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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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歌舞伎町クライスト(泣き嘆く人の子らより)

17/01/17 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:817

時空モノガタリからの選評

朝と夜、光と影、合法と妖しげなものが混じり合う新宿の夜明け。相反する領域の狭間で生きる新宿のニューハーフ達と、主人公の彼女たちに対する優しい眼差しが響きあう、味わい深い作品だと思います。NHのファッション、デザイン分野での活躍についての考察や、性適合手術についての話には、考えさせられます。芸能界などでは以前とは比べ認知されてきたとはいえ、彼女たちの生きる道はいまだ険しいものなのですね。二元的に単純化された世界の中では排除されがちな「曖昧なもの」たちの行き場のなさや苦しみが迫ってくるようで、心が痛みました。また「追いやられたものは、太陽よりも優しい日だまりだったりする。大勢であることは、それを悟る機会を永遠に失う才能を与えられること……」という一文が印象的で考えさせられました。登場人物たちが互いを気遣う優しい人々であるのは、少数に属する人々の心の痛みをよく知っているからなのでスね。クナリさんの追求しておられるテーマについて、その意味がよく伝わって来る内容でもありました。今回も精読するにつれ、繊細で優しい世界観がジワジワ浸透してくるような感覚を覚える作品で、素晴らしかったと思います。

時空モノガタリK

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 新宿は歌舞伎町、区役所本庁舎の脇を道なりに行く。
 雑居ビルの二階に、ニューハーフ(以下NH)バー「碧空」はあった。
 店内は和風のショットバーで、店員さんとおしゃべりしながら、焼酎ソムリエの資格を持つ二十六才の若き店長の集めた焼酎だのウイスキーだのを飲む。
 NHと遊ぶというより、気のいい人たちと笑い合うための場所。
 僕が初めてここを訪れたのは、知人がスタッフとして入店したからだった。

 店内の最年少にして店長のサヤカさんは、大阪で十四の頃からNHクラブで働き、ナンバーワンとして君臨したのち、二十二で歌舞伎町にこの店を構えた。傍目には女子大生にしか見えない。未手術。「妹よりも可愛いって言われなくなったらスパッと行く」らしい。乙女心は複雑だ。去年、大阪時代に蒸発した母親と歌舞伎町で偶然再会したらしい。いい話だ。
 料理担当のチョウさんは、昼間はレストランで働き、夜はこの店で腕を振るう。長身で男前。実はストレート。でも手元の動きが色っぽい。
 もう一人の常勤が、僕の知人の、杏子だった。やせていて、長い髪の先が少し傷んでいるのを気にしている、二十八歳。白いブラウスがよく似合う。未手術。
「杏子さん。ミーサさん、最近見ませんね。あの人、常勤じゃなかったでしたっけ」
 僕の問いかけに、カウンタの向こうの三人が、同時に一瞬、動きを止めた。
「そうなんですよね」と杏子が短く言う。
 話題を変えて、しばらく話した。
 気がつけば夜明け前。碧空の閉店は朝五時だ。
「アンズ、もう始発動いてるよ。上がれば?」
「いいですか? じゃあ伊良君、一緒に駅まで行きません?」
 彼女は僕を君づけで呼ぶが、お互いに敬語で話す。アンバランス。いつも通り。
 勘定を済ませて、僕と杏子は日曜朝の歌舞伎町を歩き出す。
「性別適合手術、じきに保険の対象になりそうですね」
「伊良君、耳が早いですね。でも私は、対象外のままでいいと思ってるんです」
「なぜ?」
「決死の思いで手術しても、その後、後悔する子も多いんです。こんなはずじゃなかった、自分は本当は男だったって思っても、もう二度と元には戻れません。毎日後悔と自己嫌悪を絶え間なく繰り返して、大抵死んじゃうんですよ」
「僕は、やっぱり何も分かってないですね」
「そんなことないですよ。……ただ、私たちが大金を得られるお仕事って多くないので、保険外で手術を望むなら嫌なこともやらなくちゃいけないっていうのが現状で、それは悲しいんですけど。私もお金貯めないと、部分麻酔は嫌ですからね。切られたり引き抜かれたりするのが、音や振動で分かるんですって。トラウマは予後にも影響しますし」
 杏子は碧空以外に昼の仕事もしている。彼女にはやりたいことがある。でも、今はまだそれで生活はできないらしい。
 ファッションやデザインの分野では、性の曖昧な人々の活躍が目立つ。そういう人は、それらの方面に優れていたり、感性に秀でやすいのではないかと考える人もいる。
 しかし、僕の見方は違う。彼女たちは、人生の過程の中で、何度も思い知っているのだ。社会は助けてくれない。周囲は救ってくれない。誰も、そんな余裕はない。
 何かを信じることは依存と表裏一体で、自分以外のものに寄りかかれば、裏切りと喪失が待っている。
 だから手に職をつけ、技術を磨き、人から必要とされる存在になろうとする。一人で生きていけるくらいに。でなくては、生きていく場所が作れないから。
 それに失敗した時、どうなるのだろう。
 少なくとも、ミーサさんはもうこの世にいないのだろう。
 辞めたんですよと適当に言えばいいものを、歌舞伎町で僕が出会う人々は、嘘を極端に嫌う。
 やおら、杏子が、僕の指に指を絡めてきた。
「この時間は朝ホストがすごいので……すみません。NHでもお構いなしですからね」
「僕は君を、初めて会った日から今まで、NHだと思ったことはないですけどね」
「ありがとう、ございます……」
 杏子はうつむいているので、表情は見えない。
 サンドイッチマンをしていた三枚目ホストが、道路に唾を吐いた。
 歩道には、何が入っているのか、妖しいゴミ袋がいくつも出されている。

 暁が朝日に変わった。

 ホストのうさんくささが消え、ただのにいちゃんになる。
 妖しい廃棄物は、合法の可燃ゴミになる。
 ホストの唾跡を避けるため、杏子の手を引いた。
 それからJRの新宿駅まで、その必要もないのに、僕らは手を繋いだままで歩いた。
 朝日の中で、曖昧なものはどこかへ追いやられていく。
 追いやられたものは、太陽よりも優しい日だまりだったりする。大勢であることは、それを悟る機会を永遠に失う才能を与えられることだとすると、僕はこっそり、時々悲しい。

 碧空は、平成二十八年の冬に閉められ、今はない。


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このストーリーに関するコメント

17/01/20 クナリ

グミ族さん>
これまでにぽろぽろーっとこぼしていたパーツのいくつかを、まとめて固めたような感じになりました。
お気遣いいただきながらのコメント、まことにありがとうございます。
そういえば成年主人公というか、ある程度精神年齢が成長した状態の男性主人公を用いたことがなかったので(いつも子供ばっかりですからねえ…)、そのせいもあるのかもしれません。
もちろん全てそのまんま体験談という訳ではありませんが、ご配慮いただきましたことに頭が下がる思いです。
ジェンダについては作品の中でテーマとして落とし込みたいという欲求がある半面、「自分の中の代表的な、主となる価値観だと見られたものが、数多くの例外あるいは少数派を拾い上げていないことに対する抵抗」を刺激してしまうのが怖くてなかなか出来ずにいます。
コメント、ありがとうございました!

17/02/20 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

揺れ動く性を包み隠さず生きていられる場所は、日本には少ないのではないのかと思います。新宿という大都会の中ですらマイノリティーであるNHの方々について、深く考えさせられました。少数派ほどひとかどの人間になることを、強く多数派から求められているというのは、芸能界を見ていても感じる所ではありますね。少しでも生きやすい場所が見つかりますように。

17/02/25 クナリ

冬垣ひなたさん>
実は自分としては、こうした題材を取り扱うのはけっこう難しく、それは話の中身よりも登場人物の出自の方が目を引いてしまうからなのですが、それでも描きたいときには書いてしまおう……と思って投稿しておりますので、様々に思いを巡らせていただければ大変幸甚です。
コメント、ありがとうございました!

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