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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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サヨナラ、新宿

17/02/07 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:518

時空モノガタリからの選評

新宿の惨状と、ほのぼのした夫婦の会話の対比がどこか戯画的でユニーク。秋さんらしい作品だと思いました。N島の「見栄っ張りで派手好きで自信家」の魅力と、猥雑さ・刺激に満ちた独特の吸引力を放つ新宿という場所性とが重ねられているところが面白いですね。「都市に対する反発心と嫌悪感」がN島への思いであるなら、「未確認飛行物体」の飛来と攻撃により、「あっさりと壊れていく」新宿の光景は、彼の存在を消そうと悪戦苦闘する主人公の内面の葛藤を暗示しているようにも感じられました。N島への思いではなく、妻に対する対抗心から「妄想」が繰り広げられるところは、妙にリアルでした。普段の我々の心の中というのは、こんな風に「キモいしサムい」考えや、無意味でしょーもない考えで満ちているのかもしれないという気がします。そんな自分をどこか客観的に見ている主人公には、共感を覚えました。ラストはどこかホッとさせられる内容で、読後感が良かったですね。彼ら夫婦は、もともと結構いい夫婦なのでしょう。大惨事の外界とは対比的な、ある意味のんきな二人の会話が、独特の味わいを醸し出していて個性的で良かったと思います。 

時空モノガタリK

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『今日未明、「未確認飛行物体」が新宿上空に出現。雨のような光線を発射し、およそ1時間に渡り攻撃しました。「未確認飛行物体」の無差別攻撃は、東ヨーロッパのベラルーシ共和国、アフリカのジンバブエ、中国の天津に続き、4件目です』
 厳しい表情で女性キャスターが原稿を読み上げると、隣で夫がうなった。
「なんで日本だけ主要都市やねん。ほかは微妙なとこばっかやのに」
「そんな失礼なこと言いな。ほかも結構有名やん」
 タエはニュースを眺めながら上辺だけの関心で反論する。
「べらるーしが? 社会で習わんかったで、そんな国」
 口をとがらせる夫をよそに、タエは先ほどから何度も繰り返し流れる映像から目を逸らせずにいた。
 スマホで撮影された細長い画面の中で、都庁の背後にズドンズドンと落ちてくる光。火の手が上がる歌舞伎町。崩れ落ちたルミネ新宿。お天気カメラがとらえた新宿大通りや東口の俯瞰映像は、右往左往逃げ惑うも結局どこにも進めないひとの群れ……。
「タエ、いつも行く東京出張って新宿やろ? 取引先とかヤバイんちゃう?」
 夫が呑気に尋ねた。
 『いつも行く東京出張』、『新宿やろ』。
 夫の中では『現在形』であることに、タエの胸がちくりと痛んだ。

 最後に新宿に行ったのは、先月。だが、「出張」だったのは1年前までで、配置替えで東京担当から外されてからは、「出張」だと「嘘」をついて毎月のように東京に行っていた。   
 N島に会うために。
 
 取引先の営業だったN島と不倫なんかするつもりは甚だなかった。
 夫が好きだし、よもや自分がそんなことができるなど夢にも思わなかった。N島に妻がいると知ってからは、尚更だ。
 自宅も職場も新宿というN島は、逢瀬の場所も新宿を好んだ。タエは誰かに見られたらと気が気でなかったが、「人間が多過ぎるところがかえって目立たなくていいんだ」とN島はいつも得意げに都会を説いた。「木を隠すなら森だよ」とキザに笑うところなど、大嫌いだったというのに。

「うん、明日会社から連絡してみる」
 夫以上に呑気な言葉で返すと、タエは「眠いから先に寝るわ」と寝室へ引きあげた。
 背後で夫が「新宿も百貨店多いんやな」などと他人事丸出しでつぶやいた。

 妻に子供ができた、と切り出されたことが、別れのきっかけだ。
 だから別れてくれ、と言われたわけではない。N島がその言葉を口にする前に、タエは何の迷いも未練もなく、結論を下した。
 望んで「子なし」を生きるタエが、N島の妻の妊娠に嫉妬するはずもない。だが、子供という圧倒的な現実を盾に、妻が勝利宣言を突きつけてきたようで、落としどころのない怒りが沸いたのも事実だ。

 刻一刻と更新されるネットニュースで新宿の様子が掌に届く。
 新宿をこよなく愛するN島。見栄っ張りで派手好きで自信家。時折、タエは大き過ぎる都市に対する反発心と嫌悪感を、N島にも抱く。
 その新宿が、あっさりと壊れていく。

 N島専用に使っていた、夫も知らない2台目の携帯は即刻処分した。それなのにいま、タエは布団の中でスマホ画面に表示された番号――「n」と登録された番号を睨みつけている。念のため、一応、万が一必要になった時のために、と残したN島とつながる唯一の数字。
  
『N島さん? あたし。どうしても心配で。大丈夫? 無事なん?』
『タエちゃん、僕は会議で埼玉の方に出てたんだけど、妻が……』
『え。奥さん、……赤ちゃんは』 
『西新宿一帯は壊滅的らしい』
 
 あかんあかん!! これはいくらなんでも酷い。
 タエは妄想を無理やり断ち切った。発信ボタンを押せないまま、考え始めたのは会話のシミュレーションだ。早くしないと夫が寝室にきてしまう。

『タエちゃん。僕は会議で埼玉の方に出てたんだけど、妻と、連絡がとれない……』
『え。災害伝言板みたいなやつみた? そこもないの?』
『ない。電車も何もかも止まって新宿に帰れないんだ。うちがどうなってるか確かめようがない』
『そんな……、何かあたしにできることある?』
『君がここにいてくれたらって、思わず考えちゃってさ。ごめん、いま完全に参ってる』

 あかーん!!
 なにこの展開。キモいしサムいし。
 タエはスマホを布団に叩きつけた。
 N島はどうでもいい。そう、どうでもいいのだ。
 妻が。あの時(妄想で)N島の背後で勝ち誇ったように嗤った妻が、どうこうなっていればいいのに。
 
 胃が捻れるような本音に顔をしかめながら、タエはスマホを操作する。

<この電話番号を消去しますか?>

 震える指で画面に触れようとした時、さっと細く淡い明かりが闇を切り裂いた。
「あれ? まだ起きてたん?」
 夫が入ってきた。
「うん、なんか東京が気になってやっぱ寝られへんわ」
 タエは素早くボタンを押した。


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このストーリーに関するコメント

17/03/07 光石七

拝読しました。
冒頭の緊迫したニュースにどこかのんびりとした夫婦の会話、でも妻には隠し事があり……
関西弁の台詞も効いていて、緩急が絶妙ですね。
ユーモラスな雰囲気も仄かに漂うけれど、主人公の胸の内がしっかり伝わってきて、読後切なさと一種の安堵感が残りました(社会的には大変な状況なのですが)。
素敵なお話をありがとうございます。

17/03/08 秋 ひのこ

光石七さま

こんにちは。感想をいただきありがとうございます!
「新宿」は実は数えるほどしか行ったことがなく、土地勘がまったくないため参りました。
そのため、このような突拍子もない(そして主人公は新宿にはいない)設定になった次第です……。

そうなんです。社会的には大変なことになっているけれど、主人公はかやの外から自分の恋愛の後始末(気持ちの上で)に翻弄されるという。
標準語を喋り、キザで都会的な不倫相手を東京(新宿)に重ねようと書きましたが、新宿ならではの特徴をもっと出せればよかったなと、これは自分の課題です。
コメントありがとうございました。とても嬉しかったです。

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