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ケイジロウさん

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チェーンの外れた自転車

17/02/26 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:317

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 大型客船がゆっくりと、しかし力強く、大きな川を進んでいた。
 僕は自転車を止めてしばらくその船を眺めていた。
 船に乗っている人たちが見えた。なんだか楽しそうである。幸せそうである。しかし、それらの笑顔の中から笑顔を見出すことはできなかった。太陽の光がさんさんと降り注ぐ真っ白なオープンカフェでコーヒーを飲む人たちに、必要に迫られた大衆的な汗臭さは全くと言ってよいほど漂っていなかった。
 嫉妬、か?
 僕は自転車のカゴからワインボトルをとり一口飲んだ。
 いや、違う。あの船への乗船券を破いたのは、他の誰でもない、僕なのだ。たとえ、それが嫉妬だとしても、それを嫉妬として認めてしまうことは、僕が自転車をこぎ続けることと何ら関係のないことで、無意味なことである。
「おーい、乗るかい?まだ間に合うよー!さあ!早く!」
 船の上から誰かが叫んでいる。
 僕は煙草に火をつけ、自転車に目を落とした。錆びついたチェーンが外れている。僕はその直し方を知らない。こいでも前に進まないことはわかっている。しかし、僕にできることはただこぎ続けることしかない。僕は自分自身をそう洗脳した。
 僕は煙草をその大きな川に投げ捨てると、自転車にまたがった。
 強く地面を蹴り、自転車を前に進めた。そして、ペダルをこいだ。感触や手ごたえなど何もなかった。自転車は徐々にスピードが失われていった。しかし、僕は自転車が止まる寸前までペダルをこぎ続けた。そして、また強く地面を蹴った。
「おい、アイツのこと見ろよ。チェーンが外れた自転車を馬鹿みたいにこいでるぞ」
 船の上でふんぞり返ってコーヒーを飲んでいる人たちから笑いが起こった。
 冷たい強い風が正面から僕にぶつかり続けていた。
 意味?そんなことは考えないように努めた。そんなことを考え始めると、僕自身が崩壊してしまうことはわかりきっていた。
 前方に船乗り場が見えた。たくさんの若者であふれていた。
 ダフ屋のもとに若者が押し寄せていた。若者たちは安住という幻を求めて船に競って乗りたがっていた。
 いや、あっちに行きたい、と言っている若者も何人かいた。
「あっちはダメよ。とても危ないのよ。迷っちゃうのよ」
 船の上から、いろんな人が若者を説いていた。
 あの人たちは「あっち」に行ったことがあるのだろうか?「あっち」を志したことが、一度でもあるのであろうか?僕はペダルをこぎ続けた。
「ほら、ああなっちゃうわよ」
 僕は、指を差されていることを背中に感じた。
「こんにちは」
 おじいさんが僕を自転車で追い抜いて行った。僕は追いつこうと必死にペダルをこいだが、自転車は失速していった。
「がんばれ!若者よ!」
 おじいさんはふりかえって僕を励ました。
「あのー」
 僕は叫んだ。
「チェーンが外れてるんです。直せますか」
「おう、そうか、直せるよ。でも、直さん方がよさそうだな」
「……」
「今は、こげ。とにかくこげ。それしかできんよ」
「でも進まないんです」
「進んでるじゃないか。ははーん、あの大型客船を指くわえて見てるんだろ」
「いやっ……」
 おじいさんは自転車を止めた。そして、僕が追いつくのを待った。
 おじいさんは突然、僕の頬をひっぱたいた。僕は驚いた。僕がおじいさんを睨みつけると、おじいさんはまた、僕の頬をひっぱたいた。僕はおじいさんを睨みつけた。おじいさんは、今度は、僕を殴った。僕は倒れた。僕の壊れかけの自転車も倒れた。カゴからワインボトルが飛び出し、地面に叩き付けられて割れた。おじいさんは、僕の顔を踏みつけた。僕の腹を蹴った。僕は切れた唇を舐めながらおじいさんを睨みつけた。
 おじいさんは泣いていた。そして、僕を蹴り続けた。
「いいか、屑!よく聞け、屑!」
 おじいさんは蹴るのをやめると、僕の耳を強く引っ張り怒鳴った。おじいさんの一粒の涙が僕の頬に落ちた。
「今すぐこぐのをやめろ!今すぐだっ!この屑野郎!」
「……」
「今やめないんだったら、死ぬまでこげ!この屑野郎!」
 おじいさんは僕の自転車を蹴り飛ばした。僕の大事な自転車を踏みにじり、唾を吐いた。そして、去った。
 僕は殺意を覚えた。
「うわー」
 僕は自転車にまたがるとおじいさんを追った。ペダルをこぎ続けた。しかし、クルクルと空回りするだけだった。それでもおじいさんを追った。殺すつもりで追い続けた。
 おじいさんはゆっくりとこいでいたが、着実に前へ進んでいた。そして、僕との距離はどんどん開いていった。
 おじいさんは僕をふりかえった。そこには優しい笑顔があった。
「いい目だ。それだ、それ。後ろを見てみろ」
 僕は息を切らしながら後ろをふりかえった。小さな大型客船が灰色に濁った川に流されていた。
 僕は、空回りするペダルに、少しだが、確かな感触と手ごたえを感じた。


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