだけど、地獄谷先生の担当、お願いできるかな?」
「えー私でいいんですか? そんな大先生の担当になれるなんて、光栄です・・・

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奇人王子

15/11/30 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:334

 ペルテモア王朝の第一王子アレクは「奇人王子」と呼ばれていた。
 腰まで伸ばした彼の金髪は頭の上で高く結えられ、季節の花で飾られている。お気に入りは、孔雀の羽を縫い付けたドレスだった。
 夜を想わせるような黒い瞳、整った鼻筋、うすい唇、それらが細面の顔の中で絶妙に配置された美しさを醸し出し、彼の母親である前王妃に生き写しでもあった。
 けれど過剰な化粧を施されたそれは、人々には奇・・・

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シエスタ

15/11/16 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:312

 鏡をのぞけば、その時間が刻んでいったものが私の顔にある。残酷だとは思わない。誰しも平等に年は取るのだから。
 修道院が経営するホスピタルで看護婦として働いて四十数年。朝、清水で顔を洗ったまま、――冬はハーブ油をつけることは許されてはいたが、ほとんど何も付けずに過ごしてきたせいだろうか、街の女よりもいくぶんかはシミ、シワが多く、老けて見えることだろう。
 けれど、ジャンはひと目で私を私・・・

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うさぎ

15/11/11 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:416

 ――ひとりで死ぬンはさみしいよって、一緒に死んでと懇願され、大阪湾へ飛び込んだのに、俺だけが生き残っちまった。
 結局あいつはひとりで死んじまった、と男は言った。

 心中が愛の証だなんて、そんなのは、まやかしだとあたしは思う。人はしょせんひとりで産まれ、死んでいくさだめ。それがさみしいだのなんだの、あたしに言わせれば、ただの甘ったれ。

「ねえさん、みかけによらず・・・

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秘密

15/11/02 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:414

 梅雨に入る前に、冬物をクリーニングに出そうと思い立ち、クローゼットを開ける。夫のスーツ数着をハンガーから取り出す。その拍子にネクタイが滑り落ちた。私は思わず舌打ちをする。ネクタイはクローゼットの扉の内側に取り付けらたフックにかけているのだが、結婚してから十年、その数はもう倍以上になっているだろう。数えたことはないが、おそらく50本はゆうにあるんじゃないか。絹製の布地の表面はつるつるしていて、まる・・・

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さよなら、うさぎ。

15/10/16 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:496

――うさぎは無理だから。僕が動物の毛アレルギーって知ってるよね。

 結婚したあと、一緒に住む予定の2LDK新築マンションに、うさぎは連れて来ないでと彼が言う。
 もっともな意見だ。彼は小学生の頃、動物アレルギーを発症したという。いとこの家で、その家で飼われていた猫と遊んだあと、決まって喘息に似た症状が出て、病院で調べた結果、猫アレルギーだと判明したらしい。
 よって彼が私・・・

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死の霧

15/10/10 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:437

 雨の夜、国道には死の匂いが立ち込めていた。

 午後八時過ぎ、帰り道を急ぐ車の速い流れが、突然滞り、ゆっくりになった。しばらく走り、その原因が事故だと知る。おそらくまだ事故直後なのだろう。パトカーも救急車も見当たらない。
 あるのは横転し、派手に壊れた車。大破した後ろのリアウインドウから、おそらく後部座席にいただろう人の脚がにょきっと見えた。顔は見えないが、服装からいって若い男・・・

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海に降る雪

15/10/05 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:467

不幸ばかり続かないのが人生だという、出典さえおぼろげな誰かの言葉が私の頭をよぎった。
 商店街のガラポンでピンクの玉が転げ出て、係のおばちゃんが「特賞! 大当たりィーー」と叫びながら、すごいテンションでくすんだ金色のベルを振り回している。「わあ、すごい」周囲の人たちもざわつく。
「特賞って?」私がうわずった声で聞くと
「オキナワ旅行ですよっ!」満面の笑みを浮かべたおばちゃんが答・・・

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ゴーヤ

15/10/03 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:450

母はきっと頭が悪いのだと思う。
美人でスタイルもそこそこ、四十歳には見えない若作りだ。
だけどそこが問題なのだ。
男にもてるし、もてたいと思ってる。
17歳の私を筆頭に父親の違う三人の子持ちだというのに、再婚だなんて。
それもデキちゃった婚だなんて、あたしは恥ずかしくて、友達にどんな顔すればいいいのかわかんない。
母親に恋人がいてセックスしているのを、世間に知ら・・・

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やわらかな檻

15/09/19 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:556

入賞【 アニメ 】 時空モノガタリ文学賞

 絵を描くことが好きで入ったアニメーターの道だったが、納期の前にはこうして決まりごとのように徹夜が続く。

 おれはアニメーション制作会社の下請け会社に雇われているのだが、身分はフリーランス。商売道具の鉛筆一本さえ自腹だ。月収十万あればいいほうで、同期の仲間の半分はすでに辞めている。
 オレは都内の実家暮らしなのでまだいいが、隣りの席のミミちゃんは地方出身者。アパート代や生活費が・・・

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世界で一番有名なネズミ

15/09/15 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:424

 夜、1Kのアパートに帰ると、世界で一番有名なネズミがいた。身長約1メートルってところか。
「おかえり」
「……ただいま」
 アニメと同じ、ちょっと人を小馬鹿にしたような声だった。
「おどろかないのかい?」
「いや、逆におどろきすぎて、なんというか。でも、なんで? なんで? ドッキリ?」
「一般ピープルの、しかも就活中の、おまけに二十九社連続不合格のキミに、誰が・・・

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相馬の馬追い祭り

15/09/07 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:442

 2011年3月11日。東北地方を襲った未曾有の大地震によって、茜の祖父の住む福島県相馬市も甚大な被害が出た。

 あれから一ヶ月。無事に助かった祖父は今、隣町に住む、幸運にも被害を免れた茜の両親のもとに身を寄せていた。
 しかし先祖から受け継いだ田畑は、津波の影響で台無しになったまま、赤い瓦屋根の祖父の家は流され跡形もない。
 大切に育ててきた愛馬、シロもあの日を境に行方・・・

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夏の金魚とアイミスユー

15/09/05 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:543

  駅前に集まった同級生は意外に多くて、男女合わせて十五人ほどだった。
『高校生最後の夏休み、みんなでレッツゴー夏祭りヽ´∀`ノ』
 それはクラスのラインで回ってきた情報だった。集団行動が苦手なボクは行くつもりはなかった。が、麻子さんが来ると知って参加したのだった。

 麻子さんは海老茶色のシックな浴衣姿だった。噂によるとおばあちゃんがロシア人だという人目を引くその美貌を、・・・

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驟雨

15/08/24 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:638

 放課後、中学校の西向きの図書室には、まぶしいばかりの光が降り注いでいた。

 全校六百人ほどの生徒の中で、読書なんて今時流行らない趣味を持つ人は、おそらく少数派だ。調べ物ならパソコンで事足りるし、物語が好きならば漫画のほうが手っ取り早い。
 すすんで、というときこえはいいが、本音は、気の進まない役をやるくらいならという理由だった。読書好きな私が、図書係に立候補した理由は。

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月夜の晩のおしゃべり

15/08/10 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:443

 女の価値は、罠で決まる。

 どれだけ大きくて立派な罠が張れるか。丈夫であることは言うまでもなく、風が吹けばたおやかにそよぎ、太陽の光が当たればまるで魔法のように見えなくなってしまうほどの細い細い糸で丁寧に編まれた罠ほど、上等だ。
 それまで空を飛んでいた虫が、罠にかかって初めてその存在に気づく、そんな罠を編むことの出来る蜘蛛ほど、男にモテる。つまり男蜘蛛は、よりたくさんの獲物・・・

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瀕死の蝿

15/08/10 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:547

 朝、目が覚めた。別に覚めたいわけでもなかったのに、覚めてしまった。
 出来ればずっと寝ていたかった。えいえんに。えいえんに寝ていることを死んだというなら、それは大変喜ばしい。
 もはやワシにとって楽しいことなどひとつもありゃあせん。身体中のすべてが石のように重い。おーい、誰かワシを川に投げてくれんかのう。そしたらドボンといわせて、そのまま沈んでしまえるだろう。
「あら、お義父さ・・・

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さよなら、シルベーユ姫

15/07/27 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:444

 夜の霧がまるで魔法使いの手下のようにうごめきながら、石造りの城を取り囲んでいる。城のあるじは絶世の美女とうたわれたシルベーユ姫だとされていた。

 僕は道に迷ったふりをして、城の扉を開いた。
「こんばんはぁ。誰かいねえか?」
「あら、坊や、どうしたの?」
 中からひとりの女が現れた。裾を大きく膨らませた時代遅れのドレスを着ている。手にしたランタンの灯りがその女の顔を・・・

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フェイク

15/07/27 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:459

 ある日、銀座の雑踏の中で私は声をかけられた。
「怪しい者ではありません。僕はこういう者でして」
 紺色のスーツを着た端正な顔立ちの男が差し出した名刺には、こう書かれていた。
――ビューティーアドバイザー。
「はあ?」「突然、すみません。お時間少しよろしいでしょうか」
 時間? 時間なら売るほどある。ブスで根暗でデブの三重苦の私は、会社が休みだといっても、こうして街を・・・

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ゴンドラのヒーローたち

15/07/13 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:594

ベンジャミン大学附属病院の小児病棟が、サムの今日の仕事現場だった。
 屋上から見上げる五月の空は快晴。風は微風。絶好の窓拭き日和だ。
「オーケー。みんな集まって」
 リーダーのアダムが大きな箱を抱えて来る。
「どれでも好きなのをどうぞ」
 中に入っていたのはヒーロー変身スーツや着ぐるみだった。
 6人のバイト達はそれぞれ着替える。
 ミッキーマウス、ピー・・・

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ぞうきん賛歌

15/07/09 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:527

かすかに覚えているのです
まだ私が白い朝顔を咲かせた藍染の浴衣だった頃の記憶です
あなたと一緒に
縁側で線香花火をしましたね
それは華々しく燃え
そのあと赤く熱せられた火種はぽたりと落ちました
この世に
これほど美しい命があったのかと
心がふるえたのを
覚えています
あなたのそのふくよかにふくらんだ腹部に
優しく触れればそこに

5

最後の動物園

15/06/29 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:628

 もういいかげん、動物園は卒業したいとリサコは心の中でつぶやいた。
 象やキリン、ライオンを見ても、幼い時感じていたワクワク感はもうない。もう小学校6年生なのだ、そんな年ではないことを大人はちっともわかっていないとリサコは思う。

 リサコが小学校二年の時に、両親は離婚した。
 彼女は母親に引き取られたが、一年に一度だけ父親に会える日が作られたのだった。
 一回目がこ・・・

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動物園の影武者

15/06/28 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:437

 昼休み、僕は園長室に呼び出された。
「広瀬くん、実は……」
 いつもは陽気な園長の顔が、これから雨でも降り出しそうな空のように暗く曇っている。
「パンダが死んだ」
「えっ?」
「パンダのケンケンが死んだんだよ、一ヶ月前」
「ホ、ホント、ですか?」
――ケンケンが死んだ。もうこの世にいない。ぶらーん、ぶらーんとタイヤにぶらさがって遊ぶ、彼の愛らしい姿が思い・・・

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【点と点、ふたたびつながる】ケイジロウの過去

15/06/17 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:812

入賞相談屋ケイジロウ〜新宿編A

「あらら、派手にやったわね、義兄さん」
「いてて……もっと優しく出来ねえのかよ、ヨリちゃん」
「ふん、男に優しくしたら、つけあがるだけでしょ」
 ホテルの地下駐車場に停めた車の中、ケイジロウからの電話でかけつけた助手の依子がその顔の傷の手当てをしている。依子の愛車、緑のミラ・ジーノ。イギリスのミニ・クーパーを模したデザインがウケて発売して15年だが意外と愛好者がいる。大柄なケイジ・・・

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大奥☆ガールズトーク

15/06/15 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:649

 えー今は昔。現代では皇居となっていますが、江戸時代、そこには江戸城が建ってございました。
 その中にあった『大奥』は、最盛期には三千人ともいわれるほどの、女のひしめく園であったそうです。
 ◇
「ねえ、ミっちゃん、最近きれいになったんじゃない? 化粧変えた?」
「えへっ、わかるぅ? 目のきわにちょっと朱を入れたの。口紅は玉屋の紅小町よ」
「えっブランドものなの? い・・・

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吉原の牡丹

15/06/06 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:838

 江戸の遊郭、吉原の大門をくぐれば、そこは浮世を隔てた別世界。

 夜五ツ。花魁淡雪の寝床に置かれた行灯(あんどん)の火が揺れている。夜の間、寝ず番がやってきては菜種油を足してゆくので、朝の光が再び現(うつつ)を見せるまで、それは消えることはない。

 かさり。灯りにかざされている読本の薄い美濃紙の頁を、淡雪の細い指がめくる。昨日、版元・文渓堂で刷り上がったばかりの『南総里・・・

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嫁はつらいよ

15/06/01 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:539

 自分で言うのもなんだけど、私はおおらかな方だと思う。少々のことなら、まあ、いっか、で済ませられるし、自分が我慢して丸く収まるなら、あえて波風は立てたくない性格だ。

 まして嫁という立場なら、なおさらだ。だけど、あれはあんまりな出来事だった。
 
 ◇

 正月に帰省した時のこと。
 二歳になったばかりの息子が、義母から、日本で一番有名な乳酸菌飲料をもら・・・

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同窓会

15/06/01 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:441

実家に帰るのは久しぶりだった。在来線と新幹線を乗り継いで五時間という距離が遠いといえば遠かったし、取り立てて帰省する理由がなかったからだ。
 年老いた両親は兄夫婦と同居している。兄嫁は、たまに帰ってくる私をいつも歓待して特上の寿司などをわざわざとってくれる。自分が生まれ育った家だが、ここではもう私は客なのかなあと、何かにつけ、さみしく感じてしまう。今回は高校の同窓会に出席する為だったので、・・・

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かもめ

15/05/29 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:547

 人はいつか死ぬ。
 それは全ての人間に平等に課された運命だが、持ち時間はひとりひとり違う。事故や病気で早世する者もいる。日本人男性の平均寿命を超えて八十五歳まで大きな病気もせずに生きてきた私は、幸運の部類かもしれない。
 おない年だった妻は、三年前に亡くなった。それを機に一人息子から、一緒に住まないかと再三言われるようになる。高齢の父親をひとりにしておくのは心配だというのは、表向きの・・・

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海の中の森

15/05/18 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:541

 フランチェスカお嬢様は中庭で、色とりどりに咲き誇る満開の薔薇を愛でていらっしゃいます。
 おんとし十七歳のお嬢様もまさに今が花盛り。ボーンチャイナの磁器を思わせるような、きめ細やかな純白の肌。ヴェネチアンブロンドと呼ばれる赤みがかった豊かな金髪。薔薇でさえお嬢様を引き立てる小道具のようです。
 お嬢様の後から、孔雀がついてくるのはいつものことでした。お嬢様の十歳の誕生日にと、貴族でも・・・

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ヴェネチア雑記

15/05/18 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:712

入賞【海】 時空モノガタリ文学賞

 ヴェネチアの島を訪れるには、陸路かそれとも水路を行くか、選択をせまられる。もちろん私達は後者を選んだ。
 ◇
 共に暮らすようになって丸十年。
 恋の蝋燭はほとんど溶けかかり、ゆらめく灯火さえ心もとなくなっている。
 お互いに秘密がなくなり(表面上はそう感じる)彼の下着を洗うことは毎日のことで実際に洗うのは洗濯機であるが「トイレに新聞を持ち込まないで!」と私は言い疲れ、機・・・

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人魚の涙

15/05/17 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:671

 海の中でたゆとう一粒の泡。
 それがかつて人魚姫であったことを知る者はいない。

 私が泡になって十年。すれ違う魚でさえ私のことになど構わないし、話しかける者さえない。食べることも、笑うこともせず、ただ無為に生きているだけの毎日。
 あくびさえ出てこやしない。絵に描いたような、退屈。退屈が、私の心を蝕んでいくようだった、
 こんな海暮らしなんて、本当にもう飽き飽き・・・

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秘密のレストラン

15/05/04 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:642

 ようこそ! レストラン「三匹の子豚」へ。

 オススメですか? やはりオオカミの煮込みスープでしょう。ちょうど今日は活きのいいオオカミが入荷したところです。お客さん、運がいいですね。でもこのことは他言無用ですよ。
 ほら、いろいろと世間がうるさいもんでね。オオカミは絶滅危惧種でしょう。食材にしてるなんて、おおやけにできないんですよ。

 うちは秘密の会員制の店なんで・・・

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ピグオとブヒエッタ

15/04/26 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:860

 あなたは豚の国のカーストはご存知だろうか? ええ、三角形の身分制度のことです。

 ピラミッドの一番上はリトルピーと呼ばれている支配級。
 童話「三匹の子豚」で、レンガを積み上げた頑丈な家を作ったとされる、お利口な一番末の弟豚の末裔である。
 首都に住み、レンガ工場を始め、この国の経済界も担っている。強固な砦に守られているので、狼族の餌になる心配はない。

 ・・・

7

偽りのテーブル

15/04/20 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:977

入賞【テーブルの上】 時空モノガタリ文学賞

 「いただきます」と手を合わせて、今夜も母の用意してくれた夕食を、私は食べ始める。
 しゃけの塩焼きが三人分。筑前煮も三つの小鉢に盛り付けられてテーブルの上に置かれている。ご飯茶碗も、汁椀も箸も三人分。母と娘の私と、それから父の分だ。
 ◇
 父が病気で亡くなり、一ヶ月ほど経った頃だった。母がこうして父の分まで作り始めたのは。
 最初、母は笑ってごまかした。
「いやあ・・・

6

海辺の街のマダム・M

15/04/20 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:729

 男からもらった真紅の薔薇の花びらの数枚が、一週間経って、テーブルの上に散り始めていた。マダム・ミスティは、その一枚を手に取る。まだみずみずしさを残したそれが、男の旅立ち、すなわち別れを告げていることを、起きたばかりのぼんやりとした思考の中で直感的に悟った。
 もともと低血圧であった彼女の朝は、たいてい不機嫌であるのだが、今朝それは何重にも輪をかけて不機嫌だった。一人暮らしでよかったと彼女が・・・

6

傘の花

15/04/13 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:894

新宿駅はJR他、鉄道5社が乗り入れる巨大ターミナル。近年この駅の一日の利用乗降者数は三百万人を超え、ギネス世界一にも記録されたほどだ。多くの人がこの駅に吸い込まれ、そして吐き出されていく。雑踏は一見すると、何のよどみもない流れのようだ。けれど、その一人一人に焦点を当てれば、他人には伺い知れぬ事情を胸に抱えていたりする。人はそれを『悩み』と呼ぶ。一晩寝れば忘れてしまう軽いものから、身の危険を感じる深・・・

4

日々是好日なり、なのです。

15/04/06 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:586

 はぁぁー。ハナは、今朝二十回目のため息をついた。
――学校に行きたくない。
 二年間半、小学校へ通ってきて、今日ほど学校に行きたくないって思ったことはないと思い、ハナの顔は暗くなった。

 ハナは、かれこれもう三日も、お腹が痛いと言って学校を休んできたけれど(一日目はほんとに痛かったのだが)四日目も同じようにそれが通用するほど、彼女のママは甘くなかったし、正しかった。昨晩・・・

4

冬の通学路

15/04/06 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:610

 髪の毛は本体から切り離された瞬間に、なぜか禍々しいものとなる。

 私は、美容院の磨かれた鏡をみつめる。今しがた切ったばかりの私の黒い髪を、美容師見習いの女がホウキで集め、手早く片付けていく。
 
 私は幸せになりたかっただけなのに。
 愛は幸せを約束してくれるものじゃなかった。
 あの人は突然出ていった。

 愛も、本体から切り離された瞬間に、と・・・

7

まろと電波とたましいと

15/04/04 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:590

「ランドセルのすきまから立ってる竹の定規って、なんだかアンテナみたいだね」
ってヨシコちゃんが言う。今日の二時間目は算数の時間。あたしらは咲き始めた菜の花の黄色い顔をちょうど20まで数えてやめた。およそ、たくさん、ということにしておこう。
 アンテナかぁ。うまいこというなあってあたしは思う。ヨシコちゃんは将来詩人になったらいいのに。だけど卒業文集に書いた『将来の夢』に、ヨシコちゃんは・・・

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般若の家

15/03/23 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:847

 小さい頃、夜中にトイレに行くのがとても怖かった。古い旧家だった家は、畳敷きの和室ばかりの部屋がたくさんあり、長い廊下があった。灯りは電球がところどころにあって行き先をぼんやりと照らしていた。

 私は一人で行くことが出来ず、隣に寝ていたばあやを起こして、いつもトイレまで付き添ってもらっていた。

 何が一番怖いといったら、壁にところどころ飾られているお面だった。
<・・・

6

シロとノラ子

15/03/23 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:638

 シロは斎藤家の忠実なる番犬。
 この家の子ども、光一郎が小学校三年生の時に、捨て犬だったシロを拾ってきて、早や十年が過ぎた。もう仔犬だったかわいい面影はどこを探してもなかったが、心は拾われてきた時のままだった。
「光一郎ぼっちゃま、今日も帰ってこないのだろうか?」
 そうえいば、何十日も会っていないような気がする。昨日もそのまた昨日も……人間のように指を折ってそれを数えようとす・・・

4

月の光

15/03/19 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:651

ジザの父は二年前、戦地で亡くなった。母もそれを追うようにして昨年逝った。何かの病気だったのかもしれないし、餓死に近かったのかもしれない。けれど、かれこれ五年も続く戦争によって、人々は他人の死というものに慣れっこになり、誰もその死因について詮索もしなかった。心も体も疲弊していた。皆、自分が今日を生きていくだけで精一杯だったのだ。
 母の亡骸を埋葬するための穴掘りを手伝ってくれたのは、幼馴染の・・・

7

あこがれ

15/03/10 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:873

 はきだめに鶴がいたら、雀はきっと恋をするだろう。

「ちょ、ちょっと、何してくれてンのさァー」
 はきだめと言っては、少しばかり気が引けるが、我が家の食卓に、写真集。雀は私。

 世界で一番素敵なこの本を、あろうことか、私が目を離した隙に、母は鍋敷き代わりにしていた。
 今朝、湯気を立ててるアルミ鍋の中身は昨晩の残りものの、というよりも、正しく言えば残ることを・・・

7

星空の終焉

15/03/09 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:617

  JR渋谷駅東口を出ると、正面に東急文化村会館が見える。そこには、よっつ並んだ映画の大きな看板が掲げられている。映画館も入っている商業施設だ。目を引くのは、その建物の上に置かれた、巨大な白いドーム。そこは会館の八階、五島プラネタリウムだ。

 かつて土曜の夜は、そこで過ごすカップル達が多かった。そんなことがブームだった時代もある。かつて靖子もその一人だった。
 どんなに都会の空・・・

7

渋谷川の神様へ

15/03/09 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:881

 渋谷川の神様、ついにコンタクトレンズを買ってしまいました。
 代金は、私の高校の修学旅行の為にと父が積み立ててくれたものを流用しました。家族間で窃盗罪は成り立つのでしょうか? 仮に成り立たないとしても、罪は罪であるのでしょうね。嗚呼、深くざんげします。

 けれど私は罪人になるしかなかったのです。
 全ては、この家の近くのスペイン坂に出来たばかりの『アンナミラーズ』略し・・・

9

相模行軍顛末ノ記

15/02/14 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:786

戦乱の世。いくさは避けては通れない宿命としても、それには相応の目的があるし、勝たなければ意味はない。勝ってこそ領土を広げ、甲斐の国をより強固にすることが出来る。
 だからこそ、殿より「相模の北条を討つ」と聞かされた時、腑に落ちないものを感じた。

なぜ今、北条なのか?

相模の国と我が甲斐の国は隣合っているといえども、その城のある小田原は遠方であるし、かつては・・・

8

モーツァルトの耳

15/02/07 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:872

 トーストの上でバターは溶け、淹れたてのインスタントコーヒーにハムエッグ。もう既に、大小二人分の弁当が出来ている。代わり映えしない、朝の風景。

 小学生の頃から、俺を真似して料理するのが好きだった娘は、ますます手際が良くなり、中学生になった今では、料理は娘担当になった。今は料理が好きというより、必要だからとやっているのだろうと思うが。
 親の欲目を引いても、味はまあまあイケる。・・・

7

亡霊の告白

15/02/05 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:670

 ノイシュヴァインシュタイン城へ、ようこそお越しくだされた。深い深い森の中に佇む白亜のこの城こそ、我が命。王として生きた証。
 さて、お客人、ワーグナーの広間には行かれましたかな? あそこは私が敬愛した作曲家ワーグナーへ捧げた部屋。彼の産みだした楽劇の場面を壁画にして描かせたところ。皮肉なことに彼をそこへ招待することは、ついぞ叶わなかったが。
 二十一世紀の現代においては、彼の作った音・・・

6

最終便メモリアル

15/01/26 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:730

 成田空港を出発してから、そろそろ5時間が経とうとしている。目的地の香港の空の玄関口、啓徳空港はもう近い。

 徐々に高度を下げた飛行機は、獅子山が見えてきたあたりで、約45度に大きく右に急旋回させる必要がある。
 九龍は狭い土地にたくさんのビルが立ち並ぶ超住宅密集地。その隙間をくぐり抜けるようにして、飛行機はヴィクトリアハーバーに浮かんだ唯一の短い滑走路を目指す。その難易度の高・・・

8

ロールキャベツと男と女

15/01/24 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:900

 空港ってドラマが生まれやすいんだろうなあと、今夜、食事当番だった私が作ったロールキャベツをほおばりながら、彼が言った。
 見ていた映画が丁度終わり、テレビの画面にはエンドロールと軽めの音楽が流れている。

 ロールキャベツは、私の数少ない定番レシピのひとつだ。
 それを作るのは、キャベツ丸ごとを買った時に限られている。なぜかと言えば、ロールキャベツを作るためには、挽肉と玉・・・

6

ダン・ド・リオン空港

15/01/17 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1390

入賞【空港】 時空モノガタリ文学賞

 一面たんぽぽが咲いている野原、住人たちは、ここを『ダン・ド・リオン空港』と呼ぶ。春の陽を受けて、のどかであった。
 蜘蛛がたらした糸は、見事に地球に対して垂直を保っている。
「たんぽぽの皆様、本日は無風であります。全フライトは延期いたします」
 ピ、ピ、ピ。管制官の雀のアナウンスが響く。
 今日あたり、たんぽぽの離陸が見られると思い、見物に出かけてきた蛙のカップルが

8

ペットショップ哀歌

15/01/12 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1130

入賞【隣室】 時空モノガタリ文学賞

透明なアクリル素材で、各部屋は仕切られている。
スピッツの隣室は、一週間ほど空き室であった。以前は茶色のトイプードルがいたのだが、人気犬種のためか、すぐに買い手が付いて出ていったからだ。
 今日、そこへ新しい子犬が入居した。
 クシャっと潰れた顔のパグ。まだおぼつかない足取りで、一歩踏み出してはよろけている姿を、女子高生の客が「めっちゃ、ブサかわいい!」と言いながら、しきりに・・・

4

架空隣人

15/01/10 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:603

 まだ夕方五時を少し回っただけなのに、すでに闇というものが辺りを飲み込んでいた。
 冬の夜というものは圧倒的に早い。

 小高い丘の上に、オレンジ色の部屋明かりがまるで何かの目印のように浮かんでいる。そこは静雄の住むアパートの一室だった。

 一日の労働を終えて、疲れた体で家路をたどれば、それはともし火のようだった。今日も迷わずに、帰るべきところへ帰りつくための、愛す・・・

5

さよなら、愛おしい私の髪

14/12/29 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:676

 桜美容室は、母のいきつけの店だった。
 母に連れられ、初めてこの店にやってきたのは、小学校に上がる直前。当時流行っていたショートカットのアニメの主人公の女の子に憧れて「同じ髪型にしてください」と頼んだ。けれど現実はその女の子に似るどころか、まるで男の子。もしくは猿。私は失望のあまり「これじゃ学校に行けない」と言って泣いた。
 「またおまえのわがままが始まった」と母は呆れていたっけ。<・・・

9

折り鶴

14/12/22 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:815

 池で泳ぐ鴨の親子。アスレチック広場で遊ぶ子ども達。母親の膝の上で滑り台をすべる幼児。キャッチボールをする父子。カメラのシャッターを押す母親。芝生でフリスビーに興じる犬と飼い主。誰かと誰かが優しくつながっている。晴れた日曜日の公園は平和に満ちているようだった。
「こんにちは」
 ベンチに座る男に突然に話しかけられ、ひとりぼっちの小さなリクは身を固くした。
「驚かせちゃった? ごめ・・・

6

みづうみ

14/12/20 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:701

 白樺の林の中に、ひっそりと別荘は建っていた。
 外国製の柔らかな絨毯、グランドピアノ、時を刻む大きな振り子時計、宝石のごとく輝くシャンデリア。リビングの大きな窓からは湖が見えた。
 晴れた日は太陽の光がきらきらと湖面に反射して、とてもまぶしい。まだほんの少女だった私と若かった父は、その風景をまばたきせずにどれだけ見ていられるかを競い合ったものだった。十秒、二十秒……。次第に眼が痛くな・・・

9

穴掘りビトの系譜

14/12/12 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:966

 いつからこんな生活が始まったのだろうか。

 覚えてはいないのだけれど、気づいたら僕は、父さんと一緒に穴を掘っていたのだった。

 日の出と共にツルハシは正確に振り上げられ、日没と共に穴掘りは終わる。
 
 丸いその穴は、父さんが寝てちょうど収まるくらいの大きさで、夜になればその底で、僕は父さんに抱かれるようにして眠った。 そこから見上げる夜空は丸く切り取られ・・・

10

99年目の空

14/12/04 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:802

  或る日、突然に私は闇に閉ざされた。

 トラックミキサー車から吐き出される、黒いどろどろとしたコンクリートが、隅々まで広がり、私を覆っていく。
 苦しい、止めてくれと、叫んでみたところで、声にならない声など、誰にも届かなかった。
 ◇
 晴れた日は太陽の光が降り注ぎ、おかげで私は温かくなったものだ。地熱は、私の中にある植物の種が芽を出すのに役立ったし、眠っている蝉・・・

3

ユートピア・レポート

14/12/02 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:675

 エリア・ゼロ。通称「ユートピア」と呼ばれるそこは、エリア・ワンから始まる俗界から隔離され、その存在を知る者はごく限られた国の指導層、もしくは富裕層に限られています。
 そこは巨大なクリーン装置に守られ、人体にとって害のあるウイルス等を排除された安全な空気で満たされています。もちろん水や食物も安全基準値を合格したものだけが流通しています。公園の砂粒ひとつに至るまでそれは徹底しており、間違って・・・

4

夜の華

14/11/30 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:617

 電話の相手は、故郷の高校の友人だった。卒業して二十八年。来年、母校が廃校になるのを機に同窓会があると言う。
「たまにゃ帰ってこいや」
「うーん、そうやなぁ」
 大学進学で上京して、故郷で過ごした時間より、東京で過ごした時間の方が既に長いというのに、故郷の訛りは忘れないものらしい。スイッチを押せば、正しく鳴り出すメロディみたいだ。
「結婚したんか?」「いや、まだや」「いいの・・・

7

ばか と ぶあいそ

14/11/24 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:754

いつも違う女の子を連れて私の働くブルーヘブンに
夜な夜なやってきた。女たらしのばか。大嫌い。
前の彼氏もそうだった。
始まりは金平糖みたいに甘いけど、
別れはアブサン酒みたいにひどく苦い。
一晩思い切り飲んで、忘れてやったけど。
恋、なんかどうせそんなもの。
軽くて、うそつきで。
男はみんな大嫌い。

                あの・・・

8

子別れ

14/11/19 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:948

入賞時空モノガタリ文学賞(テーマ【別れ】)

 彼女は生まれたばかりの命をそっと抱きしめて眠っている。

 去年は、命を産み出すことは出来なかった。それは自然の摂理だ。受精卵を孵すか、孵さないかは、母体の栄養状態によるところが大きい。

 去年はすべてのものが足りなかった。雨が少なかった乾いた森は、秋になっても木の実が極端に少なかった。通年だったら遡上する鮭で、川が埋まるほどであるのに、去年は一日待っていても、せいぜい・・・

6

烏賊墨

14/11/10 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:826

 瀬戸内海に浮かぶこの小さな島の事を『日本のサンタルチア』と洒落た別名をつけたのは数年前だ。それは観光客を増やそうとする島おこしの一環だった。けれど思うようには浸透せず、ウチみたいな釣り人相手の小さな民宿と漁業と柑橘栽培で成り立っている、さびれていく一方の過疎の島であることには現在も変わりない。
 一人息子の諒一が東京の大学を出て、そのままむこうで就職したのも無理はない。帰ってきたとしても、・・・

6

僕は無題という名前なのです。

14/11/09 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:662

ねえ、明日引っ越すんだろ?

「なんだ、駅鼠か。おまえ、ずいぶん早耳だな」

ふん、見くびってもらっちゃ困るよ。ここは、じいさんの代からおいらたちの縄張りさ。で、どこ行くのさ、無題。

「美術院に引っ越すんだ。そこで絵画修復士って人が、僕をきれいに直してくれるそうだよ。何しろ僕は百歳だからね。絵の具もところどころハゲちゃってるし、だぁ〜れかさんにかじられて、穴・・・

5

離岸流

14/11/03 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:722

 男は泳ぎにだけは自信があった。
 
 ◇
 
 彼は荒い波の立つ日本海に面した海辺で育ち、海は一番身近な遊び場であったのだ。
 大漁旗を掲げて帰る父親の陽に焼けた顔を見るたびに、テレビのヒーローよりもかっこいいと彼は思ったものだ。憧れの存在でもあった。
「大きくなったらボクも、とーちゃんみたいな漁師になる!」
 無口だった父は何も言わずまだ少年だった男の・・・

7

竹子

14/11/02 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:613

 私の父母はある日車で出かけて、大きな箱に入れられて帰ってきた。ふたりとも交通事故で死んだという。

――車はクラクションを鳴り響かせてガードレールを突き破り崖から真っ逆さま。助手席の絹子さんは死んでなおハンドルにかぶさっておったらしい。
――無理心中じゃなかろうかって村の噂になっとろう。
――絹子さん、子ォ産んでますます頭おかしくなっとったって。あの日も峠の精神病院に入院・・・

10

暴露

14/10/16 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:755

「ふたりだけの秘密だよ」

 神父様の言葉が頭の中でリフレインする。
 冷凍された私の部屋に投げ入れられて転がるフレイズ。それは宝石なのだろうか。
 私のことを「ドール」と神父様は呼ぶ。
 そうするとたちまち私は人形と化す。
 例えばあの日、崖から車ごと真っ逆さまに落ちていく恐怖や、両親は死にひとりだけ生き残ってしまった現実や、事故の後遺症というもので動かなくな・・・

5

八男の秘密

14/10/11 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1551

 一匹の黒々とした立派なごきぶりであった。朝のキッチンでみつけたものは。いつもなら何のためらいもなく殺虫剤を浴びせかけるところだったが、その日はしなかった。なぜならその朝のテレビ占いで【乙女座の人は一日一善!】と流れてきたからだ。

 中学校の教師となって三年。当初は生徒と心通いあえる教師になろう! と理想に燃えたものの、教師としての仕事の多さの前にいつしかそんなものは置き去りにされた・・・

7

ラストノート

14/10/05 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:639

 夏のメトロはいつにも増して苦手だと、アンヌは眉をひそめる。臭うのだ。乗客の体臭、口臭が混ざりあったものが電車の冷えた空調によって運ばれてくる。生まれつき彼女は人より嗅覚が鋭い。最悪なのは、犯罪じゃないかと思えるほどのキツい香水を浴びたようにつける女もしくは男が近くにいた時だ。実際気分が悪くなり車両を変える事は日常茶飯事だった。「座席に割り込んでくる中国人のほうがまだマシ」と心の中で悪態をつきなが・・・

10

わたしたちを取り巻く優しきもの

14/09/24 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:908

 昨晩の月は絵に描いたようなおぼろ月だった。
 まるで大きなオブラートに包まれたように
 柔らかで幻想をまとった月だった。

 粉薬にオブラート。
 昔、ありましたよね? 紙の箱に入ったうすい半透明の、あれ。
 むせないように、苦くないように、気遣ってくれる、そう、あれです。
 オブラートの成分の何%かは優しさで出来ているのだと思う。
 体のなかの水・・・

7

朝茶はその日の難逃れ

14/09/22 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:903

「朝茶はその日の難逃れ」

 祖母はそう言って朝食が済んだあと、毎朝緑茶を淹れて飲ませてくれた。
 朝は一分だって多く寝ていたい年頃の中学、高校生の頃はそんな迷信めいた行為を僕はありがたがるどころか、内心ばかにしていた。はっきりいえばウザかった。
「あちィッッ」
 クソっ! あわてて飲んで口の中を火傷することもしょっちゅう。
 僕が度を越した猫舌になってしまっ・・・

7

イラクサの民

14/09/18 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:742

 夜が明け、サリの家の藁葺きの屋根に深々と刺さっていたもの、それは白い鳥の羽根のついた矢であった。それを見た村人はやはりとうなずく。村一番の美人だと噂されていたサリこそ神になるには適役だと。
 村は山深い奥地にあり、街へ出るのに一番近くて安全な方法は大蛇川にかけた橋を渡って行く方法だった。が、雨季になれば川は氾濫しその度に木造の橋はあえなく流される。新しく橋が架け替えられるまで村は孤立する。・・・

9

露草

14/09/07 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:604

 秋が始まる頃ようやく詩人が帰ってきた。

 ちょいと長い散歩だったかな、と悪びれもなく。

 おかえりというのもいかにも待ち焦がれていたようで、まったくもってしゃくなので、おみやげは? と聞けば、くたびれた三角の帽子の中から一輪の青い花を取り出してみせた。まるで魔法のように。

 双子のような花弁の
 ひとつは孤独
 ひとつは自由
 ぼくが最・・・

6

猫にマタタビ、詩人に孤独

14/08/30 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:822

――チュウヤは詩人だ。自分でそう言うので、そうなんだろうと思ってやろう。何でも有名な同名の詩人がいたらしく、自分は彼の生まれ変わりじゃないかと思ったらしい。
 
 そう、あれはかれこれ彼が小学校三年生の時。担任のよーこ先生にチュウヤが書いた詩を褒められてからだ。
 よーこ先生は大学を卒業したばかりで先生というよりきれいなお姉さんという感じの先生で……いわゆるLOVEでして。チュウ・・・

7

盆にぎわい

14/08/25 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:566

 細い山道を上る。右手の沼の水面はさざなみひとつなく、どんより濁っている。地元では底なし沼だと怖がられていたが底はあった。左手には竹林が続き、路に覆いかぶさるようにして風が吹くたびさやさやと笑う。
 奇伝ファンタジーの作家、古御堂(こみどう)先生が住む家としてはいかにも相応しい環境だと、ここへ先生の原稿を取りにくるたびに思った。夜に通れば魑魅魍魎に会いそうじゃないか……何より先生はいわくつき・・・

7

【薄荷飴】 It’s a special Mint drop

14/08/21 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:652

 さるすべりの濃い桃色の花。
 競い合うかのように啼く、うっとおしいこの上ないアブラゼミの声。
 ほんのわずかに海の匂いを含んだ、肌にまとわりつくような潮風。
 ごろんと寝転がれば眠気を誘う畳。
 夏のお盆のたびに帰省しているが、実家の風景というものは昔からちっとも変わらない。

 東京に出たのは大学からだから、それから社会人になって十二年、ちょっとは大人になっ・・・

6

月下のレッドアイ

14/08/10 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:613

 目の前の男によって、女の未来は選ばれようとしている。
 思えば女が捕虜の身となる前、小さな王国で姫と呼ばれていた頃、――それはつい三日前の事だが、とても遠い過去のようだと女は思った。不幸というものから逃れたいという心の作用なのだろうか。あの頃、女の未来はまるで晴天の空のように、みじんの曇りもなく明日へと約束されていた気がしたのが嘘のよう。
 肥沃な大地と清らかなアルプスの雪解け水。初・・・

10

【ルメール・フュテュール】朝顔は永遠に咲かない

14/08/01 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1316

入賞【 未来 】 未来総研賞

 私は幸せだった。そしてそれが明日も明後日も、ずっと先の未来まで続くのだと思っていた。あの日までは。
 
 優しい夫と八歳の息子。去年購入したばかりの東京郊外の4LDKの一戸建て。庭には息子のひなたが植えた朝顔の苗。初めての蕾がついている。クーラーボックスの中には肉と野菜、焼きそば麺。ノンアルコールビールとジュース。小学校が夏休みに入ったばかりの日曜日。川遊びをしたあとバーベキューの予・・・

7

父さんはホタル族

14/07/19 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:659

『夫婦って主導権を握ったほうが勝ち! っていう気ィせん? 
 うちの両親見てるとさ、めっさ、母さん強いしコワいし。 ̄◇ ̄;
 父さんもあたしもさからえんもん。えーリコんちも?』

「唯、いい加減勉強しなっ」

『あっ母さんが風呂から帰還。じゃねっまた明日 ´ ▽ ` ノ』

 私はスマートフォンのラインを抜けた。午後九時以降スマートフォン禁止令は私の・・・

8

夜光蟲

14/07/17 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:864

今晩は新月。
 
隣で寝ている夫から、小さな鼾がまるで小動物のあえぎ声のように漏れている。だらしなく熟睡している。それが今夜はいつもにも増してカンに触る。
 
 舅と姑、九歳を筆頭にまだ幼い子どもが五人。貧乏人の子沢山とはよくいったもので、子が産まれるたびに、ただでさえ少ない三度の飯はさらにひもじくなる。
 米はもう食べ尽くし、あとは漁で得た魚と野で摘んだ草のおひ・・・

6

涙巻き ねたましいのは猫の恋

14/07/14 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:798

 いつもは静かな夕暮れの横丁が、今晩は騒がしい。
 
 ――猫の恋。
 桜の花が狂わすのは人間の心だけじゃなさそうだ。毎年この時期になると猫もさかりがつく。
 ぎゃあおうぅ。ぐえええー。何匹かののすさまじい声色が重なり合う。
 まったく恋に浮かれている声とは思えない、喧嘩だろ、ありゃ。どんでもねえ、わめきっぷりじゃんか。
 おおかた雌猫をめぐってオス同士が敵意む・・・

6

泣く真珠

14/07/13 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:965

入賞【 涙 】 時空モノガタリ賞

 生まれたときから、わたくしには左右の目玉がありません。
 あるべきものがない其処は、ただの小さな空洞。
 
 ――何の因果だろう。あまりにも哀れだと嘆いた父は、南洋の海で採れたというそれは上等な天然の黒真珠を取り寄せ、わたくしのその空洞へ埋め込ませたということです。
 とはいえ、それが本当の目玉になるわけはございません。
 もとより視神経や血管、角膜などはないのです・・・

5

メアリーという女

14/07/09 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1042

  【古今東西、女の涙というものは武器である。もちろん例外もあるのだが】
                   気象博士レイニーチェルネンコの言葉より引用


「あなたはあの女の涙に騙されているだけなのよ。ジョン」
 ――結婚の約束までしたジョンが、私のもとを去ろうとしている。
 嫌だ! そんなの絶対許さないんだから。
 
 メアリーは負けん気が強い・・・

5

紫陽花

14/06/29 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:623

 母が亡くなった。享年五十七歳。脳出血だった。健康の為に毎日納豆を欠かさなかった母なのに。僕はあの匂いがだめだ。
 無言で倒れ、救急車の中で呼びかけても応答はなかった。普段から寡黙な母らしい最期だったともいえる。あっけなかった。しかし臨終に際してそれまでの感謝の気持ちを伝えることが出来るのは小説や映画の中だけの話なのかもしれない。
 母と交わした最後の言葉は「ただいま」「おかえり」とい・・・

9

モモが行く道

14/06/26 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:614

「おはようございまぁす」
 世界で一番愛しい声が聴こえる。
 背中に小さな青空を背負ってモモがやってきた。

 5年前小学校へ上がる前に行ったデパートのランドセル売り場はまるでマカロンみたいにカラフルな色にあふれていた。その中からももが選んだのはパステル調の水色だった。
「モモ、これがいい! あおぞらのいろ!」
「ピンクや赤もかわいいよ」スポンサーである私の母・・・

7

たから石

14/06/16 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:597

 あの夜、あたしは死に場所を求めていた。
 
大川の土手の草むらには蛍が舞っている。浮世の最後に見る景色にしちゃ、きれいすぎやしないか。
 とうに捨てたはずの命への未練が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じながら、そのともしびがゆらめている様子に魅入っていた。

――どぶんと川へ身を投げておしまい。

 むしろ一枚の上で身を売る夜鷹の女が死んでも誰も同情・・・

6

心の中の石

14/06/12 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:612

 被疑者森野こずえは四〇歳という年齢相応に受け答えもしごく落ち着いていた。
「彼と結婚の約束をしていたのですね」
「はい。でも起業したばかりの事業が不安定で先延ばしになっていました。ある日あと百万ないと手形が不渡りになり倒産だと言われお金を貸した事がそもそもの始まりでした」 いわゆる典型的な結婚詐欺の手口だ。
「お金を渡すとありがとう、愛してると私を抱きしめてくれました」
・・・

5

安全剃刀あります

14/06/01 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1051

 日曜日の朝食は私たちにとっては昼食だ。怠惰な眠りというものを私たちは愛している。十年分ほどよくヘタったマットレスのダブルベッド。その上でぐうと私のオナカが鳴った。
「ぐうう……」夫のオナカが返事する。
「ねえ、もしかしてこの世から言葉というものがなくなっても、私たちだけは困らないかもしれないね」
 彼がぼんやり薄目を開ける。また変なこと言い出してと思っているに違いない。
・・・

6

ブルーデイジーノート

14/05/31 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:632

 彼は諸国を旅するピアニストだった。それは世間の眼をごまかすための隠れ蓑だったのだが。
 
 通称ブルーデイジー。彼に会った人にその印象を尋ねれば、見事にそれはまちまちであった。
 若者であったという人もいれば壮年の紳士であったという人もいる。
 一致しているのはその指先から奏でられる音色の美しさだった。
 観客はたちまちその音楽に魅せられ、カクテルの酔いにまかせて饒・・・

6

さざ波

14/05/24 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:873

 この青い惑星の中で一番高い塔。その最上階にマザーは住んでいた。マザーはこの星の影の統治者であった。神と呼ぶものもいる。
 争いごとが好きな地上の民にほとほとマザーは手を焼き、幾人かのスパイを地に放し、戦争でこれ以上命が失われないよう指令を出した。
 非合法のスパイ活動は天使の顔だけではない。時には悪魔にもなる覚悟を必要とされる汚れ仕事だ。

「ただいま、もどりました」

10

手紙

14/05/15 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:759

拝啓 晴彦様

惜春のみぎり、お元気でお過ごしのことと存じます。

ご報告です。六月十日柚子が結婚することになりました。
相手は大学の同級生で役所勤め。僕も一度会いましたが好青年という印象です。
何より二人がこの上なく幸せそうでした。

娘の紗江と君が別れて二十四年。月日の経つのは本当に早いものです。あの時柚子は二歳でした。
もしもバブルがはじ・・・

8

ジューンブライド

14/05/08 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:811

 朝。鳥の声を模した電子音で柚子は目を覚ました。
 いつもの朝のようでいて、特別な朝。
 ベッドサイドにはくたびれたくまのぬいぐるみ。散々迷ったけれどそれはここへ置いていくべきものだと今の今、彼女は決心した。
 この部屋のこのベッドで起きるのは今日が最後になるだろうという小さな感傷を胸にしまい、彼女は着替えて階下へ降りていった。
 
 柚子の母は彼女が五つの時に再婚し・・・

8

予感様

14/05/02 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1054

入賞【予感】 時空モノガタリ賞

 深い山々に囲まれた小さな村。現代にあって、ここだけ時間が止まっているかのような村。外地へ行く道はいうなればケモノ道のようなものだけなのでした。車が通る道は災厄を連れてくるだろう、という何代か前の『予感様』のひとことで、その不便さをずっと村人は受け入れているのでございました。出ていくにも、来るにも歩くしかない。一番近くの町までゆうに三日はかかるという遠さです。
 私のふるさと。ここでは『予感・・・

6

文鳥

14/04/26 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:915

 夜勤明けの空が晴れていればいるほど、さみしくなるのはなぜだろう。
 望みといえば、疲れたこの身体を安アパートの湿ったベッドに(僕にとっては世界で一番安らげる場所)横たえるだけ。
 コンビニで弁当を買う。今しがた自分がベルトコンベアーに載せたものかもしれない。そうであるかもしれないし、そうでないかもしれないが、添加物にまみれたそれは今の僕の身体の大半を作っているに違いない。
 <・・・

7

月浜のとおめがね

14/04/21 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:744

 蝶子お嬢様はそれまでずっと陽のあたる道を歩いてきた。
 
 華族の家に生まれ、何不自由なく育った。。夫婦そろって榊家の住み込みの使用人のせがれであるおいらにとって、ずっとまぶしい存在だった。
 母は蝶子お嬢様の乳母をしており、同い年であるおいらとはまるで兄妹のようにして育った。
 月浜は幼いふたりの遊び場だった。桜貝を拾い集めた硝子瓶はお嬢様の宝物だった。
「源治、・・・

8

砂の中の魚

14/04/16 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:722

 ここは紛れもない砂漠。
 この砂の中で一年のほとんどを僕らは眠って過ごす。眠りたいからではなく、眠る以外に出来ることがないからだ。多くの仲間は『よろこびの季節』と呼ばれているものが来るまで、そのまぶたを開くことはないと聞く。
 
 眠りは仮死に似ている。いわば死に寄り添ったような生。

――僕はちゃんと目覚めることが出来るのだろうか。
 疑問は尽きることなく湧・・・

7

ケル・タン【週末の天気は?】

14/04/11 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:760

枕元のスマホの着信音で目が覚めた。午前十一時。朝というにはもう遅い。けれど土曜日の朝だ。夫の仕事が休みと思えばいくらだってだらしなく寝ていられる。電話の主は姑だった。今まで見ていたであろう安らかな夢は一瞬で消え、いきなり現実が飛び込んできた。
「おはよう栞さん。ごめん、もしかしてまだ寝てた?」「いえ、はい、いえいえ。もう起きなきゃって思ってたところで」嘘ともホントともとれる言葉でお茶を濁す・・・

7

さやえんどうが実ったら

14/04/07 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:647

 パチンとはじけとんだ、洗濯バサミ。
 ――太陽のせいだわ。

 壊れたプラスチックの欠片を拾い上げて、私はみつめた。

 洗濯ハンガーの先にぶら下がったいくつもの洗濯バサミ。壊れたのは今回で何度目だろうか。もうそのいくつかは既に壊れ、用をなさない。
 結婚した時買い求めたものだから、もう十年使っていることになる。その間、南向きのベランダで毎日陽にさらされたこと・・・

9

太陽が眩しかったから。

14/03/26 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:962

 こんな風にブランコに乗るなんて何年ぶりだろう。やる気なくこげばブランコだってやる気は出ない。子供の頃はもっと激しくこいで、えいっとはずみをつけて飛び降りるのがたまらなく好きだった。
 ふわり。空中で静止したような感覚。重力から解き放たれる一瞬。今でもその感覚が蘇ってくるようだ。昨晩の雨が小さな水たまりをブランコの下に作っている。私は水に足を取られないように慎重にブランコをこぎ続けた。

9

きつねのよめいり

14/03/22 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:990

入賞【廃】タック賞

 川伝いに伸びる、でこぼこ道の向こうから
「菜の花がきれいね」
 と言い懐かしい人が光をまとってやってきた。
 クリスタル製の呼び鈴に似た、高く澄んだ鳥の声が真っ青な空いっぱいに響いている。

「あなた、ずいぶんともう大人になったのね、見違えたわ」
 と彼女は私を少しまぶしそうに見て笑った。
「大人も大人。まさかこんなおばあちゃんになるなんて、あの頃は想像・・・

8

赤鬼の子

14/03/15 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:807

 長屋の戸口を開ければ乾いた空っ風がひゅうと入り込む。
――おお、いやだ。こう雨が降らないんじゃ、どこもかしこも乾いちまってるよ。
 お久はチッと舌打ちした。春まだ遠いこの季節が嫌いだった。町火消しだった夫定吉が先の大火で命を落として五年経つ。
 家々が密集したここ江戸では火事は何より怖しいことだった。中には付け火をする不届きものもいる。うっかり火を出し風でもあったらそれは隣、隣・・・

7

星のこども

14/03/08 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:863

 予定日を五日過ぎても、いっこうに生まれる気配がない。
「よっほど居心地いいんだろうなあ」
 夫がのんきにそう言うたびに、少しイラッとする。産むのはあたし。あなた待つだけ。
「あんまり育ち過ぎると、難産になるんだって」
 初産である私にとって、難産という言葉は未知であり、何よりの恐怖なのだ。
「オーイ、パパでちゅよ。早く出てオイデ」
 私のはちきれんばかりのお腹・・・

8

河童

14/02/28 コメント:21件 そらの珊瑚 閲覧数:1238

入賞 【 勇気 】 時空モノガタリ賞

 本当の名前は確か『かめきち』だった。
 でも彼のことを、みな『あほきち』って呼んだ。あほきちは僕よりだいぶ年は上だったけど、何を言われても、えへらえへら笑ってた。石をぶつけられても笑ってた。
 おれ、あほだから、って。
 
 あほきちの死んだばあちゃんが言ったらしい。『おまえのえがおは、日本一じゃ』って。

「一足す一は?」
「にー」
 あほきちが・・・

8

雨上がりの虹の下

14/02/23 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:886

「虹はなあ、雨がふったあとの上空1万メートルからのごほうびだよ」
 そう教えてくれたのは父さんだった。
「きれいだろう」
 虹が消えてしまっても、その余韻を味わうように、しばらく二人で空をながめていた。虹は奇跡だよ、とも父は言う。
 まだ幼かった私はそれがどういう意味なのか、誰が誰に対してのごほうびなのかもよくわからなかったが、奇跡は美しいもの、いつか消えてしまう運命の少し・・・

6

刺青の夜

14/02/19 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:842

 あの夜、私達に必要なものはコンパスだけだった。正確な丸を描くためではなく、お互いを傷つけあって、永遠のシルシを刻むために。
  ◇
 彼はヒロと呼ばれていた。『拾われてきた子だからヒロなのさ』とホントのことなのかは知らないけれど彼はそううそぶく。
 内戦のあと、捨て子や孤児はあとを絶たず、浮浪児の群れに入るか、拾われ子になるかしなければ、彼らが命をつなぐことは難しかっただろう。・・・

8

ル・トリアングル

14/02/10 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1112

 あの女はやめときな、とクロエが言う。いつだってそう、僕の女を褒めたためしがない。
「どうしてさ」
――ルネ、あんたのおめめはポンコツだから気づかないだろうけど、あの女のとりえは美しい顔と若い肉体だけ。オツムのほうはすっからかんときてる。おまけに色仕掛けだけが取り柄だってこと、わかんない? あわよくばあんたの専属モデルになろうっていう魂胆の打算的な女。口紅を塗り直す時見たんだ。爪の間に・・・

5

Password  Control

14/02/06 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:959

 夫のパソコンにはパスワードがかかっている。私はそれを知らない。
 
 結婚して十年が経ったが今だ子は授からない。冬のあとに春が来るのを疑わないように、これから先もそうだろうという予感はたぶん現実になるであろう。
 毎日基礎体温をつけて、妊娠することにやっきになった日々もあった。人の女の排卵日は巧妙に隠されている。持ち主の女自身にもそのパスワードは知らされない。唯一それを推し量る・・・

9

BLANKEY JET CITY

14/02/03 コメント:18件 そらの珊瑚 閲覧数:984

 今日もまた昨日と同じ日常が始まる。いや昨日よりそれの憂鬱度は増し、だからといってそこから逃れることが出来ずにいる。

――人の身体の80%は水から出来ています。

――きれいな水を飲めばおのずと健康になるのです。

――反対に汚れた水を飲めば不健康になります。

――当社の高性能浄水器を使えば塩素、ダイオキシン等に汚染された水もきれいな水になるので・・・

6

死ニゾコナイ

14/01/30 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1251

入賞 【 絶望 】 時空モノガタリ賞

 寝室の窓の外で
 また今夜も
 切れかかった街灯が
 青白い点滅を繰り返す

 この世に未練があるのか
 ただ惚けてしまったのか
 それとも
 死ニユク前のあがきなのだろうか
 今夜も
 静寂であるべきはずの
 オレの
 夜を
 不規則という規則にのっとって
 あいつが邪魔をする

 寒空の下で

9

絶望を視る女

14/01/28 コメント:21件 そらの珊瑚 閲覧数:1042

 牛込御門内五番町、青山播磨守主膳の屋敷。
「どうした、お菊、ないでは済まんぞ」
「お許しくださいませ」
「その皿は徳川様からの拝領の品。青山家の家宝であると存じておるな」
「はい、それはもう。確かに十枚、ここへ納めたはずです」
「ではあらためて、数えてみよ」
「一枚、二枚、三枚……九枚」

「カットォー! ルリちゃん、全然ダメ、ここは絶望の表情が・・・

7

青柿

14/01/26 コメント:18件 そらの珊瑚 閲覧数:860

 今日と同じように明日もやってくる。そう思っている人、手ェあげてみんさい。――ひい、ふう、みい……。こんなじいさんにも、かぞえんでもわかるわなあ。桜中学二年三組のほとんどの皆さんっちゅうことや。わしもそうやった、あの日までは。
 ◇ 
 目ェ覚ませば、だいどこからかあちゃんが菜っ葉刻む音がして、米なんかほとんど入っちゃない薄い雑炊が出来上がる。小麦粉で作った団子が入っとりゃ餅だ! て喜・・・

7

漫才「おしくらまんじゅう」

14/01/25 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:744

あれみてみい、なにしてるんやろ
子どもっておもろいな
おしあいへしあい
わざわざさむい日に

「あらてののケンカちゃうか?」

そんでもめっちゃたのしそうやで

「だからたのしくケンカできるって、子どもっておもろいやんか
 あったこうなるらしいで、でんきいらんし」

きゅうきょくのエコやな
みんなでやって
そのエネ・・・

7

14/01/22 コメント:18件 そらの珊瑚 閲覧数:1009

 九月といっても秋の訪れにはまだ早い。ヒートアイランド現象で熱せられた東京は未だ夏の暑さだ。
「これ、真里ちゃんにお土産だよん」
 ディオールの赤い口紅。唇にのせれば独特の香料の味がするが彼女はそれが嫌いではなかった。
「いつもありがとうございますぅ、清水さん」
「礼を言うのはこっちだよ。真里ちゃんのおすすめで買ったS工業株、急上昇してるし」
 ハワイでゴルフ三昧だっ・・・

11

マザーロード

14/01/13 コメント:24件 そらの珊瑚 閲覧数:1096

 かつて私を捨てた母もまたこの高速道路を行ったという。西へ。

 母は全てのものを捨てていった。父と十歳の誕生日を迎えたばかりの私と、広大な果樹園と石造りの大きな屋敷と、古い風習の残った田舎の退屈な暮らし。標高が高いせいでいつも霧が立ち込めてどこか気の滅入る天気も。パリで作らせたという最新モードの夜会服や左手にはめていたピジョンブラッドの赤い指輪も、そう、何もかもを。まるで価値のないも・・・

7

ランナー

14/01/09 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:902

 一月三日晴天。その年は暖冬だったが標高約七百mの箱根・芦ノ湖周辺ではさすがに朝は冷え込み、気温は氷点下七度を記録した。俺は往路六区を走る西湘大学のランナーとしてエントリーされていた。昨日の往路の成績は十位。今日一つでも順位を落とせば十一位になり、そうなればシード校からはずれ次回の箱根駅伝の切符はない。出場するには予選会を勝ち抜かなければならず、その大変さを経験している身としては後輩達にそんな荷物・・・

9

野良猫の事情、ブルーラグーンの空

14/01/01 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1270

入賞 【猫とアオゾラ】 ソラネコ賞

  空というものは、大きな宝石だ。朝陽が昇る時間には燃えるようなルビーの赤になり、それから爽やかなアクアマリンの青空に変わる。所有者のいない宝石。誰のものでもない。神様が用意してくれた誰のものでもない、美しいもの。
「ニャーオ」
 おお、そうだった。おまえも宝石を持っていたね。エメラルドの瞳。毎朝の日課である散歩の途中で、この浜で会うだけの、首輪がないし、汚れ具合からみると、たぶん野良・・・

7

無名の画家たち

13/12/26 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:998

 目の前に若い男がいる。男の前にはイーゼルとキャンバス。絵描きなのだろう。服や指が盛大に絵の具で汚れているが、まるで生まれついた時からのしるしの様に違和感がない。天に決められたなりわいを持つ者には、ごしごし洗っても落ちない何かがある。爪の間はもっと酷い。世界の全ての色を混ぜたら黒に近くなるっていうのは本当だろうか。私は男からそっと目線をはずした。私が座る肘掛け椅子の横には小さなテーブルが一つ。その・・・

7

ひたひた

13/12/21 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1185

 病室の扉が開く気配。蛍の様な灯りがリノニウムの無機質な床を舞う。ひたひた。白いナースサンダルがその後を追う。深夜二時。夜勤の看護師が患者のベッドを確認する時間。俺は目をつぶる。カーテンが開き一瞬顔に温もりがぶつかる。小さな懐中電灯でも灯りは温かい。では暗いということは冷たいという事か? 眠れなくなって何日経っただろう。俺は夜が怖い。暗く冷たい所が怖い。看護師の後を小さな赤いサンダルが追いかけてい・・・

8

雪鳴り

13/12/16 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1396

入賞 【雪 】 時空モノガタリ賞

『雪は音もなく降っていた』という記述に、この本の作者は雪国を知らないと直感的に思った。雪が降る時ほんのかすかな気配だけの音がするのだ。生まれてからずっと北の最果てと呼ばれるこの街に住み続けている私には分かる。ホントの事なんて当事者しか分からない。私は読みかけのハヤカワミステリの文庫本を閉じた。
「しばれるなぁ」
 駐在のおまわりさんだった。『この顔にピンときたら110番!』顔写真入り・・・

8

雪の降る日の物語

13/12/05 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:1425

 ルチアは約束通り、仕事が終わってアントニーの下宿を訪ねた。ドアを開けると、油絵の具の匂いが揮発されて漂ってくる。脱いだダッフルコートを壁のフックにかけた。
 
 壁という壁には作品の数々が所狭しと立てかけてある。彼の描く風景はなぜかみな雪景色で、ルチアにとって馴染みのある絵ばかり。それが今夜はどこかよそよそしくそっぽを向いているように感じるのはなぜだろう。
「夕食まだだろう。座・・・

8

長い復讐

13/12/02 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1042

 深夜、男が洋式トイレに座った時だった。どーんと突き落とされるような衝撃、その後ほどなくして横揺れに変わる。ぐらん、ぐわらん。地震だ! それもかなり大きい。
 長方形の小さなその部屋ごとまるで怪物に玩具にされるかのように揺れに揺れた。
 
 ひいぃぃ……。下ろしたパンツを上げることはおろか立つことも出来ない。男は両手で頭を抱えた。ドアの外では、どんがらっと何かが倒れる音やら、ガラ・・・

7

生霊

13/11/28 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:967

 わたくしエマと申します。イザベルお嬢さまの乳母でございます。
 お美しかったお嬢様がこうもおやつれになったのは婚家のリー伯爵家から離縁されてからのことでございます。
 理由はお世継ぎができなかった事と存じております。政略結婚によくある破綻。それでもお嬢様のリー伯爵への愛情は悲しいまでに一途に変わらなかったのです。いっそ恨んでみれば気も晴れようというもの。しかしそうはせず、自分の運命を・・・

7

シークレット

13/11/17 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1055

 私は苺を潰して食べるのを無上の喜びとする女です。完全に潰すのではありません。
 
 いうなれば半殺しです。苺を半殺しにするのです。
 
半殺しなどと、物騒な言葉を知ったのは、お彼岸の時だと記憶しております。
母がおはぎの材料である小豆の潰し方で、そういう呼び名のあることを教えてくれたのです。
 おはぎとはお彼岸に食べるお八つ。今風にいえば和風スイーツです。・・・

9

ぼたもちのひみつ

13/11/09 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:1128

 女なんてつまンない。それは母さんを見ていていつも思っていたことだった。
 女なんてやっかいだ。今は自分にむけて思ってる。どんより重いお腹とその下のどろっとしたヘンなイワカン。
 初潮は初めての月経。その言葉は学校の保健体育の時間で習って何であるのかは知ってた。毎月一回子宮のかべがはがれて卵子と一緒に血になって出てくるって。ぐえっグロい、キモすぎる。それが自分の体の中で今まさに起きてい・・・

9

The End of The World

13/11/04 コメント:21件 そらの珊瑚 閲覧数:1008

 コインに表と裏があるように、都市伝説にも表と裏がある。

 表の世界では都市伝説がただの噂だと軽んじられ酒の肴になるくらいがせいぜいだが、裏の世界ではそれはまぎれもない現実だという。
   
   ◇

 すずらん保育園の静かな午睡の時間。桃組は生まれて半年から二歳までの赤ちゃんクラス。

 二階にある教室の窓にブラインドを下ろし、薄闇のなかで総勢・・・

7

ハッピー💛スワンボート

13/11/03 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1014

『はじめまして』の後、長い長すぎる沈黙。
 そして――
「僕たち、ケ、ケ、結婚、し、します! ってことで」
 とてつもなくきまずい空気を打ち破って淳平の口から飛び出したその言葉に、あやうく私は吹き出しそうになった。『ってことで』は彼の口癖なんだ。けどここで言うか?
 ただでさえ強面の顔をさらにしかめて父は言った。
「それは報告ということでしょうか」
 眼光が鋭す・・・

6

鬼灯香(ほおずきこう)

13/11/03 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1130

 吉原の朝は遅い。泊まりの客を送り出したのち、朝寝した遊女がようやく起きだしてくるのが巳の刻の頃。とうにお天道様は高く、しどけなく寝乱れた女たちにも新しい一日が始まる。
「多津や、鬼灯に水やってくれたかえ?」
「はい。たっぷりと」
 毎年浅草寺で買い求める鬼灯を花魁・糸花はこの廓の裏庭で育てていた。地植えするとたちまち一年でその一株は倍ほどに大きく育つ。土が合っているのだろう、秋・・・

8

聖ロメリア女学園の裏事情

13/10/31 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1114

【三人で並んで写真を撮ってはいけない】という都市伝説はご存じですか?

 なぜなら真ん中で写った人は早死にをすると言われているからです。

 そんなの、ただの都市伝説でしょう、あほらしい、って思われますか?
 
 けれどそのことによって本当に命を縮めてしまった少女がいたのです。

 僕だけが知る事実ですが、あなただけにお話します。
   

8

シベリア

13/10/24 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:1456

入賞 【スイーツ 】 時空モノガタリ賞

 JR御茶ノ水駅で降り商店街を歩く。丸善、レモン画廊を通り過ぎニコライ堂の緑青のドーム屋根が遠くに見えた。約束の店はすぐ見つかった。『兎や』は間口いっけんほどの小さなケーキ屋だった。がらがら……。自動ドアを見慣れた眼には硝子の引き戸が過去の遺物に感じる。
「こんにちは」「はいよー」
 店の奥から声がする。店の棚はがらんとして商品はない。もう予約販売しかしていないというのはどうやら本当ら・・・

4

嘘つきアルベール

13/10/21 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1145


 セーヌ川左岸14区、モンパルナスの安アパルトマンでふたりは暮らし始めた。

 私は花屋でアルバイトをしながら歌手を夢見ていた。アルベールは画家の卵。生活のためにテアトル広場で観光客相手に似顔絵を売っていたが、無口で人見知りの彼の一日の売り上げは雀の涙ほどだった。

「ごめんよ」
 彼はよくそういったが、私は貧乏なんてちっとも苦じゃなかった。バゲット一本あれば・・・

7

僕と彼女のアルペジオ

13/10/21 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1015

「トマトは好きだけどトマトジュースは飲めないっていうのと、豆腐は好きだけど豆乳は飲めないていうのは同じこと?」
 と彼女に聞かれたので
「どうかなあ、でも僕は牛肉も牛乳も好きだし鳥肉も卵も、そこに因果関係があろうとなかろうとことごとく好きだよ」
 と答えた。
 
 猫舌の彼女は
「村上春樹の小説に出てくる人の台詞みたい」
 と言って彼女にとってようやく飲み・・・

7

くちづけ

13/10/19 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1143

 ようやく雪が溶けた。草が芽吹いている。春がやってきたのだ。もう一週間もすれば薄雪草の白い花も咲くだろう。
 極寒の下にあっても死なない命がある。季節を越えて巡る命がある。セシルはそれを見るたびに感動するのだった。
 
 チリン、チリリン。羊の首に付けられた鈴の音。それが何百という群れともなればお祭りみたいにぎやかだった。

 ――ジャンだわ。セシルは、やもたてもたま・・・

4

退廃

13/10/17 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1100

 ベルエポックに沸いた巴里。
 その店はモンマルトルの大通りに面した、この歓楽街でも大きな店構えを持つ。
 
名をムーランルージュという。
 
屋根には赤い風車が回る。赤い風車の意味はムーランルージュ。今夜もきらびやなネオンが灯される。
 
 私はそこの舞台に立つ歌手、兼、踊り子だった。

 
 【人形にも心があるのをご存知かしら?<・・・

6

いそしぎ

13/10/15 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:971

 あの夏、私は恋をしていた。
 
 それは最初から終わりを予感していた恋。
 今でもさざ波のように繰り返して見るのは、こんな夢。
 
 ◇

 泳ぐのにはまだ早い。私は履いていたエスパドリーユを脱いで右手からぶら下げ、左手であなたの手とつなぎ歩いている。
 
 夏の初めの砂浜はひんやりとして素足に心地よかった。
 
 どれくらい歩い・・・

8

マイ エドワード

13/10/12 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:4964

入賞 【恋愛 】 時空モノガタリ賞

「おはよう、エドワード」僕は心の中でささやいた。ベッドで寝息を立てているエドワードを起こさないように。エドワードは本名ではない。外国人でもない。かつ僕専用の秘密の呼び名。そう呼ばれている本人でさえこの呼び名の存在を知らない。大学の友達や君の恋人も君を「エド」と呼ぶ。苗字が江戸だから。頭の中で自然とカタカナ表記になってしまうのは君のルックスによるところが大きいだろう。おじいさんがスウェーデン人らし・・・

6

なのりそ

13/10/10 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:984

 うららかな日でございました。
 
 鏡のような海の面を、早春の柔らかな陽光がきらめき渡る穏やかな日和にお嬢様は嫁がれていかれました。
 でもその胸中はいかばかりか、真白な花嫁衣装から透けて見えるのは全てを断ち切って旅立たれる哀しみに似た決意のようなものだったのではないかと思います。
 
 お嬢様のことは何でも知っているつもりです。門前に捨てられていた赤子だった私を何・・・

5

ブルームーン

13/10/07 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1124

 鏡に映る私の素顔。起き抜けの少女みたいだ、童顔だよね、と私の専属ヘアーメイクアップアーチストの小暮さんは言う。それが褒め言葉なのかどうなのか、知りたいけれど、聞けない。私の胸は密やかに波打つ。彼はそんなこと思いもしないだろうけど。

「目の下、クマってるよ。睡眠ちゃんととれてる?」
「ううん。最近寝つきが悪くって。小暮さん、いい方法知らない?」
 ほんとは最近じゃない。一・・・

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スクランブル交差点

13/10/03 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1018

 男子に「メガネザル」とからかわれるたびに、いいかげん、やめてって思う。あたし、生まれつき弱視だから、牛乳ビンの底みたいなぶあついメガネが手ばなせない。ママにコンタクトにしたいっておねがいしたけど、小学四年生にはまだ早いって、かってくれなかった。ケチ。
 ともだちのリノちゃんは
「ゆっきーさあ、メガネはずしたらすんごくかわいいよ。目、大きいし、アイドルになれそうじゃん」
 ってな・・・

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漂流の果てに

13/09/21 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1112

ぼんやりと意識が覚醒していく。――俺は生きている? 重い瞼を開けば、そこは見たこともない砂浜だった。夢じゃないか?
ジャリッ。口に中まで砂まみれで、濡れた身体は鉛にように重かった。まるで他人の所有物のようだ。なんとか起き上る。朝日が眩しかった。
 助かったのだ! 昨晩乗っていた船は時化に合い、あっけなく沈み俺は海へ投げ出されうねりの中で無我夢中で板をつかんだ後、意識を失った。荒れ狂・・・

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スカボロー奇譚

13/09/17 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1020

水晶の小舟は、常若の国のひとつであるスカボローの浜辺に着いた。
 
 しらじらと昏い夜が明けようとしている。砂浜には誰の姿もない。
 舟べりを蹴って、ケヴィンは一気に砂浜に降り立った。まだ舟の揺れが身体に残っているとみえ、振り子の玩具にでもなったように、ゆらゆらする。
 
 船頭に礼を言おうとして彼は振り返ったが、舟ごと忽然と消えてしまっていた。
 そうこうし・・・

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鶴亀湯の決闘

13/09/08 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1116

 古びた日本家屋。高い煙突。『鶴亀湯』と白文字で染め抜かれた茄子紺の暖簾。初夏を思わせる温かい風に吹かれのどかな風情でなびいている。
 それらがこれから繰り広げられる決闘の序章だと気付く者はいなかった。
 入口には『本日菖蒲湯仕候』(ほんじつしょうぶゆつかまつりそうろう)と黒々とした墨で書かれた木札がぶら下がっている。
「いらっしゃいませ」
 番台に座るのは今年六十九歳にな・・・

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ゲジ

13/09/06 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1495

入賞 【ライバル 】 時空モノガタリ賞

 駅前の日比谷花壇で白い百合を買った。白い菊を、と言いかけて止める。二月の雨の日に菊ではあまりに似合い過ぎている気がしたからだった。
 若い女の店員がくるくると手慣れた手つきで花束をこしらえながら、カサブランカですと言った。カサブランカ? 二、三秒のタイムラグの後、ああ、この花の名前? と理解した。そういえば三人でそんな名前の映画を見たことがあると思い出し、ふいうちをくらったように涙腺が熱く・・・

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神の子

13/08/25 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:1195

 天草の海が光っとっと。

こん島の山のなかほどにあるイエズス会の家から見る海が、おいは一番好いとう。もしかすっとパライゾ(天国)ってゆうやつもあげに美しかもんかもしれん。
「ミゲルさまぁ、今日はこがんに牛の乳ばぁとれたばい」
「オオ。カミニ カンシャシテ イタダキマショ」
 ミゲル神父はおいたちと同じ木綿の着物を着ている。アマクサは私の故郷に似ている、姿形は違うけ・・・

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神様はいる。

13/08/20 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1228

「神様、どうか諒を助けてください」
 集中治療室のベッドで眠る息子のそばで私は必死に祈った。元気になったらまた公園で遊ぼうよ。アサギマダラだっけ? また見つけようよ……。
    ◇
「ここらへんで見つかるのは珍しいんだよ、ママ。マヨイチョウなんだ」迷い蝶。薄紫色の美しい羽を持つそれは、草むらのアザミの花の上でじっと息を潜めていた。
「なんで迷っちゃったの?」
「それ・・・

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古い手鏡

13/08/12 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1341

「ダレニモ イウナヨ。ヤクソクダヨ。モシ イッタラ ヒドイメ二 アワセルゾ」
 橋の上から花ちゃんを突き落とした男は私にそう告げた。まだ六才だった私はあまりの怖ろしさに、耳をふさいでその場に座り込んでしまった。
 ――ひゅう、ひゅう。かすかな風にも木とロープで作られた粗末な橋はぐらぐら揺れた。どのくらいそうしていただろうか。気付けば男は消えていて、私は小さな黒い手鏡をぎゅっと握りしめて・・・

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うさぎ島

13/08/10 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1186

八月になると母さんは無口になった。それはほとんど不機嫌にも見えるほど。子供だった私は単純に母さんは暑いから夏が嫌いなんだろうと思ってきた。
 その本当の訳を知ったのはつい最近、私は既に五十歳になっていて、母さんがそれを語るには半世紀も長い道のりが必要だったことになる。
 ◇
 瀬戸内海に浮かぶ大久野(おおくの)島。忠海(ただのうみ)港から沖合三キロほどに位置し、確かに見えている・・・

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トリアージ

13/07/27 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1312

 ロザンナ・アンジェリコはどこにでもいるような平凡な女子高生だった。平凡と形容されるような日常が、奇跡かつ幸運の上に成り立っているということを想像すらしなかった。心配事といえば学校の定期テストの結果と頬にできた忌々しいニキビ。漠然とした将来への不安はないこともなかったがそれは後回しにできるもののひとつとしてとりあえず今日の次には今日と似たような明日が来ることを微塵も疑うことなく【その日】までは過ご・・・

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清盛の骨

13/07/20 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1223

 小さなライブハウス兼バーを始めてから十年。
 出演していたアマチュアバンドが思いかけずブレイクし華やかな時もあったが、彼らがメジャーデビューしてからはすっかり音沙汰はない。
 ──ちっ薄情なもんだ。おかげでシケた店になっちまいやがった。
 ごおぉぉぉん。除夜の鐘だ。諸行無常の響きあり、か。辛気くせえ。
 
 ドアが開く。客だ。薄暗い照明の中では男か女か定かでない。黒・・・

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MONO×MONO劇場

13/07/14 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:969

お嬢様(カーテン)とじいや(窓)の会話

お嬢様:おはよう、じいや。
じいや:おはようございます、お嬢様。今朝もご機嫌麗しゅうございます。
お嬢様:ええ、今日もいい天気。
    こうして風に吹かれていると気持ちいいわぁ。
じいや:お、お嬢様。スカートが舞い上がっておりますよ。
お嬢様:眼をつぶっていなさい。
じいや:あまり激しいダンスは。
お・・・

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【猫探偵】ショートグッドバイ

13/07/12 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:2010

入賞【 探偵 】 時空モノガタリ賞

 とある雑居ビルの二階の南西角部屋がワタクシ『猫探偵』の住居を兼ねた事務所である。午前八時きっかりにドアが開く。事務員の時子さんの出社だ。何事にも正確であることをモットーにしている。
「おはようございます、先生」
 今日もただの一本の後れ毛もなく髪を頭頂部でシニヨンでまとめ(はやくいえばひっつめ髪ですな)そのためいくぶん目尻のシワは伸ばされ若干つり目になっている。見た目はとても五十歳に・・・

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翡翠の舟

13/07/01 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1220

 人は迷わずに生まれてくるという点で、みな一種類の人間であった。母親の子宮がどんなに温かく快適であろうと、産み月になれば、外の世界を目指すのだ。
 
 けれど生きているうちに、多くの人は迷う。ほんのささいな日常で、人生の大きな決断に。
 そしてほんの少しだけれど、迷わない人が確かに存在する。それは直感だけを信じて行動できる人だ。迷って捨てた答えにこれっぽっちの感傷も抱かない、そん・・・

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盤上の風

13/06/29 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1931

入賞【 迷う人 】 時空モノガタリ賞

 故郷の春を想う時、それは『からっ風』と呼ばれる山々を越えてきた強い風が吹いていくる。あの風に背中を押されるように、俺は小学校に入学する前から近所の将棋センターに通った。
    ◇
 古い木造家屋の硝子戸に顔を寄せてじっと中の様子を見ていると、先生と呼ばれるそこを経営しているおじさんがやってきて、「坊や、また来たんか」と中へ入れてくれる。
 
 ダルマストーブの上にはシュ・・・

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さいはてラーメン

13/06/17 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1454

『別れてほしい』と夫から告げられた時、ああ、ついに来たかと思った。浮気の類は幾度もあったが、どうやら今度はそうではないらしい。   

東京の焼け跡にはバラック小屋が立ち並び、全てを失った後、それでも人々はたくましく生きていた。そんな時代に、学歴もない、頼る親もない、あるのはひと花咲かせようというガッツと若さだけという男に出会って、私達は結婚した。戦後の闇市で法をくぐり稼いだ資金を元・・・

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なると

13/06/15 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1311

 男にふられた時ほど、お酒が飲めない自分の体質が残念だと思うことはない。

 なんともいいようのない恨めしさ──わたしのどこがいけなかったのよう。あきらめきれない未練。それが突然であればあるほど、それは心に暴力的に穴をあける。
 そんな時お酒をめちゃくちゃに飲んで、『ばっきゃろー』と正体なく酔えたらどんなにいいだろうと想像する。けれど悲しいかな、それが私には出来ない。一口飲んだだ・・・

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パパ☆ラーメン

13/06/13 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1173

栞は意気揚々と出ていった。新婚旅行で訪れたイタリアで買ったフェラガモの白い靴を履いて。それはさながら新品の輝きだ。それもそのはず今回でそれを履くのは三度目だという。専業主婦の日常着はジーパンに運動靴であったから。出がけにファッションショーさながらに幾度か着替え、それでも決まらず「ねえ、どっちがいい?」と僕に質問する。『どっちもそんなに変わらない』なんてうっかり本音を言ってはいけない事は結婚して五・・・

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象列車

13/06/03 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1507

 名古屋の東山動物園に四頭の象がやってきたのは、みぞれがちらつくそれは寒い冬であった。

 象たちの名前は「キーコ」「アドン」「マカニー」「エルド」という。丁度名古屋に興行に来ていた木下サーカスからもらいうけたのだった。
 象たちとの別れを惜しむ象使いの少女たちは、自分の上着を脱ぎ象にかけてやる。

「元気でね」
「いつまでも忘れないよ」
「今まで、ありが・・・

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燃えた きんしゃち

13/06/02 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1827

入賞【 名古屋 】 時空モノガタリ賞

 じいちゃんは、なんで花火が嫌いじゃって? そりゃ悲しくなるからや。

 じいちゃんが、ちょうどおまえくらいの中学生の頃の話じゃ。
 その頃日本は戦争してた。すでに学校で勉強なんてしなくなってたな。勉強しないでいいなあ、って? 勉強しない代わりに、勤労学徒っていってな、工場で働くんだぞ。爆弾作ったりするんだぞ。真っ黒になってな。じいちゃんの同級生だけど、暴発して手首がなくなってし・・・

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新しい人

13/05/20 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:1629

 都会から電車を二つ乗り継いで、僕は君のいる郊外の施設へ向かっている。電車はとても正直だ。大体において時間通りに来るし、目的地を見失うことなく、連れていってくれる。嘘の欠片もない、正直者なのだ。

 そして僕はといえば、また今日も嘘をつくだろう。新しい人、として。

 結婚してから三十年。とうとう僕らは子供を授かることが出来なかった。
 不妊治療も何度かしたが、君の肉・・・

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五月の空と燕とエール

13/05/16 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1833

入賞【 新人 】 時空モノガタリ賞

 ゴールデンウィークが終わると、急に気温が上がり、ここ数日はまるで夏のような陽気だった。

 電車の中には、ゆるやかな冷房が入っているようだが、もあっとした空気が漂っている。嫌な冷や汗がじっとりと吹き出してくる。
 男は目をぎゅっとつぶり、耐えていた。ガタンガタンと揺れる振動が、おのれの腹と連動し、次第に大きくなる痛みに。入社して二ヶ月弱、他の新入社員が一人、また一人と契約をあげ・・・

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遺書

13/05/01 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1360

孝さま

めおとになって五年、思い返せばあなたには妻らしいことのひとつも出来ず、本当に心苦しいことです。
もしかしたらこの手紙を書くということがせめてその穴埋めにでもなれば、と願っています。

この大磯の海に程近いサナトリウムに入院してからもう三年が過ぎようとしています。もうすぐ三度目の桜が見られるのを楽しみです。出来ればこの先何年もあなたと桜を見たいと思いますが、こ・・・

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花手紙

13/04/29 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1244

 イザベルは天涯孤独の身だった。
 
 幼くして戦争で両親を亡くし、頼る親戚もなく、村から村へと放浪し、家事や子守の対価として、少しばかりの食べ物を恵んでもらい命をつないだ。
星を友とし、野の草を摘んで食べた。春は紅はこべ、つくし、ふきのとう。ほろ苦いその味。けれど人生のほうがその数倍も苦いことを、よるべない身の上が既に知っていた。
 人々の蔑みの眼。時には汚らわしい男た・・・

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ほおづき市

13/04/16 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1332

浅草寺の境内入口は、にぎわっていた。七月十日、今日はほおづき市。家まで歩いて十五分という近さもあって毎年かかさず父と訪れほおづきの苗を求めるのが小さい頃からの年中行事だった。季節が夏へ向うにつれ、あおかった実のいくつかも橙色に熟し(そんな色移ろいをを見るのも楽しかった)それは幼い日の私の玩具となった。ほおづきの実は薄い皮のようなもの(よく見ればそれは血管のようなものが張り巡らされている)に守られて・・・

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浅草心中

13/04/12 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1445

 かえで姐さん、と呼びかけるとうっすら両の目を開けるものの、黒目の焦点は定まらず、くうを泳いでいる。もはやあちらの世界を映しているのやもしれない。
「絹です。早く元気になってくださいませ」
 思えばまだ私がかぞえで十(とお)の禿(かむろ)の頃、かえでは吉原随一と歌われた美貌の花魁であった。客のない夜は同じ布団で姐さんの腕に抱かれて眠り、どれだけ母のいない寂しさを紛らわせたかしれない。<・・・

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トカゲ

13/04/03 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1326

『トカゲ』に初めて会った日、私はとても弱っていた。
 
 深夜、入院患者さんが亡くなった。
 長いこと病気で苦しんできた八十二歳のおばあさんだった。通称『エンゼルセット』と呼ばれるものでご遺体を綺麗にしていく。死後硬直が進み、時間が経ったあとで、胃や大腸の内容物が出て汚れたりしないように、肉体の穴に綿で蓋をする。
 
 その夜はとても静かだった。おばあさんには身寄りが・・・

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彼女の財布

13/03/24 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1473

女は取り調べの最中も時折微笑みを浮かべる。三人の男が死んだ事件の容疑者としてふさわしい態度と思えなかった。
 吉川明子、三〇歳。インターネット上の或る婚活サイトでは有名人で、ハンドルネームはマヤと名乗っていた。日本人離れした美貌。すらりとしたスタイルに上質なブランド服。手入れの行き届いたロングヘアーにはゆるいウエイブがかかっている。一見すると育ちの良いセレブリティにしか見えない。サイトの会・・・

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カナリア

13/03/14 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1882

入賞【サーカス】 時空モノガタリ賞

黒々とした瞳は深い慈しみをたたえている。それをふちどる長いまつげ。白いたてがみは豊かになびき、隆々とした筋肉のついた躰。エトワルは額に白い星の模様を持つサーカスの馬だった。
 私はサーカスに置き去りにされていたという。まだほんの五歳ほどで、うっすらとその時の記憶がある。興行が終わって客達がみな帰った後、テントの隅で一人で泣いていた、みすぼらしいなりをした女の子だった。傍らに使い古された鞄。・・・

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幻のサーカス

13/03/10 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1542

 かつてそこで悲惨な戦争があった。悲惨でない戦争などありえないので、あえてその形容詞は使わずともいいのかもしれない。村人はホセを見る度、その形容詞を思い浮かべた。ホセの左足は膝から下がない。彼が三歳の時に爆弾によって吹き飛ばされてしまった。しかしたった一人だけホセの事を悲惨だと思わない人がいた。ホセの母親である。我が子は生き残ったのだ。それが奇跡でないとしたら何であろう。命に比べたら足がない事など・・・

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春の夜 ひいながたり

13/03/06 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1321

 時計が深夜十二を知らせると、ひいながたりが始まります。
     ◇
「姫さま、殿が見当たりませぬが、どちらへおいででしょうか」
 三人官女の年長者がお歯黒を三方(さんぽう)で隠しながら上段のお雛様に伺った。
「さあ、存じません」
「もしや、また喧嘩でもなされましたか?」
「喧嘩ではなくてよ。殿にこう申し上げたの。わたくし、もう五年も着たきり雀でしょう。そのせ・・・

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お雛様を飾る日

13/03/01 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:2002

入賞【雛祭り】時空モノガタリ賞

 江ノ電は民家の壁すれすれに走っていく。洗濯物に手が届きそうな近さだ。まるでオモチャのようなこの愛らしい電車に乗ると、かつて女子高生だった頃の自分が戻ってくる気がする。しばらくすると海と並走する。春まだ浅い銀色の鱗を鎌倉の海は浮かべていた。
内向的な少女だった私は、学生鞄に一冊の詩集を常に忍ばせ、集団で群れることにいつまでも慣れず、孤独であることはさみしい事ではないと思い込もうとしていた。<・・・

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風師中級試験

13/02/24 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1934

入賞【 受験 】 時空モノガタリ賞

ここは風師たちの住む丘。外の世界からは透明なシールドによって、隔離かつ保護されていた。あの時代の反省によって。
 今から数百年を遡った話である。貴重なレアアース資源をめぐって内戦が起きた。稲を育て、水を尊び、家畜を放牧し、野で歌を唄い、豊かな自然とともに質素に暮らしていた民の生活が一変してしまった。目先の金に目がくらんでしまった。
レアアースが産出される土地を奪おうと、民は歌を捨て、・・・

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星空映画館

13/02/16 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1346

西の空が暮れていく。あかあかと。こくこくと。しみじみと。優しく反復される形容詞。
三々五々、森の広場に村人たちが集まってくる。対になった月桂樹の梢に結ばれた白い布は今夜ここでスクリーンになる。
 ラウリシルバ村に外部とつながる道はない。ここへ行くためには、陸ではなく、特別製の空の道を使うしかなかった。マダムとその助手ルカ。二人は火龍に乗って、辺境の村々に映画を届ける仕事をしている。

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ママチョコ

13/02/08 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1413

 7:00AMにセットしておいた目覚まし時計が鳴る。そのたんびに思う。えっもう朝か? って。僕の夜はなんでいつもこう早くいっちまうんだろう。もしかして誰かが盗んでいるのかもしれない。誰かって? 夜の王様みたいなやつ。そんでもって僕から奪った夜で、どんちゃんざわぎでもしているんだろう。
 そんなくだならないことを考えていたらもう5分経っちゃったよ。
「けいちゃーん、起きてるぅ?」
・・・

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タブラージュ

13/02/05 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:2178

入賞【バレンタインデー】時空モノガタリ賞

 今夜カイトは帰らない。勤めている病院の夜勤なのだ。ちょうどよいので、バレンタインに渡すチョコレートを手作りしてみようと思い立つ。
 
『手作りチョコレート』
 パソコンで検索すると、いくつかのレシピが現れた。
 そのなかに聞きなれない言葉があった。

『タブラージュ。温度調節のこと。なめらかな口当たりのチョコレートをつくるために欠かせない作業』
 ふむふ・・・

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幻の寺

13/01/21 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1435

 百合。
 君の名を呼ぶだけで、僕の胸は後悔で押しつぶされそうになる。時間が癒してくれると人はいうかもしれない。しかしこの一年、君への思慕はますますつのるばかりだ。
 
あの日は天気予報がはずれ、朝から小雨が降り出した。
「今日は、やめとく?」
 君はそう言いながら、せっかく干した洗濯物を部屋へ取り込んでいる。湿り気が部屋を重くし始めていた。君は、乗り気、でなかったん・・・

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スイート・ビターチョコレート

13/01/17 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1555

 開業医である父の跡を継ぐべく、今年こそはどこかの医大に合格しなければならなかった。
 医者になることに、確固たる目的があるわけではなかった。あらかじめ電車にはレールがセットされているように、そのレールに乗ってしまえばあとはどうにかなるだろうと考えていた。何処へ行くのか、電車にその選択権があることなど、考えもしなかった。

 しかしオツムのほうが、哀しいかな、おいつかない。そこで・・・

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出航

13/01/12 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1480

 ここは武蔵の国、横浜村。
 
 黒船が来航してから、港が開かれ、もとは、ただの貧しい漁村が、外国の船が行き交う活気ある港になった。
 昼間、騒々しい音が絶えることなはなく、外国の香辛料の香りが橋桁に染み付き、異人さんが話す外国語が潮風の友のように聞こえてくる、そんな港。
 
 港の朝は早い。ふんどし一丁の人夫たちが、船の積荷をトロッコに載せる。ガラガラと大きな音をた・・・

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縁切寺

13/01/05 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:2075

入賞【お寺】時空モノガタリ賞

 今しがた掃いたばかりの庭に、赤い椿がぽとりと落ちた。
 まだ息をしているようで、すぐさま捨てるのも何やらしのびない。そのままにしておこう。
 むきだしになった剃髪に、ひんやりと触れていくものの気配がして、空を仰いだ。
「また雪か……」
 淡雪のたよりなく落ちてくるさまは、ここへたどりつく者たちの、行き場を求めてさまよう悲しみと重なる。
 
 ふと何やら山門の外・・・

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真夜中の会話

12/12/29 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1418

とあるマンションの一室。表札には菱本&丸尾とある。二十七センチのスニーカーとビーチサンダル。その上に黒いブーツが覆いかぶさるようにのっている。
 廊下の先にリビング。真っ暗な部屋のキッチンのカウンターのコンセントのところで、何やら二台の携帯電話のおしゃべりしている。

 以下、菱本携帯電話・女。丸尾携帯電話・男と記す

女「はーやっとお腹が一杯になってきたわ。こまめ・・・

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うらじろ

12/12/24 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1613

 家の裏山の一角にしのぶの葉が茂っている。お民は思う。このような陽の当たらぬ年中じめじめとしている処に生きているのに、この葉の裏は何故ゆえ、白いのか、と。
 
 女の人生はつくづく男によって左右されるものだと思う。幸せな時は雪のように儚いものであった。
 五年前、望まれて嫁いだ夫は、あっけなく流行病(はやりやまい)で亡くなり、若い身空(みそら)でお民は寡婦となった。
 

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レジェンド オブ ザ スクール

12/12/19 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:2308

入賞【学校】時空モノガタリ賞

 月の光、それは偽りの光。太陽から盗んできたものだ。
    ◇
「月(つき)ちゃん、具合はどう?」
「月ちゃん、こんにちは。顔色、けっこうよさげだね」
「陽(はる)ちゃんと等くん、来てくれたんだぁ」
 私は不治の肺の病気で、入退院を繰り返している。
 陽と一緒に入学した高校も休みがちで、このままでいったらおそらく一緒に卒業はできないだろう。
 陽と私は一・・・

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くまカフェ

12/12/17 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1505

 森の中に『くまカフェ』がある。赤いとんがり屋根の丸太小屋。夏にはハーブが咲き乱れた庭も、今ではすっかり刈り取られて、来年の春を待っている。
 店主のシャルロットが開店準備を終えて、窓のカーテンを開ける。採らずにおいた柿の実をいつもならツグミがついばんでいるのに、今日は静かだった。「渡りが始まったのかしら? だいぶ寒くなったものね」シャルロットは暖炉に薪をくべながら冬がそこまで来ていることを・・・

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火の刺

12/12/12 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1681

 豪徳寺駅を降りて小さな商店街を瀬里は歩いていた。車は進入禁止である。自転車さえ気を付けていればいいのだから八ヶ月の身重にとっては歩き易い道であった。鰻のようにうねうねと曲がる道沿いに、八百屋やパン屋、蕎麦屋などが軒を連ねている。小さな門松を飾る店もあり、大晦日の賑わいを冷たい風の中に感じるのだった。
 十五分も歩くと瀬里が生まれ育った家が見えてくる。塀を高く超えてピラカンサの実がまるで目印・・・

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箸侍

12/12/10 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1448

 拙者、箸侍でござる。生まれは大和の国。由緒正しき吉野の杉から作られたれっきとした侍なのであるぞ。

 今日の夕食は芋の煮っ転がしと湯豆腐とな。殿の給料日前ゆえ、ちとわびしいのはいたしかたない。育ち盛りの男子が三人もいるので、食費もばかにならないのであろうな。いや、みなまで申すな。お屋敷の借金(ローン)はあと二十年。頼みの臨時切米(ボーナス)は三年前から廃止。
 お子たちの執拗な・・・

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ラヴァーズ コンチェルト

12/12/03 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:1957

 暗い海の上に白い月が浮かんでいた。ゆるやかなレールが海岸線に沿って伸びている。アオイを乗せているこの夜汽車が進むみちのりがそこにあった。
 ──あれは未来なのだ。
 人もこんなふうに進むべきレールが見えればどんなに楽か。

 トンネルに入ると車窓は鏡になる。四十女がそこに居た。ステージ用の濃い化粧を落としてみれば、それなりにくたびれた素顔があって、ほんの少し失望する。

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天使の翼

12/11/30 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1718

 今晩はなおのこと真っ直ぐ家に帰りたくない。恋人の借金の連帯保証人になって、お決まりみたいに恋人が逃げ背負った借金返している二十五歳の女って。どうなの?かなり不幸な部類に入ると思うけど。残りあと100万円っていうところ。あたしは仕事帰りにコンビニで買った缶ビールを一本取り出した。そして銀色に塗った爪をプルトップに引っ掛けた。プシュウ。「かんぱーい」今夜は満月。公園でクリスマスパーティーだ。どうせ家・・・

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森に住むペンギン

12/11/28 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1890

 生き物は進化の途中で選択をする。その結果、何かを得る。それは同時に別の何かを手放すということでもある。
 生きていくとはそういうことであろう。
    ◇
 深い眠りから覚めた気分だった。覚醒してみれば世界の狭さに辟易する。出してくれよ、ここから。どうしたって、どんなことをしたってここから出なくちゃならない。うかうかしていると取り返しのつかないことになっちまう。
 ボクは・・・

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珈琲牛乳のおもいで

12/11/20 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1724

 のれんをくぐると、入口はふたつに別れている。

 男湯と女湯。そこで仕分けされるのは、もちろん生物学的な男と女に基づくものだが、母親に連れられた小さな男の子というものは、女湯に入ることを許された稀有な存在かもしれない。というか、母親のおまけのようなものだったのだろう。
 
 いつものように、その日も母に連れられて女湯の脱衣所に入る。番台には背中を丸くしたおばさんが座ってい・・・

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ふるさと

12/11/18 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1640

 遠いようで近い。いや、本当は近いようで遠いのかもしれない。ふるさと、というものは。
 東京発新幹線。早朝六時に出発するのぞみに乗る。広島には十時少し前に着く予定だ。祖父の七回忌に出席するために。東京の大学を卒業してそのままそこで就職して早二十一年が経つ。いつのまにかふるさとで過ごした時間を東京でのそれが追い越していた。新幹線の乗っているとものすごい速度で走ってるのに乗客はそれを感じるこ・・・

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こぐま書店

12/11/06 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1605

 麻子は夫を送り出したあと、天気予報で今日に晴れマークがついているのを確認してから手早く洗濯を済ませた。妊娠中は布おむつで頑張ろうと意気込んでいたが、いざ子供が産まれてみれば、思った以上のその大変さに、今では紙おむつになんの抵抗もない。それが手抜きなどと思ったのは最初だけで、とにかく息子の涼太の夜泣きのひどさには根をあげた。
 夫は寝不足になったら仕事にならないと言って、すぐさま寝室を別にし・・・

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エレベーターの恋

12/10/30 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1406

 あの時エレベーターを待ちながら私は何を考えていたのだろう。
 しばらく待ってようやく来たエレベーターに、最後に押し入るようにして乗り込む。ブザーが鳴る。重量オーバーの知らせだ。私は中肉中背だったが、太っていますと言われたようで奇妙に恥ずかしい。すぐさま降りたのだが、なぜかもう一度ブザーが鳴った。手前の一人が降りた。ブザーはやっと止んで扉が閉まる。
 次のエレベーターを待つ間、乗車拒否・・・

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ファミレス遺跡

12/10/22 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1189

「こんばんは。イブニングニュースの時間です。本日は考古学者のJ2019氏をお迎えしてお話をお伺いしていこうと思います。このたびファミレス遺跡の発掘に成功されたそうですね?」
「はい。まずファミレスについて説明させていただくと、ファミリーレストランの略語です」
「ファミリーレストラン? 初めて聞く言葉ですが」
「はい。現代ではファミリーもレストランも消滅してしまった概念ですから」<・・・

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てれびんさん

12/10/20 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1293

 あと一ヶ月でアナログテレビは観れなくなるっちゅうことや。無体やなあ。わしみたいにおいぼれだけんど、このテレビまんだ壊れとりゃあせん。おまえいくつになりよったかのう。もうかれこれ十年にはなろうかの。わしが定年になったのをきっかけに大きなテレビに買い替えよったんじゃった。

「おとうさんが長年働いてくれちょったおかげで、退職金でこげな贅沢させてもろうて」
 少々狭い我が家で不似合い・・・

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スヌーピー

12/10/09 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1240

 五時半の鐘が鳴ると、友達はみな帰ってしまう。夏はまだいい。7時を過ぎても空が明るいから。秋からの季節は嫌いだ。すぐに暗くなるから。でも一人ぼっちで父さんの帰りを家で待つのはもっと嫌いだった。
 公園はまだましなんだ。君がいるから。君は石で出来た犬だった。垂れた黒い耳。白い身体に黒い模様が付いていた。その犬は寝そべっていて小学生なら3人くらいは座ることが出来た。僕は密かにその犬にスヌーピーっ・・・

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コロボックルの赤い薬

12/10/02 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:2257

入賞【 北海道 】時空モノガタリ賞

 これは信じてはもらえないかもしれないけど、僕の小さな友達コロボックルのお話です。
    ◇

 僕は小児喘息だったので、夕張小学校はたぶん半分くらいしか行けなかった。だから友達らしい友達も出来ず、体調が良い時は炭鉱にほど近い小さな森で虫や鳥を相手に遊んだものだった。
 ある日、蜘蛛の巣にかかった一匹の蛾を見つけた。バタバタと羽を動かしている。かわいそうに。そう思った瞬間・・・

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砂漠のコンビ二

12/09/30 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1447

 砂漠のコンビ二。
 やってくる客はみな旅人。

 砂漠のコンビ二。
 商品は水のつまったペットボトルだけ。

 砂漠のコンビ二。
 またの名をオアシスという。
  ◇    ◇
私はそこまで書いて、すみっこに小さくasako kadoyaとサインをした。終わった。深くためいきをつくと、机の上に置かれた時計の針はAM.二時三十分を指し・・・

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午前八時三十五分 恋に落ちて

12/09/27 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1336

線路の上をただひたすらに走る毎日は、それが仕事とはいえ時につまらないものに見えてきます。

そんな時でした。あなたに出会ったのは。

午前八時三十五分、あなたは反対車線からやってきます。
マリンブルーを身に纏い、あたかもそれは湘南の海を、潮風を、想像させていかにも爽やかな面持ちです。

私は京浜東北線、あなたは横須賀線。

ふたりが近づくのはほ・・・

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ホームスイートホーム

12/09/23 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1769

入賞【 駅 】時空モノガタリ賞

「家族にならへん?」突然話しかけられて僕はびっくりした。というのもこの駅に住むようになってから一ヶ月、人に話しかけられるのは初めてのことだったから。同時にとても嬉しかった。その言葉の意味はよく分からなかったけれど。
「僕の事、見えるの? お、おば、いや、おねえさん」
「気ィ遣わんでええよ。僕から見たらしじゅうって立派なおばはんやろ。私、茜。茜色って知ってる? 夕焼けの色っていう意味や」・・・

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剣闘士

12/09/12 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:3338

入賞【格闘技】時空モノガタリ賞

 古代ルピーナ帝国において、皇帝は「パンとサーカス」と呼ばれる政策に力を注いだといわれる。その両輪がうまく回っていれば、市民は大人しいのである。
 パンは飢えさせないこと。重税など課そうものなら、市民の反乱が起き、政権が倒される。サーカスは娯楽である。コロッセウム(円形闘技場)で開かれる剣闘士の命を賭けての試合は市民にとって何よりの娯楽であった。

 強い剣闘士は市民のアイドルの・・・

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アマゾンの砂時計

12/09/04 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1283

 アマゾンという喫茶店の水槽で泳いでいたあの魚は、ピラニアだと、まことしやかに客の間では、ささやかれていた。
 
 根拠といえば、そこに張り紙がしてあったこと。
『指を入れないでください』
 怒ったような角ばった右上がりの文字は、無愛想なマスターの文字そのものだった。

 わたしたちはよくそこでデートした。
 とりたてて美味しい食べ物はないのだが、不味いも・・・

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Boxer

12/08/28 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1346

 今夜は月がきれいだ。
 もし夜空に星も月もなかったら、人はわざわざ見上げることなどしないだろう。
 そこに光があるから。いつか自分もその中の光のひとつになりたいと願うから。

 人は空を見上げるのかもしれないね。

 築40年はたっていそうなおんぼろアパートに私はボクサーと一緒に住んでいる。
 さびついた階段を誰かが降りてくる。きっとお隣さんだ。・・・

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トライアングル

12/08/22 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:2390

 夫婦の形態は、もちろん人それぞれであろうが、夫が家で仕事をする人は少数派かもしれない。うちは夫が物書きなので、始終一緒だ。
 もともと私は夫が書く小説のファンであり、それは現在進行形だ。思えば中学生の時からであるからして、それはもう年季が入っている。同級生が、アイドルにうつつをぬかしている時期、作家如月周(きさらぎ あまね)に疑似恋愛をしていた。
 のちに知るのだが、その名前はペンネ・・・

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星を継ぐ者

12/08/14 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:1427

西暦4xxx年
国際オリンピック協会の会議室。

会議に参加しているのはアダム委員長をはじめ、10名の首脳陣の面々。
会議の内容はトップシークレットとして処理される。

「そろそろじゃないかしら。わたくしたちの長きに渡る壮大な計画が実を結ぶのも」
アダム委員長はPCの画面をクリックした。数秒後データが表示される。

「今年のオリンピックのセック・・・

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IN THE POOL

12/08/01 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1715

パーティーは終わった。

予想通りの展開だった。ジョンのだらしなく泥酔した醜態に、招待客たちは心の中で失笑したに違いない。社長のジョンに代わって客を見送る副社長のおれに、古くからの取引先のホテルのオーナーは、憐れみに満ちた表情を浮かべ、無言でおれの肩を軽くたたいて帰っていった。

 今日はジョンの妻サラの誕生日パーティーだった。
「……アルコール依存症……」

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浦島水族館

12/07/30 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1498

 今日は久しぶりに自由な一日を過ごせる。

 認知症を患った母が二泊三日のショートステイに行ったからだ。ここ数年で病気が進み、息子のおれの事を『おとうさん』なんて呼ぶことも増えた。昼間は介護施設喉に行っているのだが、本人は家が一番気に入っていて、早く家に返せと職員に訴えるらしい。なので夜は家で過ごさせてあげている。

 仕事が終わって家に帰ると、食事を作り、食べさせ、おむつ・・・

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煙が目にしみる

12/07/27 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1509

 約束の十二時きっかりに到着した。お盆ということもあっていつもより三十分早く家を出た読みが当たった。玄関のチャイムを鳴らし「こんにちは」と声をかける。
 それは自然に出た言葉だった。
 夫の遼が生きていた頃は、この家に入る時夫に倣って『ただいま』と言っていただろう。夫が亡くなって三年がたった。 
 夫が三十五才という若さでクモ膜下出血であっけなく世を去ったあと、私は自責の念に捕ら・・・

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白球のゆくえ

12/07/25 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:2078

入賞【高校野球】時空モノガタリ賞

 健は深い感慨にとらわれていた。

 健は西宮育ちのせいか、幼い頃から甲子園は身近な存在だった。いつかあの甲子園に行くんだと夢を膨らませていた。しかし、その夢は破れ、結局甲子園の土は踏むことは叶わなかった。しかし野球少年の夢は、産まれた子ども、夏樹に受け継がれ、今日、ようやく果たされたのだった。夏樹の高校は、8回の予選を勝ち抜き、激戦区と言われる大阪代表として次の試合に出るのだ。

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遠花火

12/07/21 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1570

 大磯の松林を過ぎ小田原に入る頃から渋滞が始まった。ここ東海道は三人にとって思い入れのある道だった。文句を言いながらも終わってしまった恋の道をもう一度たどるようなどこか切なさもあった。
「結局一度も箱根駅伝、出れなかったね」
「しょうがないさ、世の中には努力しても報われないことの方が多いし」
 藍はそんな風に言う早川が内心今でも悔しいと思っているのではないかと感じていた。
・・・

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永遠の海よ

12/07/11 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:1988

 僕たちを乗せたあの自転車は、どこへ消えてしまったのだろうか。
       
        ◇
 
 僕たちは海辺の町で育ったおさななじみだった。小さい頃は磯に出て、カニを採ったり潮だまりに取り残された小魚を採ったりして共に遊んだものだった。
 小学校へ進級してからはどちらともなく距離を置くようになった。『男女七才にして席を同じゆうせず』という言葉があったように、・・・

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自転車でいこう!

12/07/10 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:1582

赤信号で
一台の自転車が止まる
重そうなブレーキ音
それはそのはす
後ろの荷台には
補助シートに乗せた幼子
お母さんはハンドルを
ぎゅっと握って
足をつく
背中におぶわれた赤ちゃんは寝ていて
首がガクリと折れて
天を向いている
前かごには
買い物袋
白ネギが飛び出している

ハンドルには
トイレッ・・・

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海辺の水族館

12/07/06 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1502

 はい、私は安藤さんと付き合っていました。

 私は『海辺の水族館』に就職しました。ご存知のように「海辺の水族館」という名称の水族館です。早いものでそれから十年がたちました。今春の異動で私はペンギン館に配属されました。あこがれのイケメン安藤さんと同じ部署になれて内心毎日が楽しかったのを覚えています。もちろん安藤さんとどうのこうのなんていう気はありませんでした。だって彼は既婚者で三才にな・・・

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上州異伝【妻恋記】

12/06/28 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:2238

入賞【 群馬 】時空モノガタリ賞

 赤城姫は寝台に身を横たえながら、赤子に乳を与えている。
「あの人ったら今夜もまた午前様だわ。絶対どこかで浮気しているに違いない。そうであったら私にも考えがあるんだから」
 いつの時代にも、亭主にとって妻の眼を盗んでする浮気ほど楽しいものはないのだ。そしてそのことが夫婦の火種になることも世の常。それは神々の間においても変わらないことなのだ。
 赤城姫の夫は浅間ノ尊(アサマノミコト・・・

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紫陽花

12/06/21 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:1485

 神楽坂。かつては花街と呼ばれていた処で私は生まれました。細い階段がまるで迷路のようにつながり、いくつもの置屋や黒板塀の料亭などがところせましの並んでおりました。
 私の母もここで芸者をしていました。花街といえども、そこには昼の生活というものがあり、子もいれば、学校もあります。
 私は小学校にあがってすぐに口さがない男の子らに「おまえんち二号さんなんだろ」とことあるごとにいじめられまし・・・

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火祭り

12/06/15 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:1836

 再会というものは、どこか運命めいた香りが漂うものである。
 曜子が小椋と再会したのは、高校の同窓会であった。卒業してから二十年もたてば、男女ともそれなりに変わる。スポーツマンでモテていた男の子の頭髪が無残に薄くなっていたり、白雪姫のように美しかった女の子がすっかり太ったおばちゃん風になっていたり。 自分はどう見えているんだろう。
 それを知るのはちょっと怖い気がした。年より若いと言わ・・・

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冬来たりなば春遠からじ

12/06/12 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:2430

入賞【 結婚 】 時空モノガタリ賞

 ぶるぶるっ。冬は寒い。あたりまえか。ぼくは毛皮を着ているからいいけど、銀次は冬でもぺらっぺらっの木綿の単衣。どんだけ寒いかって思うよ。でも寒いって江戸っ子が言うのは野暮だと思ってて「はーくしょい。今日はばかにあったけいな。もう春か」なんて強がり言ってんだよ。風邪引く前に綿入れすればいいのにね。
 申し遅れましたが僕は犬の『くろ』。人間の言葉をしゃべる不思議な犬だよ。豆腐屋銀次はぼくの飼い主・・・

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はねむうん

12/06/09 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:1743

 中腹まで登ってきただろうか。さすがに女の脚にはこたえる急斜面であり、竜馬、おりょう、そして道案内の男、三人はしばし路の岩に腰をかけ、休憩をとっていた。
 それにしても今が盛りと小さな花々が無数に咲き誇る様は圧巻であった。薄桃色の海のようだと、肩で息をしながら、おりょうはおもわず見とれた。道案内の男が『きりしまつつじ』だと誇らしげに告げる。
「この景色はまことでありましょうか?」

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夕立ち

12/06/01 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:2206

 雨の匂いがする、と塔子は思った。
 
 塔子は昔から極度に嗅覚が鋭いところがあって、いい匂いにしても、そうでない匂いにしても人より早く、強く匂ってしまうタチらしい。
 匂いというものは、歓迎するしないにかかわらず、、勝手に向こうからやってくるのだから仕方ない。
 ああ、何かに似ている。そうだ、恋はたぶんこんな感じだったんじゃないか。かつて恋をしていた時のことを思い出した。・・・

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とんかつ日和

12/05/28 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:2000

 直子に割り当てられた場所は運良く窓際であった。新宿の病院とはいえ、窓から咲き始めた桜が見える。ひと通り下着やら湯のみやら身の回りのものを備え付けの小さなロッカーに納めていると、弟が、お世話になります、と同室の人にあいさつをしながらやってきた。
「わりかしいい眺めだね」
「桜はあんまり好きじゃないけど」
「まあ、そう言うなよ。寝ながら花見なんて贅沢な話だよ」
 五年前に末期・・・

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京都【さまよえる鬼】

12/05/25 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:1935

「こわいよ、かかさま」」
「またこわいゆめをみたのね。だいじょうぶよ、かかさまがそばにいるわ」
   ◇
 小さな灯によって浮かび上がったその影に、ふたつの角があることを子はまだ気づいてはいない。
 ほんとうの鬼は、夢のなかに棲んでいるのではなく、現実のなかに棲んでいることをまだ知らない。
   ◇
 わたくしのことをお知りになりたいのですか?今はこんな姿に成り・・・

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