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水面 光さん

■ホームページ「水面文庫」 http://www.minamo-bunko.com/ 忙しい中でも身を粉にして執筆活動しております。ジャンルとしては現代ファンタジーが中心でございます。よろしくどうぞー

性別 男性
将来の夢 物書きでメシを食う
座右の銘 人の心は変わらないから自分が変われ

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闘いのなかで

16/12/30 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 水面 光 閲覧数:525

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私の中では彼女の言った言葉たち──正確に言うと彼女が実際に言ったのではなく、私が彼女が言ったものと錯覚しているだけかもしれない。というのも、こういった現象は統合失調症の主な症状のうちの被害妄想や幻聴という私がすでに何度も経験していることだからだ──が独り歩きして暴走をし始めた。「不倫しようと思ってるのかな?」──たぶん、彼女は一言もそんなこと言ってない。「腰痛なのかな?」「歯並びがいいね」「足が短いのにバイクなんか乗るからよ」「そんなに気をつかわなくていいのに。仲間なんだから」──「マネージャーさんも週6?」「だれ?」「マネージャーさん」「わたしですか?」「うん」「だいたい週6ですけど、週5のときもあります」「ふうん」──私は彼女とそんな言葉をたしかに交わした。しかし、他は違う。違うということはわかる。いや、本当は言ったか言わなかったか判断ができない。“聞こえた”と思っているということはすなわち“言った”と思っているということだ。これが幻聴だ。その“言った”のが自分の無意識の声なのに、自分が言っているのに、彼女が言ったと思っている。こんなに危険極まりない病気が他にあろうか? 敵意が生まれてしまうからだ。しかしご賢察の通り、私はそこまで知っている。病識がある。気分は悪くなるが一時的なものでしかなく、大切なことを思い出しさえすればいい。この世界で一番大切なことたちを。それらは“愛”だったり、“良心”や“善意”だったり、“利他の心”だったり、“思いやり”だったりした。私がそれらを必ず思い出しているから、この世界は破壊されずに平和のうちに存続している。秘密をばらすが私には世界を滅亡させる力がある。小手先をひねるだけで世界はあっという間に消えてしまうだろう。まだやったことがないので“──だろう”としか言えないが、この全能感は間違いない。消えるぞ。私を怒らせないほうがいい。私が怒る場合は概して他人を慮れない連中に接したときだ。これはたぶん考えなくていいことだと思うが“他人の心は変わらないから変えようと思うな”と言ったところで、実際のところどうだ? 理不尽さに耐えることができるやつはどのくらいいる? 耐えられないから他人を慮らないのであろう? だったら、怒りを余すところなく解放してやるしかない。忍耐好きのバッコーどもはそうすることをよしとしないし、そうしている人間を蔑んでいる。しかし、怒りはそれがあるうちに解放してやったほうがいい。それがまっとうで、他に異論がないほどにまっとうであれば。それが自分でわかるまではたしかに忍耐は必要だ。もう四十になる男がそれがわかっていないとでも? ──彼女はなにも悪くない。恋人でもなければ、奥さんでもない。私は反対意見を述べる立場にない。敵は他にいる。女や休みにうようよわくチンピラ相手に怒りを解放してなんになる? 敵は他に──。──「こればっかりはなんともしようがないですからね」PCの脳全体に白い影の写った映像を見ながら医師に向かって私は言った。すると医師は降参だと言わんばかりに即答した。「こればっかりは──」その返事を聞いて私は自己嫌悪に似た感覚に陥った。なんでそんなことを言った? しかもにやつきながら、母の最期というときに。──敵は自分だった。宿敵だった。私は常に自分と闘わねばならぬことをあのとき学んだつもりだった。なのに女の言葉に一喜一憂して、チンピラの言葉に暗鬱にされている。やはり敵は自分以外にいないのだ。闘ってどうすればいい? けりをつけろ。終わらせるんだ、そして、桃源郷にゆこう。闘うべき敵のいない桃源郷へ──それは後世でしかない。このいま生きている世界で桃源郷などありえない。しかし、求めねばならない。その理由は生きているからだ。生きている限り、桃源郷を求める行為を怠ってはいけない。自分と闘う行為を怠ってはいけない──絶対に! 私は彼女の言ったか言わなかったかわからない言葉を反芻し、自分と闘った。とてもつらい。しかしケガを負ったのでもなければ、死に至る病を発症したのでもない。それらに比べれば私の苦労などケシ粒なみに小さいものだ。敵は他でもない自分だ。自分と闘え、そして、必ず打ち克つのだ! たとえそれが幻だったとしても勝利を目指してひたすら闘え! 男は闘争心があってこそ。相手は自分だ、間違えるな!──突然の、まったく突然の彼女からの抱擁。私はそんな甘い夢をもつほど下卑てはいない。けっして──。もしも、もしも彼女が──そんなアマちゃんなことを考えるな! ──ある日、コンビニ前でホットコーヒーをやったあと、ふと地面に目がいった。一匹の小さいクモが歩いていた。一歩踏み出せば、踏み潰せる。しかし私は、ずっとその光景を眺めていた。目の前に並んだ死んだ目の人たち。しかしそれは生きていた。なぜか、ほっとした。


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